ダビン 運の悪い男の起死回生作戦
俺は、国王の第2夫人であるフライアお母様の息子ダビンだ。
俺のお母様は、元々トラス侯爵の長女で、国の王妃にと望まれて育った。
母は晴れて国王の妻になることはできたが、何故か王妃ではなく、第2夫人という形だった。人によっては『側室』と呼ばれることもあり、それを言われると、母は大激怒する。
プライドの高い母は、もう結婚してから随分経つのに、まだ納得できていないらしい。
俺はって?
勿論、認められるはずがない。
今の王妃であるソフィアは、母と同じ侯爵の位であるギャリソン家の出であり、立場的に何の遜色もない。
ただソフィア王妃の運が、母より少し良かっただけ。それだけの違いだ。
俺はというと、第2夫人の息子とはいえ王家の象徴である金色の髪を受け継いでいるし、王位第3継承者として、その地位を確立している。
ぼんやりとして優しいだけのロイスよりも、病弱で歩くこともままならないこともあったジュリアンよりも、俺の方が王に相応しいというのに、なぜ母が王妃に選ばれなかったというだけで『第3』王位継承者なのか、わからなかった。
ちゃんと実力で認めてくれればいいと思うのに。
俺は勉強はイマイチだが、俺の方が絶対かっこいいし、俺の方が絶対しっかりしている。
優しいだけじゃ国王は務まらないと母が何度も言うから、俺は、他人にもちゃんと厳しくできる男になった。
しかし、王太子であるロイスは、国民の評価が異常に高い。優しいだけで何もしていないのに、何故かよくわからない。
だから、ロイスのことはひとまず置いておく。
問題は、次男のジュリアンの方だ。
病弱だったくせに、最近、急に健康になって、身体を鍛えたために、顔だけだった男が、それなりに見れるようになってしまった。
俺の周りにいる侍女達も、俺の陰でコソコソとキャーキャー言っているのが気に食わない。
叩けばすぐに倒れていたヤツの、どこがいいんだか。
しかも、最近、妙な噂が流れていた。
ノイグラー公爵令嬢と、婚約するという噂だ。
今までは婚約者『候補』だったのに、それが『婚約』となると、ジュリアンの立場が大きく変わる。
ロイスでさえ、その妻は侯爵の出なのに、公爵の娘とジュリアンが婚約するとなると、下手したら、ジュリアンが王太子に換わる可能性も出てくる。
そもそも、病弱過ぎて『とりあえず』で公爵の娘と婚約者候補になったくせに、今さら健康になって、しかも公爵令嬢と婚約とか、出来すぎて笑わせる。
俺は、ロイスの誕生祭のでの扉が開くまで、そんなことを考えていた。
俺の順番は次だ。
『王国の輝ける月、ダビン・ルーカス・マクギナス殿下と、ドナ・ローズ・レヤード令嬢のご入場でございます』
呼ばれて俺は、会場に堂々と入っていく。
俺のパートナーとして隣にいるのは、ロイスの妻の妹。侯爵家の娘ではあるが、まだ婚約まではしていない。それこそ婚約者候補ではあるが、顔がイマイチなので婚約する気にもなれなかった。
俺に似合うのは、国一番の美人と決まっている。
まだ結婚をしていない俺に、独身の貴族令嬢達がキャアとざわめく。
俺はふふんと鼻を鳴らし、壇上にあがっていった。
この次にジュリアンが来て、ロイスが来て、そして最後に父上が壇上に上がる。
ジュリアンよりも先に呼ばれるのが耐え難い苦痛であるが、しかし、今回は少しだけ楽しみが待っていた。
楽しみというのは勿論、ジュリアンの婚約者となったイデアのことだ。
『悪魔の豚姫』として有名な彼女が、これまで、公爵令嬢だというのに野放しにされていたのは、残虐なだけでなく、その醜さからだ。
ブクブクと太って、顔のパーツがどこにあるかもわからない。太りすぎて歩くのもままならず。
痩せたという噂もあるが、どうせ五十歩百歩。
少し健康になって、自分の地位をあげるために不細工でも婚約するという道を選んだ浅ましい男には、お仕置きが必要だな、と俺は思う。
俺は、ジュリアンがイデアと出てきた瞬間、その醜さを周りのもの達に貶してもらうように仕向けた。
腐っても公爵令嬢。さすがに不敬にはならないようにするつもりではあるが、醜い豚が出てきた瞬間、会場は悪意で満たされるのは必至。
そこにちょいと油をさしてやるだけで充分だろう。
面白いショーが開催されるぞ。
くっくっく、と俺は楽しみすぎて、笑いが抑えきれなかった。
『王国の若き輝ける星。ジュリアン・レイ・マクギナス殿下と、イデア・イシュタル・ノイグラー令嬢のご入場でございます』
呼ばれて、ギイ、と扉が開く。
その奥から出てきたのは、想像と違う人達だった。
会場の皆が、扉の奥からの、想像と違う女性の出現に、どよめきが起こる。
違う人なのかと男を見たら、やはりジュリアンだった。
柔らかい金色の髪を、今風に整えて、さわやさかを全面に押し出したジュリアン。
元々顔だけは整っていたが、鍛えたその身体のせいで凛々しさが加わって、どことなく威厳さえ感じられる。
隣にいる婚約者を、優しそうに見つめて、もう他の者など目に入らないという幸せオーラが漂っていた。
いやーーーそんなこと、どうでも良かった。
隣にいる女性。
ちょうど良い細さの身体の上に、金色の艶のある髪。そして大きな紫色の瞳。白磁のように透明な肌。その滑らかさ。
美しすぎる。
女神かと見間違えそうなほどに。
こんな美人は、かつて見たこともなかった。
ジュリアンの横で、ジュリアンと同じように、いや、それ以上に幸せそうに微笑んでいる。
「だ、誰だ、あの美人は。イデアじゃないぞ」
俺が騒ぐと、俺の隣に控えていた侍従が、いやしかし、と俺の耳に囁いた。
「か、髪が金色です。この国の女性で金色の髪なのは、イデア様、ただ一人のはず、、、」
「そ、そんな」
俺は呆然とするしかない。
だってそうだろう。
あの美しさだけでなく、あの淑女として完璧な所作。微笑み。
女神か天使のようなーーー神々しい微笑み。
俺の、理想だった。
国一番の美人。
そして、公爵の娘という肩書き。
その全てが。
会場の皆も、イデアの髪を見て、あれが正真正銘のイデアだと信じ始めている。
そのイデアの類い稀なる美貌と、ジュリアンとお揃いにした青と紫のドレスが、眩しいほどに会場に映えていた。
すべての人が、イデアを見ている。
イデアとあのジュリアンを。
あんなにイデアを嫌っていた皆が、手のひらを返してイデアを褒め称えた。
なんてお似合いの2人なのでしょう、と。
怒りで、身体が震えた。
おかしい、と思った。
あそこに立っているのが、何故、俺ではなくジュリアンなのだと。
イデアと婚約者候補になったのは、お互いに残り物だったからだ。
醜い豚姫と、病弱の王子。
なのに何故。
かたや、女神のように美しく生まれ変わり、かたや、健康を取り戻して、極上の美人である公爵令嬢を手に入れた。あまつさえ、公爵の権力を得ることで、王になる可能性まで手にしたことになる。
そんな馬鹿なことがあるか。
運悪く王妃になれなかった母から生まれたばかりに、俺は運悪く王太子になれなかった。
運悪く、健康だったために、理想の妻を手に入れ損ねた。
いや、と思う。
婚約をすると聞いたが、まだ婚約式はあげていない。本当の婚約は、婚約式をあげてからだと決まっている。
つまり、まだ俺にもチャンスはあるということだ。
国王が出て始まりの挨拶を終えてから、ダンスがあった。
何人もの男達がイデアと踊りたそうにしていたが、ジュリアンが婚約者としてファーストダンスをそつなく踊った後も、眼力でそれを遮っていた。
イデアの騎士にでもなったつもりかと言いたかった。
それからようやく、俺は人だかりができているジュリアン達の方に向かった。
「ジュリアン。元気そうで何よりだ」
と俺は先にジュリアンに声をかける。
ジュリアンは、僅かに眉を寄せたが、パーティー会場で怪訝な顔もできないと思ったのか、珍しく俺に笑顔を向けた。
「ダビンも変わらず何よりだ。あぁ、そうそう。ダビンもイデアと会うのは、かなり久しぶりだろう」
ジュリアンからイデアを改めて紹介される。
すでに婚約者面しているところが気に食わない。
イデアは、その大きな紫の瞳を俺に向けて、にっこりと微笑んだ。
「ダビン殿下。お久しぶりですね。もう何年ぶりでしょうか。相変わらず、狩りはお好きなのですか?」
俺に向けられた天使のごとき笑顔に、俺の趣味まで把握している。
これは、期待していいのではないか?
俺はやや興奮気味に、鼻下を掻きながらイデアに微笑み返した。
「あ、あぁ。狩りは得意だ。動物だけでなく、女性もな」
言った途端、周りがしん、と静まり返る。
俺のジョークがわからないとは。
周りが何やら不穏な表情になっている中で、唯一イデアだけは笑顔を崩さなかった。
「まぁ、ダビン殿下、おモテになられるのですね」
イデアが笑顔ならそれでいい。俺はまた凛々しさをアピールするために、大きく頷いた。
「そうだな。そこの病弱な男より、俺の方が良い男だとは思っているが」
ざわ、と周りが騒ぎ出す。
本人を目の前に失礼な、と言った、誰かの声が聞こえた。
俺はすぐにそれを言った男を探すが、振り返った時には誰も口を開いておらず、小さく舌打ちをする。
「余計な事を。ーーーそれよりもイデア、今度、一緒に狩りに行かないか。俺がイデアに、大きな獲物を狩ってやろう」
俺の狩りの腕前を見て、俺に惚れるがいい。
そう言いたかったが、徐々に周りがザワツキ始めたので、それを言う機会を失う。
ジュリアンは、さすがにむっとした顔で、イデアの前に立ちはだかろうとした。
しかし、それよりも先にイデアから、暢気な声が聞こえる。
「ごめんなさい。動物を殺すのは、私はちょっと無理かもです。それより私は、ジュリアン殿下とのんびりと動物を可愛がったりする方が好きですね。ジュリアン殿下ったら、馬のお世話も上手なのですよ」
クスクスと笑うイデアに、悪くなりかけていた周りの雰囲気が、一気に和らいだ。
天使がいる、と誰かが呟いたのが聞こえる。
元々イデアに興味津々だった他の国の王族達も、このイデアの柔らかな雰囲気に、さらにその瞳を熱くさせたように見えた。
まずい、と俺は焦る。
俺がまたイデアに話しかけようとして、今度こそ、ジュリアンに牽制された。
「そろそろ、他のところにも挨拶に行かないといけない。この辺で良いだろうか」
恋する男の目だった。
あのジュリアンが。
そしてイデアはジュリアンに微笑み、俺に会釈すると、俺から離れていく。
行くな、とも言えず、去っていく2人の後ろ姿を、呆然と眺めるしかなかった。
会場を一旦出て、俺は廊下の床を何度も踏みつける。
「くそ。くそ、くそ、くそっ!」
ジュリアンが憎い。
自分の手にそぐわないものを得ようとする、意地汚いゴミクズが。
俺が手にするべきだったもの。
俺が進む道だったもの。
「ーーーくそ」
ダン、と最後に強く床を踏み下ろした時に、会場の中から、急に叫び声が聞こえた。
歓声ではない。
何か、大変なことが起こったという、恐怖の悲鳴だった。
何かが起こった。
ロイスの誕生祭。つまり、何かあれば全てロイスのせいになる。
ニヤリと笑って、俺は会場内に駆け戻った。
王妃の子供達を蹴落とせるような、面白いことがあればいいなと期待しながら。




