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「よくやった」
柊呂に褒められたのは徹平だった。
徹平は穂純の家では何一つしていない。
その柊呂も何もしていない。
褒められるべきは話をした秀平やハナ子だろう。
誰もが驚いて柊呂を見る。
「てっちゃん、何にもしてないよ?」
「立ってただけだろ」
褒めて欲しいわけではないが、秀平は徹平への賛辞が納得出来ないという表情だった。
それを柊呂が少し睨みつけるようにして言う。
「ホズミん家に行かねえって言わなかっただけ、偉いって言ってんだよ! シュウ兄はわかんねえの!?」
言われた秀平はあからさまにムッとした表情となった。
「行くのは当然だろう! 同じカードを持って力を教えに行くんだ。なぜ、一緒に居るのに、一人だけ行かないという選択肢がある!」
「別に行かなくたっていいだろ! オレだってハルだって何にもしてねえんだし!」
「あ、いや、私は道案内を……」
おずおずと自分の意見を言ってみるが、柊呂も秀平も春菜を相手にしていなかった。
突然始まった喧嘩に、風羽子と徹平が戸惑いを見せる。
「ちょっと、ヒイロくん。何も怒鳴らなくても、ね?」
「うっせえ! シュウ兄には一度はっきり、誰かが言ってやるべきなんだ!」
ヒートアップしている柊呂は秀平を掴みかかる勢いだった。
秀平も大人気なく売り言葉に買い言葉として受け取る。
「他人にとやかく言われる筋合いはない!」
「それがダメだって、言ってんだよ!」
「しゅうちゃんもヒイロも落ち着いてよ。何でケンカしてんのよっ」
春菜が仲裁に入ろうとするが、二人は聞く意志が全くなかった。
「人の気持ちを何で聞いてやんねえんだよ! 一方的に決めつけて、選択肢を与えない状態に追い込んでさあ! だからテツは塞ぎこんじまうんじゃねえかっ! もっと弟の気持ちを聞いてやれ!!」
話題に持ちだされた本人は驚いた顔をして柊呂を見た。
中学三年生だというのに、まだ女の子のような容姿で成長が止まってしまった徹平。
その大きな瞳が涙に濡れていく。
「確かにオレだって、状況的には行くべきだよ思うよ? だから行こうって誘った。帰ってもいいとは言ってやれなかった。だったらさあ、すげえって褒めてやるべき事だろ! テツがこうやって出てきたのだって、そうだろ!? シュウ兄は今日、一言でも、がんばってるテツを褒めてやったのかよ!!」
勢い良く捲し立てた柊呂が言い終わると、住宅街の静けさに包まれる。
「ヒイロ……」
「しゅうちゃん……」
春菜と風羽子は状況を見守るしかない。
男同士の喧嘩には介入出来ないからだ。
「別に褒めるような事ではないだろ。関わりを持った人間と接するのは当然の事だ」
世間の常識と自分の尺度で物を言う秀平に、怒りを顕にしたのは徹平だった。
「アニキはいつもそうだ!! 何でもかんでも世の中はああだ、こうだって言って、それを俺に押し付けて、その型にはめようとして、例外は認めないって怒って!!」
言っている徹平は大きな瞳から大きな涙を流しながら訴えた。
その様子に、春菜は胸が痛くなり、抑えた。
「それは僕が徹平を思って……」
「全然思っちゃいねえだろお! 俺の事、全然わかってねえよ! 俺はそんなんじゃねえ! そんなに器用に生きられねえよ! みんなみたいに、将来何がしたいかもわからねえんだよ!! 俺にはもうそんな……そんな希望はねえんだ!!」
徹平はぐしゃぐしゃな顔をして両手の拳を握りしめた。
徹平の将来の夢を描いたカード。
そこに描かれている物は、本人でもわからないくらいのもので、それが思い出せない限り、カードを発動する事が出来ない。
中学三年生にして将来の夢や希望を忘れてしまった徹平。
いつから世の中が面白く無くなったのか、いつから夢を失ったのかも覚えていないくらい、徹平は未来に何の希望も持っていなかった。
ただ絶望の中を閉じこもって生きる。
それだけだと思っていた徹平に、カードの力は新しい扉を示してくれた。
それでも将来の夢が思い出せない今、それは単なる開かずの扉で、みんなが次々にそこから飛び立っていくのを、徹平は指を咥えてみているだけだった。
また絶望の淵へと立たされる。
柊呂には何となく、それがわかっていた。
カードが装飾化した春菜に対して、柊呂のカードはカードのまま。
次の成長段階へと進んではいない。
最初にカードを発動させたのに、先を越されたような感覚。
負けを認めざるをえない状況。
正直に言えば悔しかった。
ただそれを悔しいと、負け惜しみを言えないのが男のプライドというもの。
だからこそ、徹平が口にした敗北宣言、劣等のある言葉に柊呂は深く同情出来る。
「テツ、誰が何と言おうと、オマエは偉いよ。よく頑張った。いや、よく頑張ってる、だな。今もちゃんと戦ってる」
その言葉に安堵したようで、徹平は更に泣きだした。それを春菜が優しく抱きしめる。
「てっぺい……」
いつものように抵抗する事はなかった。
「エリートなシュウ兄にはわからねえだろうけど、世の中、外を歩くのだって精一杯なヤツだって、たくさん居るんだよ! そんな事もわからねえで裁判官だあ? 笑わせてくれるよ!」
「希望職種とマイノリティは関係ない。柊呂に笑われる筋合いもない! 徹平はただ甘えているだけだ! もう帰るぞ!!」
春菜の腕の中に居た徹平を強引に引き出した秀平。
その手を徹平自ら振り払う。
「もう、アニキの居る家になんか戻るかよ!!」
そう言って秀平を睨みつける徹平。
その眼差しは真剣で、覚悟を決めた顔だった。
「家に帰らないでどうする? 父さんも母さんも心配するだろ。それにお前は未成年だ。自分で生きる術も無ければ、誰も守ってはくれない。何かをすればすべて親の責任だ。勝手な行動が許されると思っているのか!?」
もっともらしい事を言われた徹平は、一気に押し黙ってしまった。
正論だけに反論出来ないのだ。
その様子を見ていた三人は、徹平が塞ぎこんでしまった原因を見たような気になった。
「しゅうちゃん、それはそうだけど、もっと他に言い方があるんじゃないかな?」
「そうだよ。何かさあ……」
春菜が具体案を出そうと思ったが、正論に反論出来るほどの者は考えが及ばなかった。
そこに柊呂がとんでもない事を言い出した。
「シュウ兄、テツは自分の意志を伝えたんだ。それを汲んでやるのが兄貴ってもんじゃねえの? ……ああ、もう、どうでもいいや。面倒くせえ。テツ、うち来い。今日は解散。じゃな」
「え?」
「は?」
「あ?」
唖然とする中、柊呂は淡々と言葉を発し、あっという間に徹平の腕を引いて行ってしまった。
こんな事態になるとは思わなかった徹平が一番驚いている。
残された春菜も風羽子も秀平も呆然とし、その姿を見送るだけだった。
この争いから生まれたつながりが、後に悲劇を生み出す事になる。




