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ステラ 過去の記憶への旅

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」


 私は、イデアさんの肩に、荷物運びで抱えられたまま、大声で叫んだ。

 イデアさんから逃げようとするけれど、イデアさんーーというか、私の身体の力の方がかなり強くて、びくともしない。

 私って、力強かったのね?


 イデアさんは、まるで私がワガママを言っているみたいに、困ったような顔をしてみせる。

「まだ何かありますの?わたくしは急いでいるのですけれど」


「そ、それはわかります。わかりますが、で、でも、このままジュリアン殿下を置いていけるはずがないですよね?白魔法を使ってくれていたアスモ様まで行ってしまっては、本当にジュリアン殿下がどうにかなってしまいます」


 イデアさんとアスモ様は顔を見合わせている。

 そして私の方に顔を戻すと、イデアさんは私を抱えた反対の腕で、ジュリアン王子に手を伸ばした。


「ーーージュリアン殿下も連れていけばいいのかしら」


「っ違うと思いますっ!!!」

 きゃあ、と私はイデアさんの上でバタつく。

 死にかけた人を、何百キロも離れたところに連れていくなんて、あり得ない。


 イデアさんは、しぶしぶと私を下ろして頬を膨らませた。

「もう、ワガママですわねぇ」

「ワガママではありませんっ」


 私達が言い合っていると、私達の後ろから、独特の笑い声が聞こえてきた。

「ヒョ、ヒョ、ヒョ」


 私とイデアさんは、その声の主を振り返った。

「ーーー仲が宜しいのですね」

 アスモ様はそんなことを言う。


「『入れ替わり』などという眉唾ものの話でしたが、なるほど、昔、お知り合いだったのですね」


 私とイデアさんは顔を合わせる。

 イデアさんは、首を傾げながらそれに答えた。


「知り合いというか、遊び仲間というか、、、ですわね。わたくしは、誘拐されていたのですわ」

 ええ、誘拐?と、私は驚いた。

 そんなことになっていたなんて知らなかった。


「私は、お父さんにしばらく知り合いに預けるって言われて連れてこられたのが、そこでした。でもちゃんとお父さんが迎えにきてくれたから、私の場合は、誘拐とかじゃなかったんだと思うんですけど、、、、」


 あら、とイデアさんは私の顔を覗き込む。


「貴女、あの時、誘拐犯達の会話を聞いておりませんでしたの?誘拐の身代金を貰った上で、私達を売り飛ばそうって話をされていましたのよ。臓器売買の話も上がってましたわ。貴女はお義父様が連れてきたから、身代金はないんでしょうけど、間違いなく売りには出されるところでしたわ」

「ええっっ!?」

 全然覚えていない。


「わたくしが逃げるわよって貴女を誘ったら『お母様が来るからいけない』って言っていましたのよ?本当に覚えてらっしゃらないの?」

「、、、、覚えて、いません、、、、」

 本当に全然覚えていない。


 アスモ様が口を挟む。

「少し気になったのですが、誘拐された子供達が自由に遊ぶって、とても考えられません。鎖も何もなくて外にいたんですか?」


 私とイデアさんは顔を見合わせた。

 イデアさんが口を開く。


「、、、でもそれは、間違いなく事実ですわ。鎖をされていた記憶もありませんわね。それなりに自由でしたわ。施設内をかくれんぼしたり、鬼ごっこしたり。ーーあぁ、あと遺跡のパズルとか、よくしてましたわね。この子が意外と根気強くて。わたくしは記憶とひらめきが得意でしたけれど、この子は黙々とするものが得意でしたわ」

 イデアさんがそう言うと、アスモ様は、真面目な顔をして呟いた。

「、、、、遺跡に、そんなにパズルがありましたか?」

「「ええ」」と私とイデアさんの声が被った。


 イデアさんが腕を組みながら、記憶を辿る。

「あの施設にいた時に、暇だった記憶がありませんもの。遊ぶ友達がいたとしても、やっぱり遊ぶ道具がないと、すぐに暇になりますわ」


 それに私も同意して、私も続けた。

「パズル解いたら、お父さんのお友達ーーー違ったみたいですけど、その人達が、私の頭を撫でてくれていたんです。私はそれが嬉しくて」 


 ぎょっとイデアさんはわたくしに怪訝な顔をしてみせる。


「えぇっ!?わたくしは、あんな方達に触られたくなかったから、どうにか触られないように逃げておりましたわ。わたくしの頭を撫でてよいのは、今も昔も、お父様とアレクシス様だけですわ」

 

 私達がギャアギャアと話をしていると、パン、と手を打ち合わせる音が聞こえた。

 アスモ様が、意味深な笑みを浮かべている。


「ーーーなんとなくわかってきました。どうやら、その『遺跡』に何かありそうですね。遺跡での2人の過去に、何かヒントが隠れているかもしれません。これは偽物のイデア様には難しいかもと思っていましたが、良ければ今、使われてみませんか?」

「、、、偽物、、、、」

 確かに私は本物のイデアさんではないけれど、偽物と言われたら少しショックだった。


 そして、ショックを受けていた私の横で、アスモ様はイデアさんに何かを手渡した。


 見ると、丸い球状のものに四角いものが付属している、手のひらサイズの機械のようだった。


「、、、魔道具、ですのね」

 イデアさんはそれを見て魔道具だと呟く。


 アスモは嬉しそうに笑っている。

「今、転移魔法の応用をスクロールにする研究をしていると言いましたよね?それの副産物からのものなのですが、なかなか面白くてですね。どんなものと思いますか?」


 ふぅん、とイデアさんはマジマジとその機械を見ながら考える。

「副産物ということは、予定外のものということですわね。スクロールの方は映すだけなので違うでしょうし、そうなると、魔石ーーーいえ、転移魔法の方かしら。副産物、、、副産物、、、」


「転移魔法の方で正解です。では答えを言うと」

 アスモ様が時間切れを伝えるとイデアさんが慌てる。

「ちょ、早い。もう少し考えさせていただけませんの?」

「時間切れです。ヒョヒョ。急がれているのでしょう?ーーこれは、転移するのが、『身体』ではなく『精神』の魔道具なのですよ」

 イデアさんは顔をあげる。

「ーーー精神だけが、移動しますの?」


「ええ。また面白いことに、精神だけなら、時間も越えれることがわかりましてね。未来は無理ですが、過去には戻れるんです。精神だけが、ですけどね」


 イデアさんの瞳が、明らかにキラキラと輝き始める。

「それはーーー面白いですわね。時間と距離の移動の魔法は、その回路の構造が難しくて、どの属性かもわからずに、なかなか作ることができずにいましたものね。属性はもしかして『白』ですの?」

「そうです。『白』でした」

「まぁ!」

 イデアさんの瞳の煌めきがすごい。


「まぁ!まぁ!わたくしはちょうど今、オムラントの屋敷で白魔法の研究をしていますのよ。そんな面白いものが『白』にあるなんて、嬉しいですわ。研究のしがいがありますわね!それを発見するなんて、アスモ様、素晴らしいですわ」

 アスモ様も、大きく頷いて同意する。イデアさんに褒められて、アスモ様はとても嬉しそうだ。


「さて、それでこの魔道具ですが、この丸の部分がその『精神の転移』になります。そしてこの四角部分が、それを操作して、他者も見ることができたり、記録したりできる装置です。1度に1人の記憶しか見れませんが、どなたの記憶になさいますか?」

 

 私がイデアさんと相談しようとしたけれど、イデアさんは、私の方を見ずに、すぐに1歩前に出た。

「ーーーわたくしの記憶でお願いしますわ。わたくし、どうしても知りたいことがありますの」


 ちらり、とイデアさんは私を見る。

「、、、貴女は、魔法操作がわたくしよりも劣るでしょう。わたくしが想像するに、これはかなりの魔力の

操作力が必要だと思いますわ。『記憶』という膨大な情報量の中から、時間という概念も含めて、見たいところに誘導しなければならないのですもの」


 アスモ様は、ヒョヒョと笑った。

「イデア様。流石ですね。そこが私も懸念していたところだったのです。あと、過去の記憶に精神が引き込まれないようにして下さいね」


 アスモ様は、魔道具の四角いところにいくつがあるボタンの中で、一番大きな赤いボタンを指差した。

「これが、強制的に精神を元に戻すボタンです。いざという時は、私が押させていただいても宜しいですか?」


 イデアさんはアスモ様の瞳を見る。 

 しばらく考えて、小さく口の端を上げた。

「、、、できるだけ自分で押しますわ。でも何かの異常事態が発生したら、アスモ様にお任せいたします」

「わかりました」


 イデアさんの許可を得て、イデアさんの記憶をスライドショーにして私達も、その過去を見せてもらうことになった。

 小さな魔道具の丸い部分から出た光が、魔力測定機のように壁に当たって映像を映し出すらしい。


 イデアさんは、椅子に座って目を閉じた。

「、、、では、お願いしますわ」

「見たいものを、強く念じて下さいね」

 アスモ様にアドバイスされて、イデアさんは頷く。


 部屋を暗くしたら、機械から映し出された光が鮮明になった。


 はじめに、パ、と映った映像は、背の高い黒髪の大きな男の人だった。整った顔立ちをしていて、とても身体が引き締まっている。

 その身体つきから、騎士か何かかしら、と思う。

 優しそうな表情。

 とても大切な人を見るように、目を細めて笑っている。


 ふと見ると、イデアさんの顔が真っ赤に染まっていた。

「ちょ、ちょっとお待ちになってね!ア、アスモ様が見たいものなんて言うからっ!もうっ!」

 イデアさんは言い訳しながら、何かブツブツ言っている。

 さっきのが、イデアさんが言っていた『アレクシス』という人だろうか。

 ーーーだけど、どうしてだろう。

 私、知らない人のはずなのに、胸が、苦しいほどに締め付けられた。

「、、、何、、、?」

 私の片方の目から、涙が落ちてきた。

 ポトリと床に落ちて、ジュリアン王子の部屋の、高級な絨毯に染み込まれる。

 

 それからは、しばらく映像があちこち行き来した。

 瓦礫になった遺跡が出て、その後またさっきの男の人が出て、そして遺跡に戻る。

 この記憶の映像を他人に見せるのは、もしかして、かなり恥ずかしいことなのではと思った。

 こんなにも、何をよく見ているのかが、他人にバレてしまう。


 はじめは真っ赤になりながら話をしていたイデアさんも、次第に話さなくなって、記憶操作に集中したようだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 映し出された映像の中。


 映像は、イデアさんの視点で映し出されている。

 そこは、自然溢れる森の中にあって、ポツンとそこだけ雰囲気の違う広大な敷地が広がっていた。

 グランドのような場所と、白い柱や白い壁のいくつかの建物で構成されている。


 遺跡、とイデアさんやアスモ様が言っている場所だと思った。私もその景色にはなんとなく見覚えがあり、懐かしさが込み上げる。


 映像の中に、私が出てきた。

 6歳の頃の私は、薄茶色の髪でとても背が小さい。


 金色の髪の天使様と、手のひらサイズのとても小さな茶色の蜥蜴とで、そこを駆け回っていた。 


 この場所にきてから、家族が誰もいなくて不安になっていた私は、泣いて過ごしていたように思う。でも、天使様達に会ってから、私は笑顔を取り戻した。


「ーーーもう少し後ですわね」

 イデアさんが呟いた。



 ーーー場面が変わった。


 白い建物の中にいる。

 建物の中は、とても薄暗い。

 灯りはついておらず、なんとなくぼんやりとどこかから光を取り入れているだけのようだ。

 部屋はかなり広く、白くて丸い柱が何本も並んでいた。床はツルリとした表面の床で、その上にカラフルな色が、複雑な模様で描かれていた。


【また、それをしていらっしゃいますの?ご飯の時間になりますわよ】

 可愛らしい天使様の声が聞こえて、床に座り込んでいた小さな私が黙々と作業を続けながら頷く。


【ーーー天使様。あと少しだと思うの。ここまでできたから、次の仕掛けが解けたら行くね】




 ーーーそして私達は、私達の記憶にない記憶を、追いかける続ける。



  

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