その19
「君、少しは躊躇を覚えたほうがええで? 僕が来んかったらどないなってたか、わからんわけでもないやろ?」
私は稲荷さんが運転する車に揺られていた。
「でもあなたが言ったんでしょ。あの洞窟が出口だって」
「電話口の僕が偽物やったとしたら?」
……言われてみれば。無条件に信頼していたが、あの電話も怪異であると疑うべきだったんだ。
「ホンマに君は警戒心薄いなぁ」稲荷さんは呆れるようにケラケラ笑った。
「結局、きさらぎ駅ってなんだったんですか? 誰かをあそこに閉じ込める場所ってこと?」
「真逆やね、黄泉への道。それがきさらぎ駅の正体や」
「じゃあ、あの駅はあの世だったと?」
「あの世とこの世をつなぐ道、やね。黄泉へ攫う駅で、黄攫ぎ(きさらぎ)駅ちゅうわけやね」
「伊佐貫トンネルは、あの世への入口だったと。……そもそもなんて読むんですか? いさぬき?」
「いざなぎ。イザナギ様を無理やり当て字にしたから、難読になってん」
……イザナギ様ってなんですかって聞いたら怒られるだろうか。
とにかく自分がどれだけ危険な状況だったかを、ようやく理解した。今更やってきた身震いに、我ながら呆れてしまう。車は山道を走っていた。悪路のせいで車が揺れる。ちょっと酔いそう。
唐突に電話が鳴った。
スマホを見ると祥也くんからだった。
「桃! 今どこにいる!」電話口から祥也くんの切迫した声が聞こえてきた。
ああ、そういえば最初にラインしてたんだっけ。
「えっとね、きさらぎ駅からは出れたよー。今は稲荷さんの車で送ってもらってる」
「……今すぐ車から飛び降りろ!!」
後日談
祥也くんに事務所まで送ってもらった私は、ソファでくつろいでいた。
車から飛び降り、電波が復活してたことに気づいた私は、コンビニまでのルートを検索して山道を歩いた。枯れ葉や枝を体中につけ雑草臭くなった私は、無事コンビニに着き、そこから祥也くんに送ってもらって今に至る。
「勢いにまかせて飛び降りちゃったけど、なんで飛び降りなきゃいけなかったの? ていうか稲荷さん置いてきちゃって良かったの?」
凛ちゃんは頭を抱えた。
「お前、きさらぎ駅のオチ知らねえの?」
首を振った。きさらぎ駅自体知らなかったんだから、オチなんて知るわけがない。
「知らないおっさんに車に乗せてもらって、そのまま音信不通になるんだよ」
「……つまり?」
「今頃、黄泉の世界でよろしくしてたろうな、あのままだったら」
最初にラインしてたこと。電波が繋がって、それが送られたこと。これらがなければ私は今頃死んでいたわけだ。もう鳥肌が立つスペースもないよ……。
咲奇ちゃんは何も言わず、じっとこちらを見つめていた。その目からは呆れが感じ取れた。
警戒心の薄さ。それが一貫して今回の原因だった。その奥にある理由だって私は知っている。それでも振り返ることはない。きっと死ぬまでこのままなのだろう。バカは死にかけたって治らないのだ。
「じゃあ、あの場に本物の稲荷さんはいなかったってこと? 電話も、車も」
「さあ? まあ、全部きさらぎ駅から出た怪異だったんじゃない」祥也くんは言った。
「でも、今日見てねぇぞ、稲荷。少なくとも事務所には来なかった」
「……じゃあ、あれ。本物だったかもってこと?」
誰も口を開かなかった。
私たちはいつまで、彼に振り回され続けるのだろう。




