2 ガーベラ様の失態
「あの……大丈夫ですか?」
「え、ええ! 大丈夫ですっ。貴女こそもう落ち着きまして?」
転がるように天幕に戻った私にあの大人しそうな少女が心配そうに聞いてきた。
いけない、平常心、平常心ですわ!
「はい……ドレスは残念でしたが、どちらにせよ私などが参加していいものではなかったんです」
「そんなことはありませんわ! それにドレスなら大丈夫です、なんとかなります」
「……え?」
驚きに目を見開いた彼女に、私は自信満々に言った。
「しばらくしたら、新しいドレスが届けられるはずですわ。心配なさらないで」
ローズマリーとミントが任せろといったのだ、彼女達なら必ずやってのける。
ぎゅっと私は彼女の手を握った。
私のお義姉様となられる方は、身分など関係なくお兄様がお選びになった方ですもの。もしかしたら彼女こそが私のお義姉様かもしれませんし。
よくよく彼女を見れば、清楚な雰囲気の可愛らしい人だった。
お兄様は好みなどないと仰っていたけど、彼女はお兄様には嫌われないタイプに見えますわね……。
お兄様は姦しい方は苦手ですし。
「あ……私、名乗りもしないで……あの私、セイラ・ルイズと申します。色々と気にしてくださって、ありがとうございます」
セイラさん! お名前まで清楚な感じですね。
相手から名乗っていただいたんだもの、私もちゃんと名乗らないと……でも、本名はさすがにまずいですわよね、どうしましょう。
悩んだ末。
「私は、メリルと申します。困ったことがあったら遠慮なく言ってくだいね」
「そ、そんなもったいないです……」
もったいないって何がです……?
セイラの言っている意味が分からず、私が首を傾げると。
「……貴族の方にそこまで……」
ともごもごするので、ようやく思い至った。
貴族って平民の間ではあまりいいようには思われていないのでしたね。困りました……。
「実は私、辺境の貧乏貴族ですの。このドレスもだいぶ奮発してきましたのよ。平民の方とはそれほど垣根も感じてませんし、セイラさんもどうぞ気楽になさって」
そこまで言って、ようやくセイラは気が落ち着けたようだった。
ほっとして、はにかんだように微笑む姿に私、くらっときてしまいました!
私がときめいてどうするの!
しばらくセイラと談笑していると、静かにローズマリーが天幕に戻ってきた。
「お嬢様、準備が整いましたわ」
「ありがとう、ローズマリー! セイラさん、少し席を外させてもらいますわね」
セイラに一言断ってから、私はローズマリーと共に天幕の外に出た。外ではまだ慌ただしく人が動いている。
「さすがだわ、ローズマリー。それにしてもどうやってあの量のドレスを調達しましたの?」
「ふふ、内緒ですわ。それよりもガーベラ様が姫様と話がしたいと仰ってますが」
「案内してちょうだい」
ガーベラ様に知らせるようバジルに頼んだのは私ですもの、私がちゃんとお話ししないといけません。
バラの七賢人、ガーベラ・リ・ローザン様は宝飾品などを扱う部門の最高責任者でもある。今回のドレスも彼女が用意させたはずなのだ。
一際大きい天幕に案内された私は、天幕に一歩踏み入ったところで中にいた人々に跪かれた。
「姫様、このたびは大変お見苦しい所を……」
「私に謝罪は結構ですわ。後でお兄様と参加者のお嬢様方にお願いします。今はことの次第を詳しく知りたいのです」
「わかりました。それでは失礼ながら謝罪は後にさせていただきます」
顔を上げたガーベラ様は美しい顔を青くしていました。彼女はバラの七賢人の座を母親から譲られたばかりでしたわね。
お兄様とラフィドとも幼馴染の間柄で、幼い頃はよく三人で遊んでいたのを見たことがある。
彼女は犯してしまった大きな失態に、震えているようだった。
「衣装を届けたという男ですが、彼は私の部下ではございません。本来届けるはずであった者が物置に縛られ押し込められているのを見つけたのです」
「不審人物に誰か気づけなかったのですか?」
「……申し訳ありません。人の出入りが多く、管理が行き届かずに……」
監督不行届き……お兄様の大事な花嫁探しの舞台でこのような失態を犯してしまうとは、新任といえど言い訳はできない。
彼女は後でそうおうに罰せられるだろうが、それを憂えている暇はなかった。
お兄様の花嫁探しは続いている。
早急に犯人の特定と目的を突き止めなくてはいけませんわ。
次の被害が出ては遅いのだから。
◆ ◆ ◆
「で、状況はどうなってるんだ?」
「ガーベラが動いているはずですが……どうでしょうね」
ドレスが引き裂かれた事件は、ディオライトの元にも届けられた。
宝飾類を管理しているはずのガーベラのことをよく知るディオライトとラフィドは頭を抱えた。母親に似て美的感覚に優れ、良と不良を的確に見極める目を持っている。宝飾を司るバラの七賢人としては有能ではあるが、こと不測の事態にはまったくもって慣れていない。
慌てふためき、二の足を踏む彼女の姿が容易に想像できた。
「他の七賢人はどうしてる?」
「動いてますよ、もちろん。事態の収束にてんてこ舞いです。なにせ大事な大事な貴方の花嫁探しの舞台なんですから、つぶすわけにもいかないでしょう」
「…………ってことは、やっぱりツバキの七賢人も動いてんのか」
「そうなりますね」
ツバキの七賢人という言葉にクラヴィスは嫌そうな顔をした。
「ツバキの七賢人様が動いてるなんて……嫌な感じしかしませんね」
彼はいわば『影』だ。
普段人が触れない闇の部分を専門に扱う七賢人である。
彼の一族や姿などすべてが謎に包まれており、それを知るのは王と七賢人の長、サクラの称号を持つユーリ一族だけだ。
ディオライトやラフィドもいずれ知ることになるだろうが、現段階では彼の素顔も年もなにも知らない。そして影が動くのはいつも、国に危機が訪れているときのみだ。
「俺の花嫁探して、ツバキが動くのか?」
「実際動いているんですから、そうなんでしょう。実のところの目的は不明ですが」
花嫁探しのお祭り騒ぎの為だけに彼が本当に動いてるのだとしてらお笑いものだ。
ありえない。
(この馬鹿騒ぎに乗じて誰かがなにか仕掛けようとしてやがるのか……)
花嫁探しだけでも面倒だというのに、これ以上の面倒事はよして欲しい。
「俺は主賓でこっから動けない。もう親父とグラードに任せるしかないが……ったく、歯がゆいな」
自らしょっ引きに行きたそうにウズウズしているディオライトの頭を軽く小突いてラフィドは苦言を漏らした。
「貴方が動けないからこそ……なのでしょうね」
その言葉にディオライトは深くため息をつくのだった。
◆ ◆ ◆
「手伝いますよ」
「え、ええ……どうも」
ガーベラ様との会談した後、その場を乗り込んできたグラード様に任せて天幕を後にした。
ガーベラ様は心臓がつぶれる勢いかもしれませんが、ここは彼女にだけ任せてはおけませんし、しっかり責任は果たしてください。
なんとかドレスが用意できたので、私はドレスを届けるのを手伝うことにしました。
ドレスを数着持って、セイラの待つ天幕へ向かっていたのですが……。
あの『彼』に捉まりました。
「貴族の方とお見受けしましたが、他人の為に自らお運びになられるとは、やはり素敵な方ですね」
「…………どうも」
貴族→自ら運ぶ→素敵な方の方程式がよく分からないのだけど!
貴族はやっぱりイメージが悪いということなの?
確かに自分で荷物を持つ貴族をあまり見たことはないけど。王族の私だって持つときは持ちますよ?
「貴族のお嬢様であるとお分かりなら、距離を考えて欲しいものですわ」
「そうですわ、不作法ですわ」
後ろで睨みを利かせるローズマリーとミントがトゲトゲしく言ってくる。
なんといっても彼は私にぴったり寄り添って歩いているのだから、当たり前だ。しかも彼は未だに正体不明である。一般人なのか騎士なのか、身分ある者なのか、ないのかも分からない。
ローズマリーとミントがそれとなく伺っているのに、
「メリル嬢の使用人だけあってお二人ともお美しいですね」
とかわされるので、内心二人ともはらわた煮えくり返っていることでしょう。
さりげなく私の偽名を聞き出しているあたり、隙のない人物である。
バジルはいつでも対応できるように彼のすぐ後ろで張っている。
「やはり、貴女もコンテストに参加されるのですか?」
「え、ええ……」
私のお義姉様を――いえ、お兄様の花嫁を見つけ出す為に参加は必須事項です。
彼は私にすがすがしいほどの綺麗な笑顔を見せた。
「では、一次審査が終わったら私と一緒に食事でもしましょうね」
早々の落選決定ですか!?
二次審査は一次審査のすぐ後だ。食事などしている暇はない。
いや、私が残るとはまったくもって思いませんが(なにせお兄様にバレた時点で落とされるでしょうし)、なにも知らない方に言われたくないですわ!
私が文句を言おうと口を開いた途端、
「無礼ですわっ!」
「そうですわ、牢屋行きですわっ!」
ローズマリーとミントが先に噴出した。
バッタンバッタン暴れる姉二人をバジルは肘鉄くらいながらも必死に羽交い絞めにして止めた。
痛そうです。
「おっと、失礼。早計に過ぎましたね。……もしも落選されたらお迎えにきますのでその時、一緒に食事でもしましょう。では」
いつの間にか目的の天幕についていた。
彼は私に持っていたドレスを渡すと、銀の髪をなびかせて颯爽と立ち去ってしまいました。
…………ローズマリーとミントを怒らせたまま行ってしまうなんて、一発彼女達に殴られてから行ってください!
彼女達をなだめるのに、バジルは相当苦労したのでした……。