イデア 戦いに参加することになりました
ドォンと音が響く。爆発の音。
それに続いて剣を叩く金属の響きが耳に届いた。
拝啓、お父様。イデアでございます。
いかがお過ごしですか。
わたくしは今、戦に来ています。
なぜーーーーーなぜ、わたくしがこんなことを。
思い返せば、少し前。
友人のノエルの親である、オールビー男爵が経営する武器工房に呼ばれたのが始まりでした。
フィンレー司祭の策略によって、わたくしは協会を介さずに直接武器を運搬する旨を男爵から言い渡され、ついでに、わたくしが魔力を保持する『魔剣』を作成することができると知られてしまい。
ーーー今に至ります。
隊長らしき男が叫ぶ。それに兵士達が同調した。
「体制を立て直せぇー!」
「イェッサァー!!!」
別の隊長らしき男が横から声をあげる。
「突き進めぇー!」
「サーッ!!!」
B級の魔物数体を前に、剣や魔法で応戦するのは、息苦しいほどムキムキな男性兵士達。
体格の良い男性は大好きだが、ここまで大勢でごちゃつかれると、堪能するどころかむさ苦しいとしか思えない。
「ステラ様。いかがですか」
横から声をかけられて振り返ると、このゴツゴツした輩の中では、比較的まともに見えるアイザックという男が立っていた。
黒よりの灰色の髪を肩より上で横一列に切り揃えていて、彼が動くと針のような髪がサラサラと揺れる。
顔立ちは整っており、身なりもしっかりはしているものの、はじめから印象があまり良くなかった彼は、運び屋としてオムラント辺境伯の屋敷に赴いた時からわたくしを嫌悪するような顔で見てくる。
わたくしのことが嫌いなら、話しかけなければいいのに。
本来ならば、このような人には絶対関わらないか、とことん絶望させてあげるところだけど、残念なことに、この男はわたくしの運命の人であるアレクシス様の側近。無下に扱うわけにもいかず。
にこり、とわたくしはアイザックに笑顔を向けた。
「どうもこうもーーーですわね。戦場など初めてですので、わたくしにはわかりかねます」
とはいえ、王立学園では、一般教養と魔法以外にも、戦いの指揮をとるような人物が王立学園には入学しやすいため、戦いの戦略やノウハウ等も授業で学ぶことができる。いざ、こうやって戦いの場に出向くと、それなりの理解はしているのだなと自分自身で思うこともある。
「そうでしょうね。子爵家の令嬢がまさか、こんな戦に関わるなんて、誰も予想もしないことです」
アイザックの言葉は、暗に『何も知らない女はさっさと帰れ』という意味に聞こえる。
「そうはいいましても、わたくしも困っているのです。本来ならば荷物を運ぶだけでしたのに、ほら、わたくし、とても有能でしょう?どうしても、と言われまして」
そう。そういうことなのです。
わたくしが魔剣を作った時に、わたくしが様々なものに『付与』できる人間だとバレてしまいまして。
それでも本来ならば、オールビー男爵の武器工房で付与していればいいのだろうけれど、いかんせん、わたくしは魔法も普通に使えるわけで。
それならば、戦場に出て魔法で魔物を倒しつつ、必要があればその場で付与してもらえばいいんじゃないのという話になり。
戦いに出るなんて絶対ごめんだと思っていたのに、その戦いのトップがアレクシス様だというから、断るに断れず。
兵士として出陣すれば、ピノット子爵家にもそれなりの報酬が出ることがわかり、継母からも追い出されるように、戦に加わることになった。
有能、とわたくしが自分を評価したことに、アイザックは嘲るようにクスリと笑った。
「有能ーーー。確かに、有能なのでしょうね。魔法が使えて、万物に魔法付与もできる。そのような方はなかなかいないでしょう」
ですが、と背の高いアイザックはわたくしを見下ろす。
「戦いに不馴れな人がいると、隊はバランスを崩します。それは下手すると貴女だけでなく他の者さえ命取りになりかねない。それをご理解下さい」
余計なことはするな。
そう言いたいのでしょう。
そんなにわたくしを除隊させたいのね。
こんな言い方をされると、むしろ反骨精神が刺激されるだけだと言うのに。
わたくしはやんわりと口の端を持ち上げる。
「わかりましたわ。でも、たかが小娘が一人入ったくらいで崩れるような隊は、むしろ早々に潰れてしまった方がいいかと思いますわ。まぁ、国内でも評価の高いオムラントの騎士団や軍隊ですもの。そんなことありませんわよね」
わたくしが笑うと、ピクリ、とアイザックの眉が動いた。
わたくしは口元に手を当てて、首を傾げる。
「アイザック様も大変ですわね。未熟な人間がいると、その都度このように忠告されるのでしょう?ご苦労なことですわ。でも、それでしたら、あそことあそこにおられる方にもおっしゃったら?指揮の方向性がズレていらっしゃいますわよ。指揮の統一性がないと、混乱を招きかねないですものね。あの方達はきっとまだ戦いに不慣れなのでしょう。ぜひ、ご指導してさしあげて?」
わたくしが示した二人。あの貫禄と偉そうな雰囲気。アイザックの立場に近い指揮官だろうと察する。
アイザックは眉を寄せて小さく「チ」と舌打ちすると、わたくしに「失礼」と会釈して、その指揮官達の方に早足で向かった。
面目丸潰れとはこのこと。
ざまぁっ!!!
、、、ロキならば、多分、そう言いましたわね。
ふふふ、とわたくしが一人でほくそ笑んでいると、後ろからガサリ、と草を踏む音がした。
あら嫌だ。一人で笑っているのを見られたかしら。
振り返った瞬間、わたくしの心臓がジャンプして口から飛び出るかと思った。
そこには、わたくしの運命の人。アレクシス様がお立ちになられていたから。
わたくしの顔を見るなり、アレクシス様は少し顔を緩ませる。
「ーーー急に失礼した。アイザックという男がこちらに向かったと思うのだが、知らないだろうか?」
低い、でもとても耳に心地良い声。凛々しい目元。精悍な体つき。どこをどう見ても完璧なお姿。
あぁまずいですわ。アレクシス様が格好良すぎて失神してしまいそう。
わたくしはアレクシス様が愛しすぎて震えそうになるのをグッと堪えて、どうにか声を出した。
「あ、あの、アイザック様は、あーーあちらに」
アイザックの向かった方向を指差したら、やっぱり震えてしまった。その震えを見たアレクシス様は、少しわたくしを不憫そうに見つめる。
「ーーー貴女だろう。魔剣を作ったという女性は。いくら魔法も使えるとはいえ、慣れない戦いにくるのは厳しいのではないか?」
心配そうに声をかけられて、わたくしは感動する。
言っていることはアイザックと同じなのに、なぜこうも受ける印象が違うのか。
いやそれよりも。
わたくしはじっとアレクシス様を見つめた。
「、、、わたくしのこと、ご存知なのですね」
アレクシスは、「勿論だ」と答える。
「この前のA級の魔物を斬りつけた時も見事だった。あれほどの技術と、A級の魔物に立ち向かう勇気。素晴らしい女性だと思ったよ」
笑うとアレクシス様の白い歯が見えた。
ーーーなんてこと。アレクシス様が、わたくしのことをそんな風に思われていたなんて。
これは、まさか。
『両・想・い』ーーーというやつでは。
わたくしがうっとりとしていると、向こうに行ったはずのアイザックがこちらに戻ってきた。
空気が読めない男ですわね。
アイザックはアレクシス様を見つけて、素早く敬礼する。
「アレクシス様。こちらにいらしたのですね」
「あぁ。向こうは殲滅した。こちらもアイザックがいるから大丈夫とは思ったが、様子でも見ようかと思ってな」
「問題ありません」
そう言うアイザックは、わたくしをちらりと見る。少し眉を寄せられた。
問題あったことを言うなということかしら。
わたくしは了解したとばかりにアイザックに頷いて、口元に手を当てる。
「そういえば先ほど指揮官がーーー」
「ステラ様。そういえば少しお話が!!」
わたくしの言葉に被せて、アイザックが大きな声を出して阻害した。
わたくしはアイザックに目で笑うと、アイザックはとても悔しそうな顔をしてみせた。
アイザックは、アレクシス様に一礼して、
「彼女が疲れているようなので、休憩所まで案内してきます。少し離れてもよろしいでしょうか」
と尋ねる。アレクシス様は優しい表情で頷いた。
「それが良さそうだな。俺がしばらく向こうを対応しよう」
そう言って、アレクシス様は奥の方へ進んでいく。
その素晴らしく美しい背中を眺めながら、わたくしがぼんやりとしていると、毛虫でも見るような目で、アイザックは眉をしかめながらわたくしに言った。
「ーーー貴女は、アレクシス様のことを」
「だから何ですの?」
わたくしはアイザックの言葉を遮る。
隠す気はないけれど、こんな怪訝な表情で言われる感情ではない。
「わたくしが誰を慕おうが、貴方には関係ないでしょう」
「関係ありますよ。そんな獲物を狩る獣みたいな目でアレクシス様を見られたら、非常に邪魔ですから」
「ケモノ、、、」
思わぬ表現に繰り返し呟いて、は、と空笑いが出る。
「女性に対してそのような失礼ことを言うなんて、貴方、騎士道に反するのではなくて?」
「兵士は戦に出た時点で、性別はあってないようなものです」
「さっき令嬢がどうの言っていたのは誰だったかし
ら」
「、、、、」
苦々しい顔でアイザックはまたわたくしを睨んでくる。
本当にこの方は、わたくしの何が気に食わないというのでしょうか。
ここまで嫌悪を顕著に表されたら、人からの悪意に慣れているわたくしだって気分は良くない。
わたくしが誰を好きになろうと、この方には全く関係ないでしょうに。
まさか、このアイザックという方も、アレクシス様がお好きだったりするのかしら。
ライバルを蹴落とすつもりで、わたくしに絡むのであれば理解できる。
わたくしがアイザックをそういう目でチラリと見た時に、アイザックは、仕方ないとばかりに、口を開いた。
「ーーーあの人に惚れても報われないから、止めた方が身のためですよ」
灰色のアイザックの髪がサラサラと風に揺れる。
「、、、そんなの、わからないでしょう」
わたくしが異論を唱えようとすると、アイザックは「わかるんですよ」と答えた。
強い風が吹いて、ザザザと木々の葉が音を立てる。
アイザックが均整の取れた口を開く。
その動きが妙にゆっくりに感じた。
「アレクシス様は、心に決めた方がおられるのです。その方以外とは、決して結ばれることはないでしょう」
ーーー雷に撃たれたようなショックが、わたくしの身体を突き抜けたのだった。




