その2
不登校ほど肩身の狭いものはない。いじめや勉学、部活や人間関係、不登校になる原因が様々だが、一様に皆この思いを抱えているのであろう。僕の家には居場所がない。正確を期していえば、自分の部屋がない。不登校と引きこもりはほぼ同義であっても、僕には引きこもるべく場所すらない。だから朝は戦争になる。朝になると母は、今日こそは、と僕に学校に行くよう促してくる。対する僕は腹痛で通すためトイレに引きこもる。疲れたらトイレの床で寝そべることもあった。トイレのドアが叩かれる、叫び声が聞こえる、それでもドアを開けることはない。そうして喧噪が聞こえなくなって初めて自分の空間が訪れるわけだ。だからといって油断していると近くに住んでいる祖母が攻め入ってくる、そうして泣きながら説得を促される。
我が家はこんな調子だからなるべく家に居たくない。だからこうしてねずみ公園のベンチで座って時間が経つのを待っている。例えそれが朝であれ昼であれ夜であれ、我が家に居場所がないことには変わりはない。大学生らしき集団が騒ぎながら歩いているのを見て、僕はひっそりと身を隠した。恐らく飲み会の最中であろう。誰かが知り合いというわけではないのだが、ああいった若者が充実した生活を送っているのを見ると自分の不出来さを責められるような気分になる。彼らは僕に対して無関心であっても同情や憐憫の目で見られている気がしてくる。だからこうして公園のトイレの裏で惨めに隠れているわけだ。結局のところ、僕の居場所なんていうものはこの世に存在しないのかもしれない。
「じゃあ、殺してやろうか?」
声の方向を振り向くとそこには女性が立っていた。うちの学校の黒いブレザーを黒いシャツの上に羽織ったパンツスーツのような見た目だった。
「……どちらさまでしょうか」
「ああ、そうだな。そりゃそうだ。順番間違えたな」彼女は笑いながらそう言った。
「葉月凛だ。葉っぱに、お空の月に、凛とする、で葉月凛」
「……で、そんな葉月凛さんがどんな御用でしょうか」
「別に? ただ今にも死にたそうな顔してたから、興味半分で話しかけてみただけだ」
「話しかけてみてどうでした?」
「時間を無駄にしてる感がすごいね」
「……じゃあ、今すぐにでもやめた方がいいですよ?」
「まあそう言うなよ。何があったのか私に話してみろよ。小馬鹿にしてやるから」
「馬鹿にされること分かってて悩み事打ち明ける人っていないと思いますよ?」
「そうか? でも男同士の場合悩み事は笑い飛ばしてやるのが基本なんだろ? 小馬鹿にするのはその一環だよ」
「それはあくまで信頼関係の元でしか成り立たないんですよ」
「じゃあお前に信頼できる人がいるのかよ」
いくら思い出してもそんな人物はいなかった。
「ほら見ろ、居ないだろ?」そう葉月は言った。
「まだ何も言ってないでしょ?」
「……顔に出てたんだよ。それはもうわかりやすくな」
……そうだったのだろうか。
「なんにせよ、学校は行ったほうがいいぞ? 社会性の学習として」
「なんで不登校なこと知ってるんですか? 学生なことすら言ってないですよね?」
「顔に出てた」
……そういうならそうだったのだろう。
「その制服、うちの学校の生徒なんですか?」僕は葉月のアウターを指さして言った。
「だったとしたらなんだよ」
「いや、実は同じクラスの人間でわざわざ僕を説得しにきたのかな、と」
「そんな殊勝な人間がいるかよ」
「……お昼にここにくれば会えると思いますよ」
葉月の表情が少しだけ歪んだ。
「へえ、お前なんかにそこまでする人間がいるとわな」
「……あなたにそこまで言われる覚えはないんですけど」
「お前が知らないだけだよ」
彼女はそう言いながら複雑そうに笑った。




