ステラ 農作業は面白いです
「ーーー白魔法。いや違うな、そうじゃない。でも、だとするとこれは、一体何なんだ」
ぶつぶつと呟いているのはジュリアン王子。
緩やかにカーブした金色の髪を指でクルクルと回しながら、いつもの応接室でソファーにもたれ掛かっている。
あれからジュリアン王子は、きっかり二週間おきにノイグラー公爵邸に出入りするようになった。
まるで我が家のようにくつろぐジュリアン王子の横で、慣れた手付きでお茶を注ぐマテオという侍従も、自分のテリトリーではないはずなのに、勝手知った様子でジュリアン王子を支えている。
もう小一時間、ジュリアン王子はこうして何をするわけでもなくダラダラと過ごしている。
絶対この人、暇なのだと思う。
私はというと、もう季節も段々暑くなる手前の頃で、この時期に植えておかないといけない苗が、今か今かと私を待っているわけで。
顔を上等な絹で隠したまま、ムチムチした身体でノシノシと近づき、私はジュリアン王子に声をかけた。
「あのぅ、ジュリアン殿下。お薬もお渡ししたことですし、そろそろ、、、」
お帰りください、という言葉を語尾に隠してみたけれど、ジュリアン王子は微塵にも動かない。
さすがに王国の王子に「帰れ」とは直接言葉にできないし。
悩んでいると、ジュリアン王子がクルクルと動かしていた指を止めて、私の方に顔を向けた。
「ーーーイデアは今から、何をするつもりなんだ?」
いつの間にか『イデア』と呼び捨てにされている。
別に私の本当の名前でもないし、全然構わないのだけれど、他人から見たらりとても親しい関係に思われるでしょうね。
王立の学園では、なぜかイデアさんは『特別クラス』というたった1人だけのクラスに所属しているし、それ以外に特に仲の良い人がいるわけでもなさそうなので、他人から何を言われても実害がないから、いいのだけど。
それにしても、ジュリアン王子に、今から何をするの、と聞かれて、農作業、と答える公爵令嬢はいないだろう。
私は天井を見ながら考える。
「ーーーえっと。ーーーそう、ピアノの練習を」
「嘘だな」
「嘘ですね」
ジュリアン王子とマテオが即座に突っ込む。
なぜバレたのか私にはわからない。
「あぁ、違いました。今からダンスの練習を」
「嘘だな」
「嘘が下手すぎますね」
素早い反応に、私は口を歪ませた。
「、、、、、、そんなにわかりますか?」
「イデアは正直すぎるんだ。真っ直ぐ有ろうとするから、嘘をつこうとしても顔に出る。向いていないんだな、嘘が」
「向いていないのですか、、、」
それはそれで問題だとは思う。社交界は会話がとても大切で、しかし表面は笑顔でも心は皆、仮面を被っている。
嘘が上手でなければ、社交界はやっていけないと聞く。
まぁ、イデアさんはそもそもあまり他人との交流がお好きではないようですし、私は家が貧しすぎてパーティーに出るための支度金がなくて出られない。
貴族でありながらーーーあまり必要のないスキルなのかもしれない、と思う。
「それで?俺を早く帰そうとするほどしたい『何か』は、何なんだ?」
微笑んでいるけど目が笑っていないジュリアン王子。
「えーーーと」
嘘が下手と言われて、嘘をつくわけにもいかず。
私は、素直に事実を話したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
うっすらとした雲が空に点在している。そんな晴れた空は、とても気持ちが良い。夏が近づいているけれどものすごく暑いというほどでもない。
つまり、農業日和。
私は作業用の服に着替えていた。顔にはちゃんと布はつけている。
「こちらが、私の育てている野菜の畑になります」
私はムチムチとした丸い腕を持ち上げて、畑の広がりを示した。
公爵邸の広大な庭の一角。
王子と侍従を連れてたどり着いたのは、私が耕して育て愛でている農園。
試行錯誤で肥料を作り、なかなか上手に野菜を作れていると思う。
畑には、すでにトマトやキュウリ、ピーマンなどが顔を出していて、土の中にはゴボウやタマネギ、ジャガイモなどが眠っている。
想像以上に大きかったようで、ジュリアン王子達は唖然とした顔をして私を見ていた。
「こ、この畑をーーー貴女が一人で、、、?」
「そうですね。たまに侍女のマリアや、アントニオが手伝ってくれますが、基本は一人で」
「、、、アントニオ、、、」
小さく呟いたジュリアン王子は、眉を寄せている。
私はニコリと笑って、ジュリアン王子にジャガイモの畑を促す。
「ジャガイモがちょうど良い大きさで実っているんですよ。ジュリアン殿下、採ってみますか?」
「い、いや、結構だ。俺は、農作業はちょっと」
ジュリアン王子は、まさかという顔で首を振る。土を触ったことがあるかどうかさえ疑ってしまう反応に、私はくすりと笑った。
「ジャガイモ掘りは、子供達にも人気なんですよ。沢山採れたらラッキーです」
私はジャガイモの茎をがしりと持って、一気に引き抜く。すると土の中から、ずるずると11個のジャガイモが顔を出した。
ジュリアン王子は驚いて、少し近づく。
「ジャガイモはこんな風に採れるのか」
「1株でもっと採れることもありますよ。殿下がされないのであれば、マテオ様はいかがですか?」
「え?私がですか?」
マテオは自分を指差して、ぎょっとする。
マテオももしかしたら土に触ったことがないのかもしれない。
「マテオ。やってみろ」
ジュリアン王子は少しからかうように、マテオの背を押して促してみる。
えぇ、と声をあげたあと、マテオは恐々とジャガイモの茎を掴むと、私の掛け声と同時にジャガイモを引き抜いた。
数は私より2つ少ない9個。それでも多くて、マテオの顔がパッと輝く。
「へぇ。意外と面白いものですね」
「そうでしょう?」
見ると、ジュリアン王子もわずかに頬を紅潮させて、ソワソワとしている。
「ーーージュリアン殿下。してみます?」
私が聞くと、ジュリアン王子は少し戸惑った後、小さく咳払いをしてみせた。
「そ、そこまで言うなら、やってみなくもない。何事も経験が大切だからな」
あら、ジュリアン王子。意外と可愛らしい。
ジュリアン王子は、私達がしたようにジャガイモの茎を持つと、引き抜くために力を入れる。
だがなかなか抜けない。
「ん、思ったより難しいな」
「もう少しです。頑張って」
私が声をかけると、ジュリアン王子は身体全体に力をいれて、ぐっと強く引っ張った。
ボコ。ボコボコボコ。
大きく、しかも20個ほどのジャガイモが出現して、私とマテオで「おぉーー!」と歓喜する。
引き抜いた本人は、引っ張った勢いで後ろへ座り込んでしまったものの、その手応えと、出てきたものの大きさで、花咲くように破顔した。
「俺が一番だったな!」
やんちゃな少年といったその笑顔が微笑ましくて、私はついクツクツと笑ってしまった。
「良かったですね!殿下」
あまり沢山採りすぎては、一気には消費できないので、そのジャガイモを手に、場所を移動した。
「今日はあとで、さっきのジャガイモを使った料理を作りますね」
そう言うと、ジュリアン王子は素直に「あぁ」と頷く。私の後ろをついてくる姿といい、ジュリアン王子とは良好な関係を築けつつあるようだ。
目的地にたどり着いて、私は足を止める。
「今日、本来する予定だったのは、これです」
私はジュリアン王子とマテオに、まだ何も植えていない畑の前に並んだ苗を見せた。
広範囲に大きく窪ませた土の上に、数センチかぶさるように一面、水が張られている。
「、、、、これは?」
「『田んぼ』です」
「タンボ?」
ジュリアン王子とマテオは首を傾げた。
「『米』というのはご存知ですか?」
「聞いたことはある。東の国の方でとれる特産物だそうだな。馬など畜産物の食料になるとか」
「人間でも食べられますよ。作り方次第で、とても美味しくなるんです。今日はそれを植えようかと思っていまして」
ジュリアン王子はキョロリと辺りを見渡した。
「植える?誰が?」
「勿論、私が、です」
ぎょっとして、今度こそ悲鳴をあげるようにジュリアン王子は声を出した。
「何だと?公爵令嬢の貴女が?こんな土に水を張った場所に植えたら、泥だらけになってしまうじゃないか。水の上に何か虫みたいなのもいるぞ!?」
「家の外ですもの。虫くらいいて当たり前です」
私は履いたスカートを膝まで上げて腰でくくりつけ、ざぶりと水の中に入っていく。
足が泥に埋もれて、ひやりとして気持ちがいい。
「な、何をしているんだ。若い女性が」
ジュリアン王子は目を隠して、私を見ないようにしている。
イデアさんの足だと思うと、確かに男性に素足をみせるのは申し訳ないけれど、こうしないと田植えができない。
「ーーーでは、帰られますか?」
私がきょとんとして尋ねると、ジュリアン王子は黙った。
嘘をついてまで誤魔化していたことを、こうして真実が知りたいと言ってついてきたのは、ジュリアン王子の方だ。
今更、そんなつもりではなかったというのも変な話。見たくないなら、帰ればいいと思う。
別に私だって、ジュリアン王子達にこの姿を見せたくて見せているわけでもないわけで。
「ーーー女性のそんな姿を見てしまって、黙って帰るわけにもいくまい」
く、と不本意そうに、ジュリアン王子は顔をしかめながら、自分の裾と袖をめくりあげた。
「殿下!?」
今度こそ悲鳴をあげたマテオは、慌ててジュリアン王子を止めようとするが、それを振り払ってジュリアン王子は田んぼの中に入ってくる。
私もそれには流石に驚いた。
泥の中に入るつもりで、たいした服でないものを着ていた私と違って、ジュリアン王子は明らかに一流の服をまとっている。多分、一般家庭の数ヶ月分以上の金額がするだろうその服は、田んぼの中に入った段階ですでに汚れてしまっていた。
ジュリアン王子は、慣れない泥の中で足が埋もれてバランスを崩している。転ばないように気を付けながら、一歩一歩、私に近づいてきた。
「わ。歩くのが難しいものだな」
「大丈夫ですか?ジュリアン殿下」
「当たり前だ。このくらい」
絶対に大丈夫じゃないような顔をしているジュリアン王子に、マテオも勇気を出して田んぼの中に入ってきた。
「無茶しないで下さいよ、殿下。外出したことさえ稀なのに、こんな泥遊びなんて」
「泥遊びではありません。田植えです」
心外な物言いに、私はすぐに訂正する。
「田植えでも何でも、これは流石に王族のすることでは、、、」
「よいと言っている。俺がすると言ったのだから、イデア嬢がしようとしていることをするんだ」
「殿下ーーー。はぁ、明日、熱を出しても知りませんよ?」
ため息をつきながら、マテオは結局、ジュリアン王子を止めることができずに付き合うことになった。
私はジュリアン王子とマテオに、田植えの方法を教えて、それを二人は忠実に真似をしてくれる。
「そうそう。3センチくらい植えるんです。上手ですね」
「このくらい、誰でもできる」
「殿下。ちょっとその間隔は少し狭くないですか?あっ!!」
ジュリアン王子の方に意識が向いていたマテオは、つい泥に足をとられてしまい、バランスを崩して泥の中で尻餅をついた。
「うわぁああ!?」
その様子があまりに面白くて、ジュリアン王子は腹を抱えて大笑いした。
「マテオ!!あはははは!!泥だらけじゃないか!」
こんな笑い方をするジュリアン王子を見るのは初めてで。
「殿下、、、笑わないで下さいよぉ」
マテオも、まさかの事態にがっくりと項垂れながらも、楽しそうなジュリアン王子の様子に、小さく笑った。
今日はとてもいい天気。
笑い声がしばらくの間、公爵邸の庭に響き渡るのだった。




