土竜を呼び出したつもりが、モグラを呼び出してしまいました。
土竜と書いてモグラの話題を見かけて、土竜を呼び出したつもりがモグラが出てきても良いなと思い書いたので、軽い気持ちで読んで頂けると嬉しいです。
明治時代風。
※野生動物には触れない方がいいです。
――竜邦家。
古代より竜を呼び出すことができる、特別な力を持った竜遣いの一族。
竜の加護を得たい時の権力者に請われたり、嫁入りをしたりして地位を築いてきた。
それは長く閉ざされていた港を外に開き、文明開化の音が聞こえ始める時代になっても変わることはなかった。
都が移り変わっても、今でも政界の重鎮たちは竜の加護を求め、竜邦家の人間は重要な役職に就いている。
そんな竜邦家の血を引きながら、私こと撫子は出来損ないとして蔑まれていた。
「私も竜を呼び出せれば……」
私はいまだ自分の竜を呼び出せていない。
お兄様は十になる前に火の竜を、お姉様も十二歳で水の竜を呼び出しているというのに、竜邦家の末の娘である私だけは十七歳となった今でもまだ竜なしだった。
竜邦家は誰もが知る名家。
芸妓をしていた母は、竜邦家当主である父に見初められて妾となったものの、私が幼い頃に病で亡くなり、残された私は竜邦家のお屋敷に引き取られた。
お屋敷には本妻でいらっしゃる奥様と、異母兄姉にあたるお兄様とお姉様がいて、私も竜邦家の末席に加わることとなった。
けれど、お兄様もお姉様もとても優秀で、この広いお屋敷に私の居場所はないに等しかった。
竜邦家の人間は、みな遅くとも十五歳までには自身だけの竜を呼び出し、つい最近では分家の子がわずか七歳で竜を呼び出したと噂にもなっていたのに……。
「私だけの竜……」
もう十七歳にもなったのに、竜邦家の人間が竜を呼び出せていないとなると、縁談さえ来ない。
だから、私はもう必死だった。
屋敷の隅にある、誰も来ない侘しい庭で必死に願う。
どうか、どうか、私の元へ竜が来てくれますように。
地面に膝をついたせいで着物が土で汚れたが、そんなことは構っていられない。
お兄様は火の竜、お姉様は水の竜。
同じではきっと比べられてしまう。
ならば。
「土……。どうか、土竜を私の元に……」
誰も呼び出したことのない、私だけの竜を強く願った。
その瞬間。
膝をついていた地面が、突然音を立てて盛り上がった。
ぼこぼこと盛り上がった地面に穴が空き、何かが飛び出してくる。
「きゃっ」
驚いて思わず尻もちをついてしまった私の目の前に現れたのは――モグラだった。
『我を呼び出したのはそなたか?』
「モグラが喋った……!?」
土の中から半分だけ姿を現した濃い茶色の体に、小さな目、桃色の鼻と手足はまさしくモグラだった。
そのモグラが人間の言葉を喋っていることに驚いたけれど、モグラの方は土の中から不思議そうに私を見上げてきた。
『無礼な。我は三百年以上生きてきたモグラだ。そもそも、そなたが我を呼び出したのであろう?』
「え? わ、私は呼び出していないわ。私が呼び出そうとしたのは、土竜よ」
『その土竜が我のことだ』
モグラが桃色の小さな手で自身を示す。
私は頭の中で目の前のモグラと、お兄様とお姉様が呼び出した竜を思い浮かべた。
「で、でも、お兄様の火竜は全身真っ赤で火を噴いて格好良いし、お姉様の水の竜だって水色の大きな竜なのに、どうして土竜がモグラの姿……?」
『そなた、土竜がモグラと呼ばれていることを知らずに呼び出したのか?』
土の中に半分いるモグラが顔を傾けながら言った言葉に、私は思わず衝撃を受けてしまった。
「知らなかったわ……。またお兄様やお姉様に馬鹿にされてしまう……」
土竜がモグラだということを知らずに呼び出したなんて、馬鹿にされても仕方がないけれど……。
結局、私は竜を呼び出すことができなかった。
これでは竜邦家を名乗る資格もない。
『どうした? 元気を出せ』
地面についていた私の膝に、モグラは小さな手を乗せながら、つぶらな瞳で見上げてきた。
竜と似ても似つかないのに、どうして土の竜なんて名前がついているのだろう。
でも、見上げてくるつぶらな瞳は何だか可愛くて、少しだけ元気が出た。
「あなた、すごく汚れているわよ……」
土の中を潜っているだけあって、モグラは全身土まみれだった。
「洗ってあげるわ」
土の中から呼び出してしまったお詫びに、綺麗にしてあげようと思った。
井戸から水を汲んできて、土まみれのモグラを洗う。
モグラはつぶらな瞳を点にして、小さな手足を伸ばしながらされるがままとなっていた。
『……そなた、意外と大胆だな』
丸洗いされながらモグラがよく分からないことを言った。
『そういえば、先ほど馬鹿にされると言っていたが、どういうことだ?』
「竜邦家の血を引きながら、十七歳になっても竜を呼び出せないからよ。誰も呼び出したことのない竜を呼び出せたら認めて貰えると思ったのに……」
火の竜や水の竜はお兄様とお姉様がすでに呼び出しているから、誰も呼び出していない土の竜を呼び出そうとしたけれど……そうよね、モグラだから誰も呼び出さなかったわけよね……。
『なるほど、馬鹿にされなければ良いのだな。我の力を見せてやろう』
「大きな穴でも掘るの?」
洗い終わったモグラを手ぬぐいで拭いていると、ぴょんっと飛び出して地面に降りた。
せっかく洗ったばかりなのに……。
『しかしこの姿では力を出しきれぬ』
モグラが何かを言っていたけれど、私にはよく分からなかった。
『そなた、名は何という?』
「私は撫子よ」
『撫子。そなたの名のもとに、我が力を解放する』
その瞬間、モグラの体が突然光に包まれた。
私は驚いて一瞬目をつむり、再び目を開けたときには、そこには見知らぬ人の姿があった。
「誰……?」
濃い茶色の髪をした、背の高い男の人。
髪色と同じ色の着物をまとい、腕組をして立ったまま私の方へと視線を向ける。
「そなたが呼び出した土竜だ」
目の前の男の人はそう言うと、手の平を地面へと押し当てた。
次の瞬間、私の周囲の地面が突如として盛り上がった。
「っ!?」
地面が勢いよく隆起し、侘しかった庭は一瞬で鋭い石林山のようになってしまった。
その光景に呆然としていると、岩の上に座った男の人――土竜がこちらを見下ろしながら、この場に似つかわしくないほど穏やかに微笑んだ。
「呼び出す者がなかなかいないゆえ、久しぶりに力を使うと加減が少々難しいな」
モグラの小さな手ではなく、大きな男の人の手を動かしながら呟く。
「撫子よ」
「は、はいっ」
「我が全てに触れた責任は取って貰うぞ?」
「はい?」
大きな手がそのまま伸びてきて、私の頬を撫でた。
全てに触れた責任とは……もしかして、先ほど丸洗いしたことを指しているのだろうか。
でも、あれはモグラであって……。
「おなごにあんな風にされたことは初めてだ。末永くよろしく頼むぞ、我が主」
腰を抜かして地面に座り込んでいる私を見下ろしながら、「末永くよろしく頼む」と笑顔で言う土竜。
末永くとは、いつまでだろう。
どうやら、私はとんでもないものを呼び出してしまったらしい……。
我が家の庭が突然石林山のようになり、駆けつけたお兄様やお姉様にこっぴどく叱られるのは、それからすぐ後のこと。
そして、呼び出した土竜は人の姿は疲れるという理由でモグラの姿を好むため、私はモグラを肩に乗せて行動する羽目になった。
そんな土竜の地面を自由自在に掘る力のおかげで、竜邦家は土木事業でも名を馳せるようになり、私は竜遣いではなく土竜遣いと呼ばれるようになるのは、もう少し先のことだった。
兄「何でおまえはいらんことばかりするんだ!? モグラを乗せているおまえは可愛いが!」
姉「だから家の中で大人しくしていれば良いと言ったでしょう!? モグラを乗せているあなたも可愛いけれど!」
出来損ないだけど妹のことを可愛がっている兄姉です。
読んで頂きありがとうございました!




