その10
僕たちは商業施設内を駆けていた。
「な、なんで、あの店員さんが、口裂け女って、わ、わかったの?」
「た、ただのカマかけの、つもり、だったんだよ!」
あの小柄な店員が口裂け女である証拠はなかった。あえていうならSNS広報担当であったからだが、そうでなくともSNSは誰だって使える。口裂け女が出勤してないことも考えられた。だから写真を見せて心当たりを聞くつもりだったんだ。だが反応があったから尋ねてみた。それがこの始末だ。
階段を駆け足で下った。
「じゃ、じゃあ、最初から、写真見せてればよかった、じゃん!」
「こうなりかねないから、嫌だったんだよ!」
振り向くと、小柄な店員がすごい形相でこちらに迫っていた。
角を曲がり、フードコートを抜ける。
そうして三番出口ゲートにたどり着いた。
「……車止めたの何番だっけ」
「……さあ?」
小柄な店員はすぐ後ろまで来ていた。
刺されることも覚悟したその時、三番ゲートが開いた。稲荷と葉月が立っていた。
「あら、佐藤くんと卯月ちゃんと…… その子は?」
僕たちの後ろに小柄な店員が立っていた。肩で息をしている。
卯月が口に指をやり、口裂け女のジェスチャーをした。
「あら、もう見つけてもうたん。ずいぶん優秀やね」
「い、言ってる場合ですか! に、逃げなきゃ!」卯月が叫んだ。
しかし稲荷は店員の方へ歩を進めた。そうして一枚の紙を差し出した。
「もう心配あらへんよ。ちゃんと見つけてきたで。訴訟起こすんも手伝ったるわ」
店員は紙をしばらく見つめた。それから膝をつき、地面に崩れた。声を上げて泣いていた。
「あの紙、お札か何かだったんですか?」事務所のソファーでくつろいでいた卯月が言った。
「そんな便利なもんちゃうよ。あれはただの示談書や」
卯月は首を傾げた。
「ちゅうか、まあ、その、なんや。謝らんといかんことが、まあ、あってな?」
「口裂け女なんて最初からいなかったんだよ」と葉月が言った。
卯月の顔が固まった。
「まずな? 僕が想定しとった口裂け女の職業は水商売や。アパレル店員も、まあニアピンやね」
「なんでです? あまり共通点が見られませんけど」と僕が訊ねた。
「口裂け女のオチはな? 整形手術に失敗したマスク女やった、いうもんやねん。だから僕らはいろんな整形外科回って聞きこんどったんよ。雲隠れした整形外科知りません? ゆうて」
水商売もアパレルショップ店員も、見た目が重視される。高瀬が作る空気の中なら、整形を勧められることもあったのかもしれない。だが聞き込みでは本当の職場の空気感なんて知ることはできない。
「だから示談書、ですか」
「そうや。案の定、雲隠れした病院が施術したんがあの店員、藤崎沙良やった。自撮り写真見せたらべらべら喋り出しよったで」
「でも被害者はどうなんです? 口裂け女に刺されてるんでしょ?」
「僕も佐藤くんに見習って刺された人間のSNS調べてみてん。そしたら藤崎の知り合いのでな? 裏アカ? いうやつやったみたい」
「で、同じように裏アカを辿り、知り合いだと気づいた藤崎が刺傷事件を起こした、と」
「そういうことやね。整形失敗した上に知り合いにけなされたら刺したくもなるわな。あるいは被害者が整形そそのかした張本人やったんかも」
「……なんですか。じゃあ本当に口裂け女なんて最初からいなかったんじゃないですか」卯月が頭を抱えた。
「まあ、怪異なんておらんでも事件は起こるもんやわな」
諸悪の根源はケラケラと笑っていた。




