彼の神を
放課後、僕達はセツナ先生の引率で賢者の塔へ向かう。
重力に抗うように上空に伸びる巨大な3つ子の塔は、今も継ぎ接ぎされている最中で。
このまま行けば賢者の塔は天に居座る衛星にまで届きそうな勢いだった。
メフィストさんの部屋は賢者の塔の中腹にある。
「駄目じゃないかルウ、以前注意しただろ?」
「違うんですよメフィストさん、今回は事情があります」
ジャンククラスのみんなを連れてメフィストさんを訪ねると怒られてしまった。
「事情って?」
「実は、今日は試練の十門を受けたのですが」
「……ああ、試練の十門はあの人の担当だったか。それで?」
「その、担当の賢者様がメフィストさんの師匠だと聞き、メフィストさんを連れてみんなと一緒に尋ねるよう言われたのです」
事情を伝えきると、メフィストさんは顔を覆っていたローブを取る。
黒いローブの下から出て来た燦然たるメフィストさんの美貌に、みんな感嘆していた。
「綺麗、メフィスト様ってすっごくお綺麗ですね」
「ありがとうアンナ、ルウ、確かに師匠はそう言ったのだな?」
「ええ、これは僕以外のみんなにも伝えていたので、みんなが保証してくれます」
僕の台詞に追従するように、エドが「そうでーす」と気さくに応える。
「……」
「どうかしたのですか?」
メフィストさんは急に黙ってしまった。黙然としているメフィストさんもまた、絵になるもので。僕達は絵画的な光景の中に飛び込んだ心境で、時間を忘れメフィストさんを見守っている。
「不安、なんだよな」
「何がです?」
「師匠は一見無害そうで、時に物知り顔で人を試す悪癖があるからな」
メフィストさんの言う通り、あの人からは害意や悪意は受けなかった。
しかしあの人の弟子をやっていたメフィストさんが、そう言ったんだ。
ここは僕も心して掛かった方が良さそうだ。
「とりあえず言われた通り尋ねてみるか、みんなも準備はすましておきなさい」
「準備、ですか?」
ヒューが何の準備をすればいいのか問い質すと、メフィストさんに頭を撫でられていた。
「お前たちが思っている以上に、賢者は甘くない。何が起こってもいいように最低限の準備はしておいた方がいい」
言われた僕は魔法のポーチを確認し。
エドは父から譲り受けた魔法剣を確認する。
「……父ちゃん、俺ぜってー負けねーから」
「何に負けないつもりなの?」
「いままで俺を馬鹿にして来た、他の連中にだよオゴロ」
エドはオゴロに向けて戦意を昂らせると、剣を鞘に納める。
そして僕達はメフィストさんの先導を受けて、予言の賢者様の部屋に向かう。
メフィストさんの師匠である彼の部屋は賢者の塔の中腹よりさらに上にあるらしい。
「師匠の部屋は最上階にある、あの人は国で最も古い賢者だからな」
「凄い人なんですね」
「だから弟子入りしたのだが、いかんせん、放任主義でもあるんだよな」
メフィストさんを筆頭に賢者の塔の内部壁にある螺旋の階段を、息を切らせて上る。
最後尾にはユルシアとセツナ先生が控え、子供達の様子を見ていた。
それにしても、賢者の塔は凄い建物だ。
地球でもこんな高層の建物はそうない。
「……メフィストさん、この世の万物はMPを所持しているのですよね?」
「そうだとも、世界の基本中の基本だな」
「なら、――賢者の塔と呼ばれるこの建物のMPはどれくらいなのでしょうか」
「そこに目を付けるとは、やはりお前は聡明だなルウ」
僕の疑問に対し、メフィストさんはよく褒めてくれた。
「賢者の塔のMPを教えてもいいんだが、自分で調べるのも勉強になるだろう」
「わかりました、機会があれば自分で調べてみます」
こんな特異な建物のMPが、0の訳がないんだよな。
MPが0になると、この世の森羅万象は塵芥となって消える。
けど、僕はその理に当てはまってないみたいだし。
僕が知るべきこと、知らないことはまだまだありそうだった。
自分の見識不足に密かに微笑んでいると。
「もうそろそろ着くぞ、みんな準備はいいか?」
予言の賢者であり、国で現存する最古の賢者の部屋に着いたみたいだ。
そこは観音開きの四角い木製扉の前で。
「師匠、ルウを連れてメフィストがやって参りました。中に上がっても宜しいか?」
「入りなさい」
「失礼します」
メフィストさんが両手で扉を開けると、隙間から極光が駆け抜ける。
その極光を目で追うと、賢者の塔の天井に溶けて行った。
「今の光は?」
「賢者の塔に溜まった魔力の残滓だ、よくぞ来たなお前達」
僕の疑問に答え、現れたのは予言の賢者で。
彼は集った僕達を見て、蠱惑的に笑んでいる。
「あ、ガラルさん」
「……来たのか、ルウ」
「どうしてここに居るんですか?」
室内にお邪魔すると、古書だらけの本棚の渦の中にガラルさんも居た。
「俺も居るぜ、久しぶりだなルウ」
「ゾロさんまで」
いつの間にか背後にゾロさんまで佇んでいた。
予言の賢者と2人にどんな繋がりがあるのか知れないが。
「……師匠、今宵は何用だろうか? 嫌な予感しかしないのですがね」
メフィストさんが率直に問うと、彼は一笑する。
「メフィスト、儂にもその時が来たのだ」
「その時とは?」
「試練の十門、その最後の扉を開ける時がだよ」
「つまり、貴方はもう逝くのか。王室に報告する必要があるな」
「ふぉふぉ、いくら初恋の相手がいるからとはいえ、お前は王室に拘り過ぎだ」
メフィストさんの初恋の相手って、どんな人だろう。
興味本位で見詰めていると、バツが悪そうに目を逸らした。
「余計なことは言わなくていいです、さっさと用件を教えて頂きたい」
「……今からお前の弟子、ルウと、その他を連れ、冥府に向かう」
――そして冥府の獄門に囚われている、彼の神を救出するのだ。




