その14
私の家族は、あんまり出かけない。家族旅行は一回きりだ。青森にスキーに行った。私はつららを折って大事そうに握ってた。一番よく覚えてるのは日曜の朝だ。お父さんは仕事が休み、リビングでゆっくりしてた。台所からソーセージと目玉焼きを焼く音がする。このあと皆で食べるんだ。なんてことはないただの日常。それを今でも覚えてる。
久しぶりの外出は釣りだった。両親も私も、特別釣りが好きなわけじゃない。それでもすごく楽しかった。途中までは晴れてたんだ。車の中で、晴れてよかったね、なんて言って。曇っても釣りを続けた。小雨が降ってきたら止めるつもりだった。突然、目の前が真っ白に光った。少し遅れて、爆発のような音がした。
私は釣り堀に浮かんでた。周りにお母さんたちは居なかった。早く帰らなくちゃ、って思った。必死で山道を下りた。途中、すれ違った人に声をかけようとして、やめた。助けて、って言葉はなんだか違う気がした。土だらけで下りていくと、スーツ姿の男が立ってた。
私は最初から住所を知っていた。でも言うべきじゃないと思った。理由は考えないことにした。釣り堀についたところで何も変わらないのも、知っていた。それでも必死に探した。私が私である証拠を。
凜に家族が見つかったと言われた時に感じたのは焦燥感だった。病院には私のお母さんとお父さんがいた。そして私の姿をした何かもいた。私は飛び出して伝えようとした。危ないよ、それは偽物だよ、って。でもできなかった。お父さんもお母さんも、そして私も、楽しそうに笑っていた。そこには私の知ってる日常があった。でもそこに私はいなかった。ずっと考えないようにしてたことは、これだ。
誰かが抱きしめてくる。強く、強く。ただただ痛くて鬱陶しかった。振り放そうとは思わなかったけど。
私は事務所の仮眠室の扉を閉めた。
「凜ちゃん…… 咲奇ちゃんの様子どう?」卯月が泣きそうになりながら訊ねる。
「おとなしく寝てるよ。ようやっと泣き止んでな」
「ホンマにこれで良かったんか? これが咲奇ちゃんの幸せにつながるんか?」
「でも、あの子を殺すなんて……」
「そりゃ嫌やろ、人間を殺して気分良くなる奴なんておらん。でもそれは君らの事情やろ? 咲奇ちゃんのこと考えたうえで、これで良かったんかって僕は聞いとんねん」
「……知らねえよ?」
「は?」
「こんなもん私のエゴでしかねえよ。殺す覚悟はなかった。ただそれ以上に生きてて欲しいって、どんな理由であれ死ぬべき人間なんているわけないって、そう思った」
「そんなくだらん綺麗事であの子を生かしたんか? そんな可哀そうなこともないやろ。あの子きっと死にたい思っとるで? その状態で生き続けるんが死ぬより苦しいことは君が一番知っとるはずやろ?」
「その私が言うんだよ。それでも生きろって」私の声は震えていた。
「生きる価値がなくてもか?」
「……価値なら私が作る」
「……あっそ。ほんならもうなんも言わんわ。精々一緒に苦しみや」
私に価値はない。そして咲奇にも多分ない。それでも生きると決めた。全てが偽物でも、咲奇に生きててほしいって願うこの気持ちだけは、本物のはずだから。




