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イデア 闇魔法

「少し、庭でも散歩でもしないか」


 アレクシス様からそう言われたのは、白虎の獣人であるカネシャに逃げられてからのことだった。


 色々と話を聞こうと思っていたのに、人をおちょくるだけおちょくってから、危険を察知すると「腹が減った」と言い出して虎の姿になって部屋を出ていった。


 残されたわたくしとアレクシス様は、すくぶった火のように中途半端で落ち着かず、しばらく黙っていた。


 そこで、優しいアレクシス様がわたくしに言ったのだ。「少し庭でも散歩でもしないか」と。


 わたくしがアレクシス様を見上げると、アレクシス様は、わたくしの方から目を反らしたまま、少しだけ照れた様子を見せた。


「うちは花を愛でる女性もおらん。だから、庭に花があるわけではないが、鮮やかな緑の木々の中を散歩するのは悪くない」

 女性を誘い慣れていないのだろう。不器用に誘ってきたアレクシス様が可愛らしく見えて、わたくしは、さっきまでのカネシャへの憎悪も消え失せて、小さく息をついた。

「、、、ぜひ、ご一緒させてくださいませ」


オムラント辺境伯の屋敷は北の地にあって、夏でもそこまで暑さは感じなかった。 もう夏も終わろうとしており、むしろすでに少し風が冷たい。


 アレクシス様が先導して、屋敷を出た。

 屋敷の裏は、高台になっていて、なだらかな坂を延々と登る。

「ここも庭ですの?」

「敷地内は全て庭だと把握しているが」

「これは庭ではなく山ですわね」

 苦笑しながらも、ステラの身体ではこのくらいは疲れないので、アレクシス様の後ろを離れることなくついていける。


 しばらく坂を登ると、ようやく頂上までたどり着いた。その向こうは急斜面の崖となっており、うっかりすれば落ちてしまいそうだ。

 なぜこんなところに、とわたくしが思っていると、アレクシス様は、その景色の遠くを指差した。


「ここは、オムラントの景色が一望できる。オムラントの責務が重すぎて、心が負けそうになると、俺はここに来るようにしているのだ」


 遠くを眺めるアレクシス様の横顔を、わたくしはじっと見つめる。

「アレクシス様が、、、心折れそうになることがあるのですか?」

 はははとアレクシス様は笑う。

「当たり前だ。人間だからな」

 それはそうなのだろうが。アレクシス様はとても素晴らしい方なので、悩む必要など一切なさそうな気がしていた。


「小さい頃、ここで一晩過ごしたこともある。父のーーー前オムラント辺境伯の躾が厳しすぎてな。もう嫌だと逃げだしたんだ」

「おいくつくらいの頃ですの?」

「8を過ぎた頃だろうか。ロキ君より少し小さいくらいだな」


 小さいアレクシス様。とてもお可愛らしいことでしょう。想像するだけで愛しく思う。


「逃げたところで行く宛もない。途方に暮れて、ここで泣いていたら、いつの間にか眠ってしまったようでな」

「まぁ、こんなところで?」

 目の前はすぐに崖だ。

 落ちたらとんでもないことになるのは目に見えている。いくら屈強で頑丈なオムラントの血が流れていようと、ただではすまないだろうに。

「そうなんだ。夜目も利いていたから暗くても怖さをあまり感じていなかったのだが、やはり子供だったからな。案の定、崖から落ちた」

「えっ!?」

 この高さから落ちて、無事なことがあるのか。

「ほらそこ」

と、アレクシス様が崖を覗いて下の窪みを指差す。

「運良く、あそこに落ちた。だから命拾いしたのだ」


 わたくしも崖から身を乗り出して、下を覗いた。

 確かに窪みがある。子供が1人、横になれるかどうかの狭い場所。しかも、ここからは10メートルくらいは下にある。


「崖から落ちて足が折れた衝撃で、俺は目が覚めた。その足では、この崖を登ることもできない。かといって下に落ちたら死が待っているだけだろう。ここで助かる魔法も思い付かなかった。もし、ステラ嬢だったら、どうしただろうか?」

 

 クイズ、なのでしょうか。

 うーん、とわたくしは考えてみる。

「それなりの魔法が使えるとしたら、氷の坂を作って滑り降りるか、、、でも子供ですものね。もしその氷が脆かったら地獄行きなので、やはり助けを待ちますわね」

 アレクシス様はわたくしの答えを聞いて、自嘲の笑みを浮かべる。

「ステラ嬢でもそう思うか。やはり俺は賢くはなかったんだな。それでも魔法でどうにかならないかと、四苦八苦したんだ。しかしどうにかなるわけがなくてな。むしろ、魔力切れを起こして死にかけた」

「まぁ」

 足が折れて魔力切れで。身体は崖の真ん中。

 散々すぎますわね。

「それで、どうなりましたの?」

 わたくしがハラハラと小さい頃のアレクシス様の心配をすると、アレクシス様は、懐かしそうに呟いた。

「ーーー母が、助けてくれたのだ」

「え?」


 わたくしはもう一度、その崖の窪みを見下ろす。

「アレクシス様のお母様が、兵士を引き連れてやってきた、のですか?」

「いや、母が単独で、俺がここにいるのではないかと憶測で探しにきてくれたのだ」

 かなりの崖だ。大人とはいえ、女性でどうにかなるものではない。

「俺が最後に放った雷の魔法を、たまたま見ることができて、俺がこの崖の窪みにいることに気づけたと言っていた」

「、、、気づいたところで、、、ですわね」

 見下ろすだけでゾッとする高さ。


 こんなの、助けようがない。

 たまたま見つけて、たまたまロープを持っていた?

 そんなはずない。

 気づいてロープを取りに帰ったとしても、相手は魔力切れを起こして瀕死の状態。すぐに助けなければ死んでしまう。


「、、、母は、特殊な魔法の持ち主だったのだろうと、今になって気付いた。当時は何が何だかわかっていなかったが」

「お母様、、、前国王の娘、ですわね」

 王族なら、魔力は高いだろう。  

 だが、ここから子供を助けられる魔法なんてあるだろうか。


「母が念じると、黒い靄が俺の身体を包んだ。そして俺の身体を、そのまま母の元へ運んでくれた」


 黒い靄?


「俺の折れた足も、母が念じると、急に痛みがなくなって完治していた。俺は母が天使か何かかと思ったのだがな」

 

 足が完治。では白魔法の。


「母は、この力を誰にも話すなと、俺に念を押してきた。その顔があまりに真剣だったから、俺は頷くことしかできなかった」


 白魔法なら、そんなに秘密にすることもないでしょうに。知られたくなかったのは黒い靄の方かしら。


 黒い靄。

 複雑な魔法の組み合わせだろうか。

 靄が何かわからないけれど、水と風とを掛け合わせて。でも、それでも子供を1人抱える力にはならない。


「その帰り、歩く俺の横で、母は長い枝を杖にして、片足で帰った。途中で転んで足を痛めていたのだと言っていたが、、、、」


 アレクシス様は口を閉じる。


「今回、黒魔術と平行して、闇魔法についても調べてみたんだ。少しーーー気になることがあってな」

「闇魔法、、、ですの?」


 魔力測定の時に、わたくしの力にも表示されていたものですわね。レベル0という、見たこともない表示で、よくわからなかったもの。

 使える魔法は、レベル1からの表示のはずなのに。


「調べてわかった。母はーーー多分、『闇魔法』の能力者だったのだろうと」


「え?」


 闇魔法。

 それは聖魔法とともに、稀にしか与えられない能力。しかも、聖魔法と違い、闇魔法はその名前の邪悪さから、『悪魔の力』と言われている。

 王立学園の魔法の授業でさえ、そのくらいしか学ばない『闇魔法』の異質さ。


「探しても殆ど闇魔法の情報はなかったんだが、唯一見つかった闇魔法の力が『入れ替え』というものだった」

「『入れ替え』、、、ですか?」

「身体の一部を、誰かの一部と入れ替える。そんな力があるらしい」


 わたくしはそう言われて、はっとする。

 アレクシス様の足。

 今現在、アレクシス様の足は左右、同じ太さではあるが。

「まさか」

とわたくしがアレクシス様を見ると、アレクシス様は頷く。

「多分、そうなのだろうと思う。もし母が白魔法の使い手であれば、俺が父に折檻されている時も、すぐに治療してくれていたはずだ。母はいつも、泣きながら俺に謝っていた。母は、白魔法の使い手ではない」


 アレクシス様を助けた黒い靄。

 そして、完治したアレクシス様の折れた足。代わりに引きずって帰った、お母様の足。


「ーーー『足の入れ替え』」

「そう、なのだろうと思う。あくまで予測ではあるが。『闇魔法』などという存在が知れたら、ただでさえ疎まれていた母がどんな扱いを受けるかわからない。だから母はその力を隠したかった。だが、それの力を使ってでも俺を助けてくれた」

 アレクシス様は僅かに俯いている。闇魔法の使い手ということを、誇らしく思えていないのかしら。


 でも、とわたくしは声をあげた。

「素晴らしいお母様だと思いますわ」


 お母様がその力を使わなければ、今、ここに愛するアレクシス様はいないはずなのだから。


「、、、そう、だろうか」

 ええ、とわたくしは大きく頷いた。

「魔法は、どんな力を持っているかではありませんのよ。どのように使うか、が大切ですの。お母様は、素晴らしい力の使い方をなさいましたわ」


 魔法は使い方次第。

 白魔法を持っているのに、それを金儲けにしている商人がいれば、雷の魔法を電力に変えて、領民の暮らしを助ける領主もいる。


 アレクシス様を助けたのであれば、それは『良い魔法』に違いないのだから。


「、、、そうか」

 アレクシス様は、少しほっとした様子で、また、自分の落ちたという崖から、その窪みを眺めた。

「母はーーーできる限りのことをしてくれたのだな」


「そうですわ。『黒魔術』は人を害するものであっても、『闇魔法』はそうではないということが立証できましたわね」

「、、、立証」

 くすりとアレクシス様が笑う。

「ステラ嬢は、たまに研究者のようなことを言う。そういえば、白魔法の研究はうまくいっているのか?」


 研究のことを聞かれると、少し耳が痛い。

 最近はどうも、他に気になることが多すぎて、研究に没頭できていない気がする。

「ーーーまぁ、ボチボチですわね」

「なんだ、うまくいっていないのか」

 アレクシス様がつまらないような顔をするから、わたくしは慌てて否定した。

「そ、そんなことありませんわ。今は少し停滞していただけで、この先は俄然、やる気を出して素晴らしい成果を出してみせますわ」

 わたくしがガッツポーズを取ると、アレクシス様の目が緩んだ。

「ふ。今のステラ嬢の顔、、、」

 慌てたわたくしの顔を見て、アレクシス様が笑う。

 かぁ、とわたくしの頬が熱くなるのを感じた。


「か、からかいましたのね?ひどいですわ」

「いや、そういうつもりではなかったのだが」

「ではどういうつもりでしたの?」

「ははは。悪い悪い。ステラ嬢が落ち込んでいるのではと、慰めるつもりだったのだがな、まさか俺が慰められる形になったので、少し苛めたくなったんだ」

 アレクシス様がわたくしの顔を覗くように見てくる。わたくしは口を尖らせて、アレクシス様をねめつけた。

「なぜそこで苛めようと思ったのかが問題ですわね?」

「ははは。そうだな。確かに、何故かステラ嬢は苛めたくなるのだが、何故だろうな」

 そう言ったアレクシス様の優しい瞳に、別の意味で頬が熱くなる。

「、、、そんな言い方、ずるいですわ」

 頬に両手を当てたわたくしに、ふと、アレクシス様の手が伸びようとしたように見えた。なのに、それは気のせいだったようで、アレクシス様の手はわたくしに触れずに戻っていった。

 笑っていたアレクシス様の笑顔が薄れて、わたくしではないどこかを向いている。


「アレクシス様?」

 わたくし、何か気に触ることでも言ったかしら?


「、、、カネシャの言うことが事実かどうか、誰にもわからないことだ。だがーーーステラ嬢が今、生きているのが奇跡だと言われた時に、胸が張り裂けるかと思った」


 心から言葉を発していると気づいて、わたくしはアレクシス様の顔を見つめた。


「俺がこんなことを言うのはおかしな話だが、ステラ嬢には、生きていて欲しいのだ。俺はーーー」

 そう言って、アレクシス様は言葉を閉じる。


 そんな言い方をされたら、期待したくなってしまいますわね、と心の中で呟く。


 わたくしは、アレクシス様に一歩近付いた。

 アレクシス様の誠意にちゃんと応えられるように、しっかりと前を向く。

 

「わたくしは死にませんわ。これだけ元気ですもの。アレクシス様が、わたくしがいなくて悲しいと思っていただけるのならば、わたくしは絶対に死にません」

「ステラ嬢、、、」

 アレクシス様と目があって、わたくしは微笑んでみせた。

「アレクシス様が、わたくしをそのように思ってくれていたことが、わたくしの生きる原動力になりますわ。アレクシス様、、、もう一歩、わたくしが傍に近寄ってもよろしくて?」

 言った後にわたくしが頬を染めると、アレクシス様は急に真顔になり、少し黙った後、冷たい口調でわたくしに言った。

「、、、近寄るくらいで止めはしない」


 ーーーこの反応。

 やはり拒絶されているのかしら。

 わたくしが死んだら胸が張り裂けそうと言ってくれたのに。


「では、、、」

と、わたくしがおずおずと一歩近寄ると、急に腕を掴まれて引っ張られる。アレクシス様の身体にぶつかって、わたくしは目を見開いた。


「そのような近付き方は、かえって戸惑う。来るならドンと来い」

 に、と笑われて、またからかわれたのだと知った。

「まぁ!なんて意地悪な」

「ははは」

 笑うアレクシス様が、本当に愛しい。


 わたくしはほぼ真下からアレクシス様を見上げて、そして、はるか遠くに広がるオムラントの領地を眺めた。


 この地に残り、わたくしもオムラントを一緒に支えたい。

 綺麗な夕陽に染まるオムラントの景色を一望しながら、心の底からそう願う。


「アレクシス様」

 わたくしがそう名前を呼ぶと、アレクシス様の視線だけがわたくしの元に降りてくる。

「どうした?」

 穏やかな声。

 わたくしと同じ方向を向いたアレクシスは、まるでこの先の未来を示唆しているのではないかと思うほどに。


 わたくしは、あまりのアレクシス様の安らかなお顔を見て、つい、心の内を口に出す。


「わたくしは、どこに行こうと、必ずアレクシス様のいるところに戻りますわ。カネシャも言っていたではありませんか。失われていた分だけ、『闇魔法』でエネルギーが補われている、と。アレクシス様のお母様の力かもしれませんわ。子供を救いたい一心で」


 アレクシス様のお母様が『闇魔法』の使い手だったかもしれないと聞いて、わたくしは妙に納得してしまっていた。


 あの時。

 あの映像。

 子供だったステラは、殆ど骨と皮になり、全く動いていなかった。

 死んでいたのではないかと思うほどに。

 オムラント辺境伯夫人は、その子供を抱えて泣いていた。


 きっと、死んでもおかしくないというのは、あの時の事なのだろう。そしてオムラント辺境伯夫人は『闇魔法』でステラを救った。そして夫人が死んだ今も『黒魔法』はステラの身体に残り、ステラを救い続けている。


 そうなのだろうと、わたくしは勝手に解釈をした。


「ーーー母の愛ですわね」


 にこ、とアレクシス様にわたくしが微笑みかけると、わたくしの想像と反して、アレクシス様は不思議そうな顔をしていた。

「どうかしまして?」

 わたくしが首を傾げると、アレクシス様も首を傾げた。

「何故、ステラ嬢に俺の母が『闇魔法』をかけたことになるんだ?それが何故『母の愛』なのだろうと、不思議でな」


 はっとして、わたくしは口に手を当てた。

 いけない。またしても口が滑ってしまった。


「あ、あの、わ、わたくし」

 慌てて、頭をフル回転させる。

 どうにか言い訳を考えなければ。

「や、闇魔法」

 わたくしはとりあえず、思い付いた言葉を口に出す。

「闇魔法ですわ。滅多にいない闇魔法の使い手がお母様だとしたら、わたくしに魔法をかけてくれたのもアレクシス様のお母様なのだろうと思っただけですわ。わたくしの魔力測定の表示を見られましたわよね?黒魔法が記載されていたのに、レベルは0。つまり、黒魔法を保持しているけれど、使えない。そういうことですわ」

 わたくしは一気に言葉を吐き出す。

「、、、母の愛とは」

 アレクシス様からの指摘に、またどうにか誤魔化した。

「オムラント領地の子供は、領主の妻であるオムラント辺境伯夫人の子供と同じですもの。そういう意味ですわ。わたくしも是非、オムラント領民の母になりたいものですわね」

「、、、、、、、」


 わたくしが顔を背けて言うと、アレクシス様は、じっとわたくしを見つめる。

 苦しすぎたか、とアレクシス様を横目で見ると、ややアレクシス様は困った顔をしていた。

 

 あら、お耳が少し赤い。


 夕陽のせいかと思ったけれど、徐々に赤くなっていくお顔に、そうではないと悟った。


 自分の言動を思い返して、はっとする。


『わたくしも是非、オムラント領民の母になりたいですわね』


 それは、ほぼ、プロポーズだった。


 それからわたくしがしばらくアレクシス様に言い訳をしているのを、アレクシス様はなんとなく嬉しそうに、ずっと聞いてくれていた。



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