その11
私には思い返せる過去がない。自己否定心から生まれ、あれを殺すためだけの存在でしかない。殺すことを思い直された時、私は何のために在るのか、わからない。
探偵についていくことを決めたのは、役割が要ったからだ。何かに属せればそれで良かった。そうしないと自分が消えてしまう気もした。探偵は私の性分に合っていた。細かい違和感に気づく。感情に流されない。相手の弱みを見つける。でもそれらは私の物ではない。主人がそう設計したから、そう動く。
鏡を見る。切れ長の目、まっすぐな鼻筋、すっきりとした輪郭、艶のある髪。この容姿だって私の物ではない。男の理想を詰め込み、設定として出力しているだけだ。
それでも自殺は叶わなかった。絞首、異物飲み込み、オーバードーズ、投身、刺殺。そのどれも未遂に終わった。準備はできても実行には移せない。きっとこれは怪異の特性によるものなんだろう。私がどれだけ望んでも、主人が望まない限り自死は許されない。私はどこまでいっても怪異なのだ。
「どうしたんですか? その子」卯月は少女を見て言った。
稲荷が連れてきた少女は高校生ほどに見えた。ジーパンに白シャツ。表情のない顔には土がついていた。
「迷子の子、拾ってきてん」
「……猫じゃないんですから」
卯月は少女の元へ駆け寄り、顔を覗き込むように屈んだ。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
少女は頷いた。
「どこではぐれちゃったか覚えてる?」
少女は頷いた。
「じゃあ、お姉さんたちと一緒にお母さんのとこに行こっか」
ほんの少しだけ戸惑った後、少女は頷いた。
「ほな、そっちは君らに任せたわ」
「……また別行動ですか?」佐藤は訊ねた。
「いや、まあ、ぶっちゃけ面倒くさいというか…… まあ、僕は僕なりのアプローチで親御さん探しとくから」
佐藤はため息をつきながら立ち上がった。そうして三人は車へと向かった。私も外へ出ようとすると、稲荷に呼び止められた。
「葉月ちゃん、頑張ってな」
「迷子探しに頑張ることがあんのか?」
「多分な」
私はヒラヒラと手を振り、事務所を後にした。




