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短編置き場  作者: 細井雪
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相合傘

幼馴染高校生の現代青春。短いです。




「俺、相合傘に憧れているんだ」


 誰もいない放課後の教室で、幼馴染歴十六年の光太が突然そんなことを言い出した。

 光太とは生まれたときから家が隣同士で長い付き合いだけど、ときどきよく分からないことを言い出すので、とりあえず聞いてみる。


「相合傘って良いじゃん? なんかこう、青春じゃん? ひとつの傘でくっつきそうになって、ちょっと意識しちゃったりして、ドキドキするじゃん? だから、高校ではそんな青春を送りたいんだよ」


 長々と相合傘のメリットを説明されたけれど、聞いてもよく分からなかった。

 光太は影響を受けやすい性格だ。

 それは長い幼馴染歴の中で十分に知り得ている。

 小学生のときにバトルもののアニメが流行れば木の枝を持って戦いに明け暮れ、中学のときに野球漫画を読んで野球部に入部したくらい影響されやすい。

 ちなみに中学のときに始めた野球はあまり向いていなかったらしく、ただ日焼けした丸坊主の少年になっていた。

 だから、高校生になって周囲の友人が彼女を作ったり、イベントのときに意識しているのを見たりして、男女交際に興味を持ったことは理解できる。

 それがどうして相合傘になったのかは、ちょっとよく分からないけれど。

 でも光太はそういう性格だ。

 部屋の中で静かに本を読んでいるのが好きな私とは性格も行動も正反対で、思い立った瞬間に動き出すタイプ。


「なのにさ、最近の雨ってどうなんだよ?」


 急に雨に対する疑問に変わった。


「めっちゃ降るじゃん? ゲリラ豪雨じゃん? しかも線状降水帯ってやつまでしょっちゅう発生するし。あんな大雨じゃ自分だって濡れるのに、二人で相合傘できるわけないじゃん?」


 最近の雨の降り方が、ひとつの傘で相合傘をするには厳しいという不満らしい。

 まあ、確かに最近の雨はいきなり土砂降りとか多い気がする。

 だからといって、相合傘ができないと不満を言われるのは、雨も困ると思うけど。

 ちょっと言いづらいけれど……光太はアホだ。

 素直なアホだ。

 私は幼馴染に失礼なことを思いながら、手元のプリントの束をまとめた。


「あ、提出するプリント、まとめ終わった?」

「うん。あとは先生に出すだけ」

「学級委員って大変だな。さっさとハマセンに出して帰ろうぜ」


 私は学級委員をしているので、クラスの提出物をまとめて担任の先生に出すことが多いけれど、こういう細かい作業は好きなのでそこまで大変ではない。

 光太の言っていたハマセンとは、担任の浜田先生のことだ。

 私はそう呼ばないけど、男子たちは大体そう呼んでいる。

 鞄とプリントの束を持って職員室へ向かうと、光太は扉を開けながら無駄に大きな声を出した。


「ハマセンー! 提出に来ましたー!」

「一ノ瀬、ちゃんと先生と呼ばんか! 松川、いつもありがとうな」

「いえ……」


 相変わらず光太は先生に怒られている。

 一ノ瀬とは光太の苗字で、松川は私の苗字だ。

 生まれたときから隣に住んでいる幼馴染なので呼んだことはないけれど。

 浜田先生にプリントの束を提出してから、二人で職員室を出た。


「光太。わざわざ私を待っていなくて良かったのに」

「だって真里、傘忘れただろう?」


 光太が私の名前を呼びながら、仕方がないなという顔をした。

 廊下の窓から見える外は雨が降っている。

 朝は降っていなかったけれど、お昼ごろから降り出した雨がまだ続いていて、光太は持っていた紺色の傘を自慢げに示した。


「光太はいつも傘忘れないよね」

「当たり前だろ? 俺は相合傘するために、毎朝天気予報をチェックしている男だからな」


 相合傘を夢見ている光太がドヤ顔で言う。

 今日提出のプリントは私が朝言わないと忘れるのに、どうして天気予報のチェックは欠かさないんだろう。

 正面玄関から外へ出ると、光太は紺色の傘を雨空に向かって広げた。


「ほら、帰ろうぜ」

「うん」

「濡れるからもっと寄れって」


 光太は開いた傘を私の方へと傾けた。

 今日の雨はゲリラ豪雨とまでは言わないけれど、光太が言っていたようにひとつの傘を二人で入るのはちょっと厳しい。

 実際、光太の肩は傘からはみ出てしまい濡れていた。


「光太。濡れているからもうちょっと傘そっちに……」

「ん? そしたら真里が濡れるじゃん。俺は風邪ひかないから気にすんなって!」


 光太は笑って言いながら、幼馴染歴十六年の気安さで私の肩を引き寄せた。

 これは、光太が言っていた相合傘ではないのだろうか。

 ひとつの傘の中でくっつきそうどころか、もう肩がくっついている。

 こんなに距離が近いのに、生まれたときから側にいる幼馴染相手では、相合傘にもならないという意味なのか……。


「……光太」


 この十六年間で呼び慣れた幼馴染の名前を呼ぶ。


「ん?」


 名前のとおりいつだって明るい表情が私の方を向く。

 その視線が見上げるほど高くなったのは、いつからだろう。


 背が高くて格好良い――そう言っていたのは、クラスメートたちだった。


 高校生になってから丸坊主だった頭に髪が伸び始め、毎日試行錯誤しながらセットしているおかげで、光太は何だかお洒落になった。

 野球は向いていなかったけれどスポーツ自体は得意だから体格も良いし、誰とでも明るく喋れるから友達だって多い。

 クラスメートが話しているのを聞いてから、私にとって光太はただの幼馴染というだけではないことに気づいてしまった。

 いつかこの傘に入るのはただの幼馴染の私ではなく、他の子になるかもしれない。

 それが、嫌だと思った。


「これは、相合傘じゃないの……?」


 こんなことを言ったら、光太はどんな顔をするんだろう……言葉に出した喉の奥がぎゅっと狭くなるのを感じながら、恐る恐る隣を見上げた。

 すると、光太は今気づいたみたいな表情をしながら、耳まで真っ赤にしていた。

 本気で気づいていなかっただけらしい。

 それを見て、私もつられるように真っ赤になった。



 それから私たちの幼馴染という関係性は変わった。

 けれど、光太の憧れだった相合傘は変わらず続いている。




ちょっとアホの子な元気いっぱい男子高校生と、真面目学級委員女子高生。

忘れ物が多い幼馴染のために学級委員になったことは、誰にも知られていません。

読んで頂きありがとうございました!

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