その18
きさらぎ駅と書かれた駅は、先程見たものと同じだった。
「あれ、戻ってきちゃいましたよ? 稲荷さん、道間違えました?」
「間違えるかいな。ただまっすぐ進んどっただけやろ」
「ならなんで、きさらぎ駅に戻って来ちゃうんですか?」
「いやだから…… そういう怪異やねんて。いい加減気づけや。目を逸らすにもほどがあるやろ」
私は口を押さえて、悲鳴を飲み込んだ。
「は、早く言ってくださいよ! 最初から言えば済む話だったじゃないですか!」
「普通は言わんでも気づくねん、どっかしらのタイミングで。見て見ぬフリするのは勝手やけど、危機感はもう少し持っといたほうがええで?」
「……なんの話ですか?」
「君の話や。君が一番わかっとるやろ?」
「……見ないのはいけないことですか?」
「別にええんと違う? それ抱えたまま死にたいんやったらの話やけど」
何の話かはわかっている。わかった上で目を瞑る。
「じゃあ本当に線路に降りるしかないんですか?」
「大丈夫やって。急に止まってる電車が動きだして死ぬ、みたいなことはないから」
「だとしても、現代人としてとてつもない抵抗があるんですよ……」
そう言いながら私は線路の上に降り立った。背徳感と恐怖が混ざりあい、変な気分だ。線路は山に沿ってずーっと続いていた。右手の斜面は木や草花で生い茂っている。ふかふかの腐葉土のような香りがした。
「どっちに進みます? 今回こそ進行方向は大事でしょ?」
「電車が進もうとしてた方向に進めばええよ。帰り道はそっちや」
言われるがままに歩を進めた。左手に雑木林、右手に山。進めど進めど景色は変わらない。
「で、この先に何があるんですか?」
「洞窟や、そこ通れば異界から抜け出せる」
「なんだか千と千尋みたいですね」
「あ、そうそう。線路進むときは振り返ったらあかんで?」
「え、嘘!? 何度か振り返っちゃいましたよ!?」
「うん、ただの冗談や。ええ反応するね」
「洒落になってないんですよ、状況的に……」
進むと山に生えているものが少し変わった。
「あ、見てください。山ぶどうがなってますよ」
「ほんまや、食べてみたら?」
「いくら私でも異界の食べ物を食べちゃいけないことぐらい知ってるんですよ?」
「でも脱出するには食べないといかん、って言われたらどうする?」
「……さんざん足掻いた上で食べるんでしょうね、きっと。それしか帰る方法がないなら」
「ほんで一生帰れずバッドエンド、やね。安心してええよ、ぶどうは気にせず進み。あと竹林もな」
山を見るとたしかに竹が生えていた。今までの景色にはなかったものだ。
「なんで竹が生えてるってわかったんですか?」
「別に? 山やねんから竹ぐらいはえとるやろ」
……まあ、確かにその通りだ。そんなことよりも歩きっぱなしで痛む足のほうが気になる。とにかく進み続けた。
そうしていると、遠くからドンドン、シャンシャン、と音がした。
「この音、聞こえてます? 太鼓か鈴みたいな音が…… あれ、稲荷さん?」
画面を見ると、知らぬ間に通話が切れていた。
……困ったことになった。一歩歩いただけで不安がこみ上げてきたが、かと言って他にできることもないので変わらず歩き続けた。
線路の終点にたどり着いた。
右手の山に、苔むしたトンネルがあった。看板には『伊佐貫トンネル』と書いてある。しかし落石があったのか、入口は岩や土で塞がれている。
私の心臓がキュッと音を立てた。稲荷さんにはここが現実への入口と言われてたのに、通れないじゃないか。何度も稲荷さんに電話をかけ直すも繋がらない。
トンネルのそばに桃の木が三本植わっているのを見つけた。山に桃って生えるっけ? ヤマモモという名前は聞いたことあるから生えるのかな。スーパーで売っていそうな綺麗なピンク色の桃がなっていた。木の奥には、まるで木々が隠すようにドアがあった。トンネルの内部に通じているのだろう。これでトンネルを通れる、とほっと胸を撫で下ろした。
ドアの隣には文字が乱雑に彫られていた。『ヨモツヒラサカ』、読めるが意味がわからない。
ツタに絡まったドアをスライドしたところで、車のクラクションが聞こえた。




