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イデア 再会


「行く必要はありませんわ。わたくしはここにおりますもの」

 

 ジュリアン王子の部屋の中。

 ジュリアン王子がベッドに横たわっている傍にいる、金色の髪のステラと、魔塔主のアスモに向かって。


  窓の外から、わたくしはそう言った。


※※※※※※※※※※※※※※※


 夜の王都は、オムラントと違ってまだ明るい。

 わたくしが成長したチャロの背中に乗って初めて空を飛び、王宮にたどり着いた時には、本日開催されていたというロイス王子の誕生祭は、とっくに終わってしまったようだった。


 静けさを取り戻した王宮を上空から眺め、わたくしは、少し王宮での想い出が脳裏に甦る。


 わたくしは以前から、婚約者候補であるジュリアン王子に会うために、3ヶ月毎に王宮に足を運んでいた。


 ちょっとしたポッチャリ具合のせいで、身体はとにかく重く、馬車はギシギシ言って今にも壊れそうだし、揺れるからお尻は痛いし、毎回、本当に最悪な気分になっていた。

 それでもわざわざ足を運んで来てやってるのに、ジュリアン王子はいっつも無愛想で文句ばっかり言ってくるから、その腹いせに、毎回、王宮で暴れまわってやったんでしたわね。

 なんて、そんなことを思い出して懐かしく感じる。


「あ、チャロ。そこを左にお願いしますわ」

 ヒラヒラとわたくしは左手を動かし、チャロの視界に入るようにして教えた。

「キュウ」

 すーっとチャロが左に回旋する。風が強く吹いて、とても気持ち良かった。

 

 やはりオムラントと違って、王都の夏は夜も暑い。

 もう夏も終わろうとしているというのに、じんわりと汗をかいていた。


「こんな中でドレスとか、洒落になりませんわね」

 げそっとわたくしはドレスのコルセットを思い出して、顔を険しくさせた。


 パーティーは嫌いだった。

 陰でコソコソ、人の噂話をされるのも嫌いだし、美味しそうな料理が並んでいるのに、マナーだとかいって食べたいものも食べられないし、そもそもドレスは暑くて鬱陶しい。身体を締め付けるコルセットに至っては、ただの拷問ではないかと思う。


 その点では、貧乏子爵の家は最高だった。

 薄いワンピース1枚で、全てが事足りる。

 数も少ないから、柄などもそんなに選ばなくてもいい。

 柄を選ぶ時間があるなら、その時間を白魔法の研究や、アレクシス様とのお茶の時間にしたかった。


 アレクシス様もパーティーには行かないから、わたくしがオムラントにいる限り、パーティーとは無縁になるだろう。

 ほんと、オムラントは最高の場所ですわよねぇ、と心で歓喜の声をあげる。


 王宮の地図は、しっかりと頭の中に入っている。

 3ヶ月に1回通っていたのもあるし、暇潰しにジュリアン王子に、王宮の王族しか知らない隠し通路の地図を見せて欲しいと、脅ーーおねだりしたことがあった。

 あまりのわたくしの根気強さに負けて、一瞬だけだぞ、と本当に一瞬だけ見せてくれたことがある。


 うっかりでしたわね。

 と、わたくしはほくそ笑む。

 あの一瞬さえあれば、わたくしはその映像を頭に焼き付けて覚えることができるのだから。


 万が一、ジュリアン王子がステラを連れて隠し通路に入ったとしても、絶対に見つけてみせますわよ。

 覚悟なさい。


 ーーーなんてことを思ったことも、ありましたが。


 なんてことはない。

 普通にジュリアン王子の部屋に、彼らはいた。


 ジュリアン王子の部屋は、王族の子供用の宮殿の一番上にあった。

 高いが、下の警備隊に発見されたとしても、攻撃は届かないだろう。そもそも、夜だから見つけることさえできないかもしれない。


 わたくしが、ジュリアン王子の窓の下の屋根に乗るように指示すると、チャロは静かにその場に足を乗せた。


 今回、わたくしがここに来たのは、身体を元に戻すこと。

 あの火山と、溢れ出す魔物をどうにかするには、わたくしの本来の身体に内在する魔力が必要だった。


 ステラも捨てたものではない程度ではあるけれど、本来のわたくしの足元にも及ばない。


 早くしなければ、アレクシス様にかけた白魔法が解けて、アレクシス様が死んでしまう。


 わたくしが部屋を窓の外から覗くと、ベッドに横たわるジュリアン王子の他に、2人いる。

 後ろ姿ではあるが金色の髪の方はステラで、もう1人は、髪を七三に分けているので、うっかり見逃しそうだけれど、あれは魔塔主のアスモだと気づいた。


 ステラを捕まえたら、アスモのところに行って、黒魔術と闇魔法について聞かなければならないと思っていたので、ちょうど良かったと思う。


 わたくしが部屋の中に入ろうとしたら、不穏な会話が聞こえた。わたくしは、窓に向けて耳を澄ました。


「ジュリアン王子は、『黒魔術』で呪いを受けています。そうでなければ、最高級の白魔法で治らないはずがない」


 あら、ジュリアン王子も黒魔術にかけられているのですか?もしかして、今、すごく黒魔術が流行ってたりします?


「ジワジワと苦しめて、病気に見せかけた殺し方にしたかったのでしょうね」

と、アスモはその黒魔術をそのように解した。


「では、どうしたら『黒魔術』は解除できるんですか?このままでは、結局、ジュリアン殿下の命は」 「『黒魔術』を解く方法はありません」

「、、、そんな」

愕然として、ステラはアスモの足元に膝をつく。


 そしてわたくしも、驚くべきことが複数あって、戸惑いを隠せなかった。


 1つ。ジュリアン王子も、死に瀕しているということ。

 2つ。『黒魔術』を解く方法はないと、あのアスモが断言していること。

 3つ。あの金髪の人は、わたくしですわよね?

 細くありません?美しくありません?

 ポッチャリしているとは思っていたけど、流石にあれは詐欺レベルで別人ですわよ?


 特に最後の衝撃が強すぎて、わたくしは2人の会話がしばらく耳に入らなくなる。ようやく少し落ち着いてから、2人の会話に耳を澄ました。


「『黒魔術』は魂に刻まれるので、その魂についた傷までは、白魔法では治せません」

 あんまり話は進んでいないようで、ホッと安堵する。

 そして、アスモはステラを指差した。

「治すのは、貴女です」

「!?」

「言ったでしょう。小さな器に容量の大きなものを入れることはできない。ーーーでは、それをできるのは何でしたか?」

 アスモの質問に、ステラは考える。 そして、はっとした。

「ーーー聖魔法と、闇魔法」

「ご名答です」

 アスモが笑うが、ステラはそれを否定した。

「私に聖魔法と闇魔法なんて、使えません」

「でも方法はそれしかありません。本来、『黒魔術』を解くのは不可能なのですから。不可能を可能にするのが、神の力と言われる聖魔法と闇魔法なのですよ。できないではなく、どうしたらできるようになるか、今はそれを考えるべきです」

「、、、、」


 ステラは考える。

 しかし、とわたくしは思う。

 ーーー難しいでしょうね。

 そもそも、聖魔法も闇魔法も、文献が殆ど残っていない。時間をかけて探せば見つかるかもしれないが、ジュリアン王子は一刻を争う。すぐになんて見つかるはずもない。

 それに元々ステラは魔法が使えなかった。

 そんな人に聖魔法や闇魔法を使えと言われたところで、かけ算ができない少年に、微分積分の問題を数分で解けと言っているようなものだ。

 

 すると、アスモは、輝いた瞳で口を開いた。 

「ーーーいるではありませんか、もう1人」

 じわり、とステラは顔をあげる。

「この世界でもう1人、貴女と同じ、全属性魔法を使える可能性を持ち、そして私以上の魔法の天才である、あの人が」

「、、、イデア・イシュタル・ノイグラー」

 ステラに呟かれて、わたくしは「え」と目を見開く。

 期待された眼差し。

 そんなに期待されても、わたくしも困るのだけど。


「、、、天使様」

 祈るようにそう呼ばれる。

 あの娘、わたくしを天使様と呼んでいたこと、覚えていましたのね。

 わたくしは忘れてしまっていたというのに。

 ーーーなんだか悔しい。

 

 アスモは優しくステラに話しかける。 

「いるのでしょう、オムラントに。往復するくらいの時間なら、私がどうにかしておきます。行ってらっしゃい。この誕生祭が終わったら、ジュリアン殿下と一緒に、彼女に会いに行くと言っていたのを、私は知っていますよ」


 なんだ、と思ってしまった。

 ーーーステラはわたくしのところに来ようとしたのですね。

 てっきり、わたくしのことなんかすっかり忘れて、ジュリアン王子と仲良くイチャイチャとしていたのではないかとーーーんん。考えを改めないといけないかもしれないですわね。


 アスモに手を伸ばされ、ステラはゆるりとその手を掴んだ。

「わかりました。行ってきます」

 キラキラと輝く瞳。

 なんですの、あの娘。

 無駄に清涼感が溢れているのですけど。


 はぁ、とわたくしは、大きくため息をついた。

 そして、ジュリアン王子の部屋の窓を開けて、声を張り上げる。

「ーーーその必要はありませんわ。わたくしはここにおりますもの」


 わたくしがそう言うと、ステラとアスモがわたくしの方を振り向いた。

 わたくしはひょいと窓枠を飛び越えて、部屋の中に入ると、後ろを振り返る。


 残念なことに、窓枠がそんなに大きくなくて、チャロは中に入れそうになった。

「少しだけここでお待ちになってね」

「キュウ」という了解の声に、わたくしは「いい子ね」とチャロの頭を撫でた。


 そして、すたすたと2人の方に歩いていく。


 ステラは声にならない様子で、わたくしを呆然と見上げている。そしてアスモは、なんとなく察知はしているものの、というところだろう。


 わたくしはアスモの前に足を止めて、にこりと微笑んで見せた。

「お久しぶりですわね。アスモ様。最近の研究はいかがですの?」

 瞬間、アスモの顔が一気に輝く。

「えぇ。ヒョヒョ。それは勿論、上々ですよ。今は転移魔法を応用したスクロールの開発中でして」

「まぁ、それはとても面白い内容ですわね。しかし、それではスクロールの用紙にお困りなのではなくて?」

「よくお分かりで」

「ふふ。あれは希少性の高い樹木を使用しておりますものね。でもちょうど良いタイミングですわ。実はわたくし、オムラントの方に少しツテができましたのよ。とても質の良いものなので、親和性に優れておりますの。今度、サンプルをお持ちいたしますわ」

「それは有難い」

 アスモの声に、もう一度ニコリ、と、微笑む。

 アスモに手短に挨拶をしたところで、わたくしは、次にステラの前で立ち止まった。


 腕を組み、二の足を少し広げて「ステラ様」と声をかける。

 わたくしの圧に、ステラは「は、はい」と怯えた声を出した。


「お久しぶりーーーと言っていいのでしょうね。覚えていらっしゃいますか?わたくしと遊んだ、あの頃のこと」


 ステラはこくりと頷く。

「は、はい。イデアさんが天使様だったことは、ついさっき思い出したんですけど、一緒に遊びましたね。かくれんぼが多かった気がします」

 にこり。


 そんな素朴な笑顔、わたくしはかつて、一度もしたことないと 思いますけどね。


「そんなこともありましたわね。でも話せば長くなるでしょうし、先に要件を言わせていただきますわね」

 わたくしがそう言うと、ステラはわたくしの顔を見上げる。純真無垢そうなその瞳。

 ーーーなんとも、ふの抜けた顔ともいう。


 言いたいことは、はっきり言わないと伝わりそうにないわね、とわたくしは思う。


 少しわたくしは睨みを効かし、きっぱりと言い切った。

「単刀直入に言いますわ。わたくしの身体を返していただきたいのです。今日、この場で。今すぐに」


 さぁ、とステラの顔が青くなる。

「きょ、今日ですか?それは、流石に、、、。ジュリアン殿下もまだ意識が戻りませんし」


 はぁ、とわたくしは大きくため息をついてみせる。

「殿下は、一切、この話には関係ございませんわ。今はわたくしと貴女のお話ですの」

「ーーーで、でも」


 ギロリとわたくしはステラを睨む。

「デモもストライキも御座いません。いいですか。今、オムラントでは、火山の爆発とともに、大量の魔物が押し寄せているのです。そしてその窮地を救えるはずのオムラント辺境伯様が、火山口に落ちてしまわれました。いつお亡くなりになってもおかしくない状態ですのよ」

「ーーー!!」

 ステラは青い顔のまま、両手で口を覆う。


 わたくしは続けた。

「彼を助けなければ魔物はオムラントを滅ぼすでしょう。そしてオムラントが滅びたら、この国を他国や魔物から守る方達がいなくなります。そうすれば、攻め込まれて国が滅ぶ。国が滅べば、貴女の大好きなジュリアン殿下もーーーですわ。それを助けれるのは、わたくしの精神が入ったその身体だけですの。ーーーお分かりいただけたかしら?」


 ステラは、考えた後、小さく頷いた。

 ぱあっとわたくしは顔を明るくする。

「では、身体を入れ換えていいのですね?」

「ーーーそれは、できません」

 俯いたまま、ステラはそんなことを言った。わたくしは盛大に顔をしかめる。

「、、、、なんですって?」


 ステラの手は、プルプルと震えていた。

 それでも勇気を出して、わたくしに反論してくる。


「、、、ジュリアン殿下と婚約するって私、約束したんです。殿下、それですごく嬉しそうに笑ってくれて。それなのに、ジュリアン殿下が生死を彷徨っている間にそんなことーーー」


 ステラは涙目で、わたくしを見上げた。

「ーーーお願いします。ジュリアン殿下が目を覚ますまで。それまででいいので、どうか、この身体でいさせてください。お願いします」

 必死に頭を下げるステラ。


「、、、、、、」

 わたくしは、耐えきれずに踵を返して、後ろを向いた。


「あっ」と、わたくしから見放されたと思ったステラの悲しそうな声が耳に響いた。


 わたくしは、ステラを背にして、ギュウと拳を握りしめる。


 ーーーーーーっっっっ!!! 


 声が上がりそうなのを、ぐっと堪えるしかなかったのが、辛すぎた。

 心の中で、わたくしは叫ぶ。


【なんですの、なんですの、この娘。ちょっと健気すぎじゃありませんこと?よく考えれば、アレクシス様の妹ですものね。可愛くて当たり前といえば当たり前なんでしょうけど、それにしても可愛すぎですわ】

 わたくしは一気に捲し立てる。


【というか、あの糞味噌ジュリアン王子にはちょっと勿体無い子なんじゃありませんの?絶対もっといい人がいたでしょうに。きっと、男慣れしていないから、ついジュリアン王子の顔に騙されて、ほださたれてしまったのでしょうね】


 そして、名案を思いつき、ポンと両手を叩いた。


【アイザック。アイザックだわ。彼を紹介しましょう。アイザックもアレクシス様の妹とか絶対嬉しいでしょうし、ステラは顔も可愛いし、性格もこんなですものね?あの真面目騎士には、このくらい純粋な子がいいような気がしますわ。そうね。とりあえず、それが一番でしょうね】


 くるりとわたくしはステラを向き直す。

「わかりましたわ」

 にこり、とわたくしはステラに微笑むと、ステラは「では、ジュリアン殿下が目が覚めるまで、このままでいいのですか?」

と言ってきた。


きっぱりとわたくしは否定する。

「いいわけないですわ。さぁ、行きますわよ」

 わたくしは、ステラの腰をぐいっと持ち上げて、肩に担ぐ。

「きゃっ!?」

「まずは一緒にオムラントに行きますわ。話はそこからですわね。アスモ様も、ご一緒にきていただいても宜しいかしら。身体を戻すのに、やはり貴方が必要だと思うのです」


 アスモはにっこりと微笑んだ。

「イデア様のご希望なら、喜んで同行しますよ」

「感謝いたしますわ。では、皆でオムラントへ」


 わたくしは、満面の笑みを浮かべたのだった。




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