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借物  作者: ほの、
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9/16

その9

 アパレルショップの店内は白で統一されていた。ガーリーファッション系の服が隙間なく並んでいる。

「うーん、皆マスクつけてるね」と卯月が言った。

コロナを経て、この光景は珍しくもない。口裂け女には過ごしやすいのだろう。

「口裂け女はここのアパレルショップで擬態してるってことなのかな、店員として」

「仮にそうだとしても今日来てる保証もないよな」

「そもそもどうやって確認するつもりなの? この写真もかなり化粧濃いから顔は違うかも。髪色は黒だけど、ウィッグつけてるかもだしねぇ」

 店内では二人の店員が話していた。一人は茶髪ショート、中肉中背、三十代前後。一人は黒髪ロング、長身、やせ型、二十代後半、メガネ。茶髪の人間が鼻高そうにする話を、黒髪の女性は愛想笑いでいなしていた。そこへ小柄な女性店員が駆けてきた。黒髪ショート、やせ型、二十代前半。小柄な店員は二人に頭を下げた。何度も下げた。茶髪が口を開くと、小柄な店員はさらに深く下げた。黒髪は作業に戻った。

 店員はこの三人。外から見てわかるのはここまでだ。聞き込みをするしかないのだが、かといって口裂け女について直接聞くわけにもいかない。

 僕は稲荷に貰った名刺に手をかけ、入店した。ムスクの香りがした。


【藤崎沙良】

 まず小柄な女性店員に声をかけた。

「すみません、少しよろしいでしょうか」

「はい! 何かお探しでしょうか?」

「いえ、わたくしこういうものなのですが」稲荷の名刺を渡した。

「探偵、ですか?」小柄な店員は不審そうにこちらを見た。

「ええ、少し店長にお話しがありまして、どちらにいらっしゃいますか?」

「本日、店長は休暇をとっておりますが……」

「そうですか、いや、そうですね、こちらとしてはその方が都合がよくて……」

 声を潜めた。

「実はお宅の店長に不倫調査の依頼が来まして……」

 小柄な店員は一瞬だけ好奇の目を浮かべた。

「あなたから見て店長はどんな人ですか?」

「まあ、表面上は優しい方です、かね。ただ頭の中でいろんな計算をしてるんだろうなぁと思うことはあります」

「あなたとしてはどんな感情を抱いてます?」

「……まさか、私が不倫相手として疑われてるんですか?」小柄な店員は一歩下がった。

「それはありませんのでご安心ください。不倫相手の情報はもう掴んであります」僕は笑顔を浮かべた。

「なら、まあ、はい、良かったです。店長は、まあとても尊敬できる人…… ではありますね。私だったらあんな風にお店を回すなんて絶対むりでしょうし。ただそれでも友達にはなりたくないですかね。なんだか裏がありそうで」

「じゃああの茶髪の店員さんの印象はどうです?」

 小柄な店員の頬が持ち上がった。

「へえ。……あ、高瀬さんの印象ですよね。あの人は、まあ仕事ができる人ではありますよね。店長より詳しいときもあるぐらいで。あと、好き不好きが激しくはあるんですけど、まさか、店長とはねぇ……」

 小柄な店員は共感を求めるように首を傾げたが、僕は無反応に徹した。

「あ、そうそう、そういえば」といって僕はスマホの画面を見せた。「ここのインスタ、見ましたよ。かわいい服がいっぱいで、この投稿なんか凄いセンスがよくて」

 小柄な店員の声が高くなった。

「そうですよね! ここのお洋服かわいいのがいっぱいで、その投稿も半分衝動でやっちゃったんですよ!」

「こんなにかわいいなら仕方ありませんよね。このお店の投稿はあなたが担当されてるんですか?」

「ええ、そうです! あ、よければお隣の女性のお洋服もお探ししましょうか?」

「ええ。せっかくなのでお願いします」


「少しは手伝ってよ、結構大変なんだよ?」

 卯月は見繕ってもらった洋服を着ていた。くしゃとしたベージュブルゾンに白のコットンワンピ。

「とても私はあんな上手にできないよ。横で黙ってて正解だった。きっと私が話し出したらボロしか出ないとこだったでしょう」

「役に立たねえ相棒だな」

「悪うございましたね。……というか、なんであの能力を日常で生かせないの?」

「ほっとけよ」

僕は空気感を読むのが得意だ。相手の意図も把握出来る。だから、期待に応えた人間を演じられる。だが、大体は期待に応えようとしすぎて自分が潰れてしまうのだ。

「次いくぞ、へっぽこ探偵」

「了解であります、はったり探偵」


【高瀬莉子】

 次は高瀬と呼ばれていた茶髪の店員に話しかけ、同様の手順で聞き込める状態にした。

「店長はどんな人ですか?」と僕は訊ねた。

「肝心なところで頼りないのよねぇ。いざという時は私に頼ってくるし、『さすが高瀬さん!』って毎回おだてれば済むと思われてて、ほんと嫌になるわ」高瀬はうれしそうにそう言った。

「でも店員さん、すっごいしっかりしてそうですもんね。店長さんが頼る気持ちもわかる気がします」

「私が頼りになるんじゃないの。皆が頼りないの。私たちは服を着るマネキンのような存在であるべきなのよ。情けない見た目をした人から服を進められても買う気にならないものね。なのに何度指導をしても皆ダメ。ほんとこの店は私が回してるんじゃないかって気にすらなるわね」

 僕は大げさに相槌をうった。

「店員さんが不倫してるって聞いて、正直どう思いました?」

「やっぱりな、って感じよ。この人は何かを隠してるなってあたしずっと思ってたのよ。ね、探偵さん。不倫相手、どんな人? 教えてよ」

 高瀬は最後まで嬉しそうに話した。


【黒田玲奈】

 黒髪ロングの店員にも同様の手順を使ったが、今度は通らなかった。

「店長の人柄がどうであるか、が聞きたいだけなのですが。もちろんあなたが言ったということは決して口外しません」

「……ええ、まあ、あなたへの信頼がないのもそうですけど。私の発言で店長の処遇が決まるかもしれないんですよね?」

「まあ、そうですね。よほどのことであれば、ですか」

「でしたらお断りさせていただきます。申し訳ありませんが、お客様の迷惑になるのでお帰りいただけますでしょうか」


「で、わかった? 誰が口裂け女か」卯月は新品の服をフリフリさせながら言った。

「……まあ、この手段を使うしかないのかなぁ」

 小柄の店員の元に向かった。足は重かった。そうしてこう言った。

「マスク、外していただいていいですか?」

 店員の表情が止まった。

 僕は自撮り写真を見せた。

「あなたが口裂け女ですよね?」

 小柄な店員は目を見開いた。


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