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ステラ 誕生祭当日

 マクギナス王国、第一王位継承者であるロイス様の誕生祭当日。


 普段から早起きの私が、まだ寝息を立てている時間に、容赦なく叩き起こされた。


 朝から湯浴みをして、数時間かけて全身のマッサージをされる。

 あまりのマッサージの気持ち良さに、人生初の二度寝をしてしまって目が覚めたら、私は巨大な鏡の中に、天使様がいた。


 艶めいた金色の髪に、整った顔立ち。

 紫色の大きな瞳は宝石のように輝いている。ピンクの唇は、花咲くようにぷっくりと膨らんで、愛らしさも加わっていた。

 あれだけ太って、どこに顔のパーツがあるかもわかりにくかった顔は、痩せたらこんなにも美しい。


 少し小ぶりながらもそれなりの胸と、細い腰。そしてバランスのとれた長い足は、ドレスを脱いでいてもため息が漏れるほどだった。


 薄い絹の、膝より少し上まで長いランジェリーを纏った私は、もう本当に、女神か天使としか言いようがない。


「はぁ、、、綺麗だわ、イデアさん」

 誰にも聞かれないようにため息を漏らして、私はキュッと唇を噛み締める。


「いけない。こんなところで気を抜いてはダメよ。今日は王太子の誕生祭にしてジュリアン王子の晴れ舞台。私が台無しにしないように頑張らないと」


 ダンスの練習が落ち着いてから、全ての招待客の名前と国名とその国の特産物を覚えた。その上、まだいけると、その人の好き嫌いまで教えられて、どうにか間違えずに言えるようになったのは、つい数日前だ。


 淑女としてのマナーは勿論、各国の言葉まで「賢いイデア様ならいける!」と言われて覚えさせられようとしたが、流石にそれは断念した。せめてと、各国の挨拶までにしてもらって、それでも私の頭はパンク状態だった。


 夕刻前に、上半身(特に腰)に、ものすごい圧力をかけるため、数人の侍女が私にコルセットをつける。そしてその上から豪華なドレスを着させた。


 ジュリアン王子の青い瞳に合わせた、紺のドレス。それにイデアさんの紫の瞳の色の装飾を散りばめて、足元にキラキラと光るダイヤモンドをこれでもかとばかりにあしらえている。

 このドレス1着で、小さな屋敷が買える程度だというから驚きだった。私がうっかり踏んづけて、破ったりしないだろうか心配になる。

 破って弁償できるお金は、とてもではないけど準備できそうにない。


 日が落ちる頃、ようやく髪をお団子に結んで、横から流した髪にカールをかけると、青と紫の艶やかな生花を左の耳上に飾られた。


 下品にならない程度の大きさのダイヤモンドのピアスと、清楚感溢れるデザインのダイヤモンドのネックレスをして完成した。


 早朝から気合いの入っていた侍女達は、自分達の努力の結晶を眺めて、満足そうにため息をつく。

「今日のイデア様は、世界で一番お美しいですわ」

「あのイデア様が、このように綺麗になられて、、、うっうっ」

 泣き出す侍女までいる。


 私付きの侍女であるマリアも、感無量とばかりに目を赤くして、私の横でハンカチを目に当てていた。


「とうとう、イデア様の悪名が消える日が来ましたね」

「悪名って、、、」


 そう突っ込んでみるけれど、確かに遠く離れたオムラントに住んでいた私でも、イデアさんの悪名は知っていた。


 極悪非道の『悪魔の豚姫』。

 逆らったものは容赦なく殺すという醜い姫は、王族の証である金色の髪をしている。


 そんな噂は、田舎の小さい子供でも耳にしたことがあっただろう。


「、、、そうね。少しでも、それを否定してくれる人が増えたらいいと思うわ。ジュリアン王子のためにも」

 にこり、と私は笑う。

 

 パートナーにする以上、私の失態はジュリアン王子の失態になる。

 決して失敗だけは許されなかった。


 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。

「はい」

と返事をすると、落ち着いたグレイのタキシードを着こなしたノイグラー公爵であり、イデアさんの父親であるオースティン父が姿を見せた。

 相変わらず、厳つい顔と鼻下の立派な髭は健在だ。


 一時期、私との距離を感じる時があったけれど、ジュリアン王子と婚約をしたことを報告した辺りから、また優しい父親に戻った。


「愛するイデア」

 部屋に入るや否や、両手を広げて、オースティン父は私を抱き締める。

「とても綺麗だ。亡くなったお前の母親を思い出すよ。彼女が世界一の美人だったはずなのに、もう、どちらが世界一かわからなくなるな」

「お父様ったら、、、」

 私は照れてみせるが、心では完全に同意する。

 イデアさんほどに綺麗な人はこの世にいるのかしらと思ってしまう。それほどに、鏡の中のイデアさんは神々しかった。


「今日はその美しい顔を出すんだね。明日から、求婚が殺到してしまうな。早くジュリアン王子と婚約できていたら良かったのに、あのクソ国王が◯△◆▽だから」

「お、お父様。それ以上は。誰かに聞かれたら不敬罪で処罰されてしまいますわ」

 私が言うと、オースティン父は、少しだけ笑顔を消した。


「今の言い方ーーーよく似ていた」

 ポツリ、と漏らした父の言葉に、私は「誰に」と言いそうになる。

 考えれば、イデアさんの母なのだろうけれど、聞きようによっては、イデアさん本人に、と聞こえなくもなくて、私は少し、ひやっとした。


 バレているのかしら。

 でも、バレているなら、私をこんなに自由にはさせないだろう。

 ジュリアン王子との婚約も、反対したはず。


 私は気のせいだと思い直して、オースティン父に微笑んだ。

「父の娘として、恥ずかしくないように頑張りますね」

 

 私がそう言うと、オースティン父は、うるりと涙を滲ませて、また私に抱きついた。

 せっかく完璧に仕上げたのに崩れてしまうと、大勢の侍女達に剥がされながら。


 私は、優しいオースティン父を微笑ましく思いながら、王宮まで向かうための馬車に乗り込んだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※


 

 王宮の周りは、王太子の誕生祭に参加する馬車の行列が、延々と続いていた。


 場内に入場するのは、下位貴族からになる。下位の男爵や子爵の人達は、昼頃から入場して会場で待つ形になるが、それでも上位の貴族や他国の王族との繋がりを求めて、遠い離れた場所からでも王宮にやってくる。


 王子という立場の人間は、他国の王族の次であり、王太子の前である。最後に国王が姿を現れて、ようやくパーティーは始まる。


 王子のパートナーである私が王宮の敷地内に入ったのは、もうとっくに日が暮れた、宵の口の頃だった。


 騒ぎになってはいけないと、落ち着いた藤色の、しかし上質な扇で顔を隠すようにマリアから言われたので、言われた通り、顔を隠しながら馬車から降りようとした。


 ノイグラー公爵の馬車を見るだけで、ザワザワと周りが騒ぎ始める。ヒソヒソという小声の嘲笑は、それでも耳に響いて聞こえた。


「あら、あの馬車。『悪魔の豚姫』ではありませんこと?」

「本当ですわね。あの醜い姿を、堂々と世間に見せようとするなんて、さすが、公爵様の血は違いますわ」

 怪訝そうな声も聞こえる。

「無罪な方でも、すぐに懲罰されるのでしょう。そんな人が誕生祭に来るなんて、怖いですわ」

「でも、風の噂では、痩せた上に、とても優しくなったとかいう話も聞きますわよ」

「「「まさかぁ」」」

 おば様達の声が重なる。

「あの非道な方が、優しくなるはずがありませんわ」

「いや、それよりも、あの身体が、痩せるはずがないでしょう。小さい頃から、酷かったですもの」

「あぁ、あの日ですわね。10年前くらいかしら。まだ6歳くらいだったのに、もうそれこそ、はち切れんばかりにブクブクブクブクお太りになって。みっともないったら」

「そうそう。それに、暗殺者に狙われていてパーティーを騒然とさせた上、皆の前でその暗殺者をあっという間に殺しましたのよ。会場は血塗れで、悲鳴が止まなくて。今でも思い出せるほど、怖かったですわ」


 私に聞こえていないと思っているのだろう。

 言いたい放題言われている。


 イデアさんは基本的にパーティーに行く人ではなかったという。

 こんなに言われたら、私だって行きたくなくなる。


 私は勝手にイデアさんに同情しながら、それでもここで騒ぎを起こすわけにもいかず、黙って馬車からゆっくり足を降ろす。扇で顔を隠しながら。


 私が太っていないからだろう。

 貴族のおば様達は、肩透かしを食らったような顔をした。太ったイデアさんの姿を見て、また陰で大笑いをする気だったのだろう。

 でも、でてきたのはそうではなかった。


 違う人物か、と興味を失った人達は、ふと、私の髪の色を見て、「え、うそ」と呟く。


 この国に、王族の証となる金色の髪をしている女性は、イデアさんただ一人。

 

 私は、声に出さずに、ピンと背筋を伸ばして、顔を隠しつつも前を向いた。

 イデアさんは、決して笑われるような人ではない。

 明日からのイデアさんは、違う渾名で呼ばれるんだから。


 私は分かっている。

 その名も『天使な女神』。

 これに決まりね。


 マリアからの「渾名のセンスが悪い」という評価を覆す、素晴らしい渾名だと、私は扇の向こうでひっそりとほくそ笑むのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※



 王宮に入って、一緒についてきたマリアともう一人の侍女に、改めて身なりを整えられる。

 元が白くて綺麗な肌をしているので、化粧直しはあまりしなくて良く、髪や服装などを丁寧に揃えていた。


 ドレスはちょっとしたほつれも許されない。

 必死にほつれがないか探すマリア達を、不憫に思う。

「もう大丈夫よ。これだけ見たんだもの」

「いいえ。まだです。まだ足りませんよ。決してぬかりなくパーティーに出席してもらいたいですから」

 その意気込みは、私よりも強いかもしれない。


 その時、コンコン、と扉がノックされた。

「はい」

と私が返事をすると、カチャリと扉の開く音がする。

 

 私の様子を見に来たであろうジュリアン王子が、私の姿を見て、ピタリと固まった。


 動き出すまでに時間がかかり、普段だったらそれに茶々を入れる侍従のマテオでさえも、ジュリアン王子の横で固まっていた。


 私はジュリアン王子の顔が見れて、一気に安堵する。ふんわりと笑って、ジュリアン王子を呼んだ。

「ジュリアン殿下。心配して来てくれたんですね。嬉しいです」

 私が呼んでもジュリアン王子からの返事がない。

「殿下?」

 もう一度言うと、はっとしてジュリアン王子は顔を赤くした。

「す、すまん。想像はしていたが、想像以上というか、天上の方が降臨されたのかと思ってしまって。いや、参ったな。ここまでとは」

「そんなこと」

 うふふと笑いながら、私は本当に、と同意する。


 ジュリアン王子は私にゆっくり近寄ると、近寄る度にどんどん顔を赤くして、私の前で足を止めた。


「ーーーすごく、綺麗だ」

 はっきりとそう言ったジュリアン王子を、私はやっぱりこの人が好きだなぁ、と心の中で呟く。


 ジュリアン王子が、私に何かをちゃんと言葉にしてくれようとする度に、私の心はフワフワと気持ち良く揺れる。


 柔らかい金色の髪に、サファイアのような青い瞳は、とてつもなく綺麗で。

 鼻筋の通った形の良い鼻も、少し薄めの口も。

 どれもとても素敵で、胸が高鳴る。


 私、この人と婚約するんだわ、と思う。

 その後に必ず、「イデアさんが許してくれるなら」と考えなければならないのが悲しい。


 私とお揃いの青と紫を主流としたタキシードを着て、私の髪と同じ、でも小さな花を胸のコサージュにしているジュリアン王子。

 私と並ぶと、マリア達が、ほう、と感嘆のため息をついた。

「とてもお似合いですわ」

「王太子様達よりも目立ってしまうかもしれませんね」

「あら、本当だわ。でもこれは仕方ないですね。本当にお二人ともお綺麗ですもの」

 きゃっきゃっと、侍従達は楽しそうに笑う。

 ジュリアン王子と静かに視線を重ねて、2人でやんわりと微笑み合った。


「なにはともあれ、今日はお互い楽しもう」

 ジュリアン王子に言われて、私は更に笑う。

「ええ、勿論」


 またコンコンと扉が鳴って、ジュリアン王子が返事をすると、案内の男が敬礼をして、「もうすぐお時間です」と伝えた。

「わかった」

とジュリアン王子は凛々しく返事をする。


 ジュリアン王子が、自分の腰に組んだ腕を私に向ける。

 私はその腕をそっと組んで、姿勢を伸ばした。


 歩いて会場の大きな扉の前に立つ。

 扉の向こう。会場の中から、ザワザワと色んな人の声や物音が聞こえてきていた。


 扉の奥で、私達の名前が呼ばれる。


『王国の若き輝ける星、ジュリアン・レイ・マクギナス殿下と、イデア・イシュタル・ノイグラー令嬢の入場でございます』


 そして、ギイ、と大きな扉が開かれた。

 私達は、2人で目を合わせると、足を揃えて会場にその一歩を踏み出した。


 

 

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