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イデア 元騎士団長ならご存知かしら

 アレクシス様と一緒に過ごした雨宿り。

 雨が落ち着いてから、アレクシス様と地上の遺跡を回ったけれど、アレクシス様の妹の痕跡は残されていなかった。


 遺跡の地下にはもしかしたら何かあるのかもしれないけれど、遺跡の地下は、地上よりも数倍ギミックが多すぎて、危険だとアレクシス様に止められてしまった。


 ギミック対策に特化した者でないと、地下にはいることはできないだろうとアレクシス様は言う。


 ギミックに特化した人とか知らない。


 ギミックとか大好物そうな魔塔主アスモと一緒なら、地下に入れるだろうか。

 いや、アスモがいる魔塔に行く時間もお金も、今のわたくしにはない。

 

 元のわたくしなら、全てのギミックが発動する前に壊すことができるだろうけれど、そうしたら遺跡全てを壊してしまいかねないので、やはり無理というしかないだろう。


 思い出すと、そもそもあの遺跡の中に、わたくし達を幽閉した施設があったはずだ。そこを全壊して、この遺跡を半壊させたのは、わたくしだったような気がしてきた。

 誘拐されて、あそこの場所で何かがあったことは間違いない。


 さすがに地下の遺跡までは壊していないけれど、地上の遺跡を壊したのはわたくしで、元騎士団長だったダルネルによって保護された。

 わたくしは誘拐犯を全員抹殺したことは覚えているのに、遺跡を壊した理由までは覚えていない。


 記憶力にはそこそこの自信があるわたくしが、こんなにも覚えていないなんて、絶対におかしい。当時はまだ5~6歳くらいだったというのもあるのだろうけれど。


 わたくしは、はっとして顔をあげる。

「ーーーダルネル。ダルネルですわ」

 もう10年も前の話だ。ダルネルはすでに大人だったとはいえ、記憶は薄れているだろう。

 それでも、何か思い出すヒントになることくらいは、覚えていればいい。

 

 わたくしは翌日、また単身で、ダルネルのいる、道の終わりの店に向かった。


 相変わらず店は繁盛していて、ダルネルは忙しそうに駆け回っている。左足は義足なのに、あちこちと休むことなく動いていた。

 モサモサの髪に、服からはち切れんばかりの隆々とした筋肉。10年経っても、ダルネルはあの日と殆ど変わらない、とわたくしは思う。


 当時は騎士の制服を着ていたにも関わらず、ダルネルの盛り上がった筋肉は印象的だった。優しいお父様より格好良く見えて、惚れ惚れした記憶がある。

 

 そういえば。と、わたくしは、昨日の上半身を裸にしたアレクシス様を思い出した。


 あの神の芸術品のような端正なお顔の下に、これでもかというほどに引き締まった胸から腹の筋肉が、最高に美しかった。


「あれは眼福でしたわね、、、」

 ほう、とため息を漏らす。


 結局、夏なのですぐ乾くと言って、すぐに服を着られてしまった。あのままでもわたくしは一向に構わなかったのに。


 入り口でぼんやりと思い出していると、ダルネルがわたくしに気づいて声をかけてきた。

「よぉ、お嬢ちゃん。今日は旦那は一緒じゃないのかい?」


 大きめのしゃがれた声。

 わたくしも周囲の雑音で声が掻き消されないように大きい声を喉から張りあげる。 

「お久しぶりですわね。ダルネルさん。繁盛しているようで、何よりですわ」

 わたくしの言葉に、ダルネルはニッと歯を見せて笑った。

「あぁ、今日は特に多いな。人探しをしているとかで、大所帯がやってきているんだ。なにやら全国探し回っているとか。誰かは聞いていないが」

「まぁ。現地の人に聞いた方が、見つけやすいでしょうに。なぜ聞かないのでしょう」

「俺もそう思うんだがな。ーーーまぁ、いい。それより、何か食べるかい?泊まりにきたわけじゃねぇんだろう?」

「お願いいたしますわ。奥様のお料理、本当に美味しいですものね。オススメのものがあれば、それで」


 ダルネルは目を細める。

「了解した。待ってな。もうすぐ落ち着くから、そうしたらお嬢ちゃんにあった料理を作ってもらえる。これだけ人が多い今は、質より量って感じだからな」

「それでも良い匂いがしますわ。あぁ、そうだわ。お忙しいのであれば、わたくしもお手伝いしましょうか?猫の手よりは役に立つと思いますわよ?」


 立ち上がって、わたくしは腕まくりをする。


「いやいや、さすがに貴族様に手伝ってもらうわけにゃいかんよ」

「構いませんわ。それにダルネルさんも奥様も、元は王宮のーーー」

 はた、とダルネルと目が合う。ダルネルから、それ以上は言葉にするなという圧を感じて、わたくしはすぐに口を閉じた。


 にやり、とダルネルが笑う。

「、、、へぇ。よく知ってんなぁ、お嬢ちゃん」

「誰かに聞いたのですわ。アレクシス様から聞いたのだったかしら。秘密にしていたなんて知らずに、申し訳ないですわ」

「旦那は言わねぇよ。俺がここにいるのは、極秘事項だからな」

 え、とわたくしは、戸惑ってしまう。

「でもわたくし、ダルネルさんのこと、すぐにわかりましたわよ?流石にその顔と体格は、隠し通せないのでは」

「いやぁ、意外とバレないもんなんだよ。髪型って大切だよな」

 ガハハと笑うダルネルに、わたくしはつられて笑いそうになる。


 確かに、あの髪をオールバックにして、威厳に溢れていた王宮の騎士団長が、こんな寂れた町の宿屋で、髪をボサボサのまま働いているなんて、誰も考えないだろう。

「まぁ、極秘というわけでもないがな。王都のやつらに知られたら、色々と面倒なんで旦那には黙ってもらってんだ。旦那は口が固いからな。そう簡単にはバラさねぇよ。てか、やっぱりお嬢ちゃん、俺のことを知ってたんだな」

 わたくしはダルネルの最後の言葉を無視するように、さっと動き出した。

  

「さぁ、お皿洗いからいたしましょうか。わたくしにできることは何でも致しますわ。遠慮なくおっしゃって」

 にこ、と笑ったわたくしに、ダルネルは困ったように肩を竦めた。


※※※※※※※※※※※※※※※


 人がはけて、普段の宿屋に戻ったフロアは、宿に泊まる人達がお酒を飲みながら騒いでいる。


 その人達に酒を持っていったあと、ダルネルはガハハと笑いながら、席に戻ったわたくしに近寄った。何か飲むかい、と言われたのでお茶を希望したら、アイスティが出てきた。ダルネルはそれをわたくしの前にドンと豪快に置く。


「いやぁ、まさかあれから更に客が増えるとは思わんかったから助かった。ありがとよ、お嬢ちゃん」

 バンと背中を叩かれて、わたくしは揺れた。

「構いませんわ。わたくしもこうして時間をいただくためにお邪魔したのですもの。お互い様ですわよ」


「それにしてもお嬢ちゃん、よく働くなぁ。まさかあれからの客の注文、全部覚えた上に、それをひょいひょい配っていくから、俺達は注文の料理を作るだけで良かったもんな」

「暗記は苦手ではありませんの。あのくらいなら朝飯前ですわ」

 ふふ、とわたくしが笑うと、ダルネルはそれでも、とわたくしを褒めちぎる。わたくしは余程の動きをしたようで、悪い気はしなかった。


「それにお嬢ちゃんが美人なものだから、大人気だったな。売上も驚くほどだったぞ。あれはお嬢ちゃん目当てでまたくるやつがいるな。今日だけなのによぉ。ワハハ八」


 ダルネルの雑談が続いて終わりそうにないので、わたくしは、飲んだアイスティのコップをトンと机に置いて、「ダルネルさん」と改めて声をかけた。

 ダルネルはわたくしの雰囲気を察知して、わたくしの向かいの椅子を引いて、ドンと勢いよく座った。

「あぁ、何か話があるんだったな。で、何の話だい」

「10年前の、遺跡での話ですわ」

 ふぅん、とダルネルは低く唸る。

「よく俺がそこに関わっていると知ってたな。聞くが、お嬢ちゃん、俺のことでも調べているのか?」


「目の前にいてこんなことを言うのは申し訳ないですけれど、ダルネルさんのことには全く、これっぽっちも興味ありませんわ。貴方が前職で何者だったかなんて、どうでもいいのです。わたくしは知りたいのは、純粋に『10年前の遺跡での事件』についてですのよ」

 

 わたくしが見当違いだと微笑むと、ダルネルも軽く笑った。

「ははは。これは気持ちいいくらいにバッサリ切られたな。俺が何者でもどうでもいい、か」

「今のダルネルさんが幸せそうであることが大切ですわ。前職でのお姿も素敵でしたが、今の方が楽しそうですわね」

 ダルネルは、わずかに目を見開く。

「俺のこと、少し知っているくらいじゃなかったのか」

「ええ。詳しくは話せませんが、王都でも数回、拝見いたしましたわ。詳しくは話せませんが」

 2回、同じことを言った。大切なことなので。

「そうか」

とダルネルは頷く。一度立って、ビールをジョッキで持ってきたあと、ダルネルは一気に半分以上飲み干した。ドン、と残りのビールを机に置いて、さて、と口を腕で拭きあげる。


「10年前の、遺跡での話だったな。どこが知りたいんだ?お嬢ちゃんと違って、俺はあまり記憶力がいい方じゃないんでね。記憶の中にお嬢ちゃんの探しているものがあればいいんだが」

「覚えていることだけで結構ですわ」

「そうか」

 そしてダルネルは、あの頃の話を始めた。

「遺跡での事件の前、王都では、とある高位貴族の娘が誘拐されたと言って、その捜索で混乱していたんだ。そんな時に、遺跡で魔法による大暴発が起こったという情報が入ってきて、俺が行ってみたら、そこにいたのはその貴族の娘だった、というやつだな」

「、、、随分、簡単にまとめましたのね」

「そういう話だからな」


 そんな話なら、わたくしだって覚えている。聞きたいのは、もっと詳しい話だ。

 わたくしは少し考えて、ダルネルの記憶を誘導することにした。


「アレクシス様のお母様の遺体が発見されたのは、その時ではないのですか?」

「あぁ。あの時にいたのは、その貴族の娘さん1人だけだったな。他の誘拐犯達は皆、死んでしまっていたし、、、おっと、悪いな。こんな話まで」

「いえ、いいのです。それよりも本当に他に誰もいなかったのですか?誘拐犯と、その少女以外に」


「いなかったな。旦那の母ちゃんもいなかった。あの人が見つかったのはーーーあれ?いつだったかな」


 ダルネルも覚えていない。

 それは1つの情報として、わたくしは記憶する。


「覚えていないのですか?でも、辺境伯夫人が亡くなられたんですよ。周りは大混乱になったのではないですか?」

「すでに辺境伯の爵位を継いでいた旦那は、必死に探していたがな。遺跡自体がかなりの危険地域だろう。そもそもあの場所を捜索をできる人材が少なかったんだ。高ランクの冒険者を雇って、なんとか辺りを探したんだ」

「その時は、アレクシス様のお母様以外には」

「誰もいなかったよ」

「、、、そうですか、、、」


 わたくしは口を閉じる。

 これではアレクシス様の妹の情報は聞けなさそうだ、と思う。


 わたくしは、あの日のことを思い出して、ダルネルを机越しにちらりと見上げる。


「、、、それほどまでに危険な遺跡の中に入って見つけてくれたのなら、助けられた貴族の娘様も、喜ばれたことでしょうね」

 1人で怖がっていたわたくしを助けてくれたあの時。わたくしの肩を笑顔で叩いてくれたダルネルさんに心から感謝しているのに、目の前で直接お礼を言えないのは残念で仕方ない。


「あぁ、そうだったな、あの少女、、、」

 ダルネルは遠い目をして、記憶を辿ろうとしている。そして、あぁ、と呟いた。


「そうだ、誰に言っても信じてもらえなかったんだがな。俺がその子供を見つけた時、その子供の身体が、ぼんやりとした黒のモヤや白の光に包まれていたんだ。俺が近寄るとすぐに消えたんだがな。ーーーあれが何だったのか、今でもわからんのだ」


 見間違いじゃねぇはずなんだけどなぁ、とダルネルは呟く。


 わたくしが黒のモヤや白い光に包まれていた?

 そんな話は初めて聞いた。


「ーーーその少女は、初めて使った魔力が暴走していたのでしたわよね?それではないのですか?」


「よく知ってんなぁ。そうだな。そうなんだが、その時、その少女は混乱していてな。なんていうのかな、ちょっと頭がおかしくなったというかーーー、うん、ちょっとおかしかったな。ブツブツと独り言を言って、色んな人間を見てきた俺でも、怖いと思ったくらいだ。勇気出して声かけたけどな」


 そんなことーーー記憶にない。


「俺が声をかけたら、黒いモヤも光もなくなって、その子も、本来の性格なんだろうな。なんか元に戻ったって感じだった。あんまり良い噂は聞かねぇが、あの娘さん、元気してるといいけどな」


 ニカ、とダルネルは笑う。

 わたくしは笑えなかった。 

 自分のことなのに、知らないことが多すぎる。 

 奇妙で気持ち悪くて。


 ダルネルに、あの時のようにわたくしを安心させて欲しかった。


 ーーーこんなこと、言えませんけどね。


「あと、ちょっと気になったんだが」

 ダルネルは、そう前置きして、働いている時から腕捲りをしていた、わたくしの左腕を指差した。


「お嬢ちゃんが働いている時に、その腕を見て何かを思い出しそうになったんだ。大切なことだったんだが、何だったかな」

 

 わたくしは笑いが込み上げる。

 わたくしに何かアドバイスを言おうとしているのに、何の情報にもなっていない。

「確かにダルネルさんは、記憶力はイマイチのようですわね」

 わたくしが失礼なことを言ったのに、ダルネルは全く気にせずにガハハと笑う。

「俺は直感タイプだからな。頭を使うことは他の頭の良いやつがやってくれる。それで今までうまくやってきたからな」

「カリスマの成せる業ですわね」


 騎士団長という大役を担っていたダルネル。

 それは頭の良さでも力の強さでもない。

 死に直面するような困難や、絶望するほどの敵が現れた時に、それでも人を率いて前に進ませる力のある人物。

 この人がいればもしかしてと思えるような、そんな希望を抱かせてくれる、飛び抜けたカリスマがあったことが大きいのだろう。


 笑って、わたくしは席を立った。

「優れた先導者がいなくなったこと、王都の皆様も嘆いておりましたわよ」

「後任のヤツが賢くて魔法にも優れたヤツだ。俺は安心して任せられている。俺よりうまくやってくれてるさ」


 さて、それはどうでしょうか。

 わたくしがいた時、王都は、ややきな臭いものがありましたけれどね。


 王都から離れた人にはわからないでしょう。

 かつての英雄がいなくなったあの国は、表面上は安定していても、裏の闇はかなり深い。


 ーーそんなこと、今更、ダルネルに言うことでもありませんわね。

「それは何よりですわね。では、わたくしはこれでお暇しますわ。貴重なお時間いただいて、感謝致します」


 結局、謎はむしろ深まってしまったけれど、食事が美味しかったので、それはそれで来て良かったと思う。

 そうして私は、ダルネルに背を向けて、店の出入り口の扉を開く。

 扉を開けた時のチリン、という音が耳に残った。




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