試練の十門
翌日、学校に向かうと。
「皆さん、今日は何の日かご存知でしょうか?」
古び、若干湿気臭い教室で、セツナ先生は今日も今日とて教鞭を振っていた。
「知りません」
アンナが反抗的に言うと、セツナ先生は教壇を手で叩く。
「そんなことではいずれ私に迷惑が掛かります、皆さんは最低の屑なのですから。ガラルの門戸を叩くより先にやるべきことがあるはずでしょう」
最近、僕達がガラルさんの工房に出入りしているのがバレていたみたいだ。
「……セツナ先生、家の母が言っていたのですが」
「聞く耳持ちません、残念ですねアンナくん。では今日の予定ですが」
アンナのセツナ先生への対抗意識は強く。
傍から見ている僕は2人のやり取りに内心では微笑んでいる……何故かって。
親族から殺意を向けられるよりは平和的で、遥かにいいからだ。
「今日は皆さん、延いては魔法学校の新入生は試練の十門に立ち会って頂きます」
「「「試練の十門?」」」
アンナやエドにオゴロは聞きなれないその単語に首を傾げた。
「試練の十門とは、要は占いですね。先見の明のある賢者に、未来を占って頂くのです。ここで重要になって来るのは、皆さんは分を弁えた言動を心掛けることです。いつかあったように突然泣き出されても、私は何もできませんからねクスィーさん」
セツナ先生は炯眼をクスィーに向けると、彼女は表情を強張らせている。
「ちょっと! 貴方はそれでも教師ですか!」
「……さ、最低の屑の皆さん、私について来てください」
アンナが先生にいくら盾突こうとも、結局は冷遇されるだけだった。
セツナ先生の先導に従い、僕らは入学式の時に来た講堂に向かった。
白壁の半球状の天井の下には、今年度の新入生が勢揃いしている。
彼らは皆、僕達より将来を有望された魔法の使い手で。
魔法など架空の存在でしかなかった地球からやって来た僕からは、壮観に見えた。
一見は小学生が健康診断を受けている光景にしか見えないんだけどね。
「ルウ! お前達も試練の十門を受けるのか?」
「コリンズ、駄目だよ。公の場で僕達に話し掛けたら君まで」
「弱弱しいこと言うなよ、俺とお前達は友達だろ?」
気持ちは嬉しいが、実際、僕達は周囲からさっそく白い目で見られている。
――あれ、ジャンククラスだぜ?
――プラチナクラスの生徒がジャンククラスのゴミに何の用なんだろうな。
「……そこのお前ら! 何か文句あるなら正面向かって言えよ!」
「止めなよコリンズ、気持ちだけ受け取っておくよ」
プラチナクラスの彼が僕達を庇う姿勢は、ある種の人間を惨めにする。
例えばプライドの高いアンナや、いつもコリンズと楽しくじゃれ合っているエド。
2人はコリンズの施しを、どう捉えていたことだろうか。
「コリンズくん、君はいささか問題児のようですね。友人を庇うのも宜しいですが、それと同じくして君のクラスメイトや担任の先生を気遣ってはいかがです? 言動が独善的だと、君の将来がしれます」
「ちぇ、まぁ、また放課後な」
セツナ先生は例え格上の相手だろうと、態度を一貫している。
その点は素晴らしいと思えた。
「さ、皆さんはこのまま待機です。最低の屑の皆さんが試練の十門を授かるのは一番最後ですよ」
先生の台詞を聞いた他のクラスの生徒が失笑していた。
◇
「……暇だな」
「それを言うな、退屈で死にそうなのに」
エドが暇という単語を口にして計10回目。
アンナが退屈という単語を口にしたのは5回。
他の生徒の試練の十門を遠目で見守って3時間は経った。
なんでも試練の十門は、直面する者と、そうでない者に別たれるらしい。
つまり、今から予言される未来は絶対ではない。
「もうそろそろ俺達の番だよな? お腹へったー」
エドが腹部を手でさすり、空腹を紛らわせていると。
「みんなは、試練の十門をどう思う?」
クスィーが試練の十門の感想を聞いて来た。
「……正直、当てにならないかと」
「どうしてそう思うの、ヒューちゃん」
「さっきから他の生徒の表情を見てたのですが、みんな身が入ってないので……恐らく試練の十門は――」
と、受け答えしてたヒューの口をセツナ先生は刀の鞘の先で制止していた。
「今、大変失礼なことを言おうとしてませんでしたか、ヒューさん」
「……失礼しました」
「言ったでしょ、君達のような最低の屑は分を弁えて行動しなさいと」
「はい」
「……具体的な罰は明日までに考えておきましょう」
セツナ先生のこの言葉が卑猥に聞こえるのは気のせいだろうか?
ヒューじゃないけど、試練の十門にかんしては僕も同様の感想だった。
先に試練の十門を受けた生徒は、一様に首を傾げていたし。
きっとその正体は宣託をさずけている賢者の、せめてもの仕事なのだろう。地球での占いはバーナム効果といい、誰にでも当てはまるような事柄を述べるのが一般的なのだから。
「さて、ジャンククラスの順番のようですね」
「やっとかー! くっそー、お腹がへりすぎて裏返りそうだ」
「エドくん、煩いですよ。では皆さん参りましょう」
言っておきますが、くれぐれも賢者様に失礼のないように。
その前言だけ耳にし、僕達は予言の賢者の前に向かった。
試練の十門――魔法学校の新入生が受ける通過儀礼の1つで。魔法学校に通い始めて1ヶ月目の今日日、僕達ジャンククラスの面々もその通過儀礼を授かる運びとなった。
「失礼します」
「ああ、お入りなさい、若き革命児たちよ」
試練の十門を授かる場所は、学校の講堂に仮設されたテントの中だった。
深い紫色のテントの入り口をくぐると、中には賢者の1人がいる。
「お初にお目に掛かります」
名も知れない老いぼれ賢者に、僕は恭しく挨拶をする。
僕についでクラスのみんなも予言の賢者に頭を垂れた。
「礼儀正しくて宜しい。さて、今から話すのは君達の運命について。君達がこれから立ち向かわねばならぬ人生の試練についてだ。これは直面する者と、そうでない者に別たれる。つまり、私が今から伝えることは絶対ではないのだと理解しなさい」
「はい」
「……では、先ずは君が持っている十の試練から伝えよう。名前は?」
老いた賢者は眼力を強くして、僕の名前を尋ねた。
きっとこれまでの生徒とは違い、素直で誠実に映ったのだろう。
「ルウと申します、賢者様」
「お前の将来は明るいだろう、これは試練の十門ではない、私の所感だ」
21年に及ぶ前世の経験――主にアルバイトや接客業――がここに来て活きて来た訳か。
賢者の両脇には試練の十門に使われる儀式用の小物が置かれ。
彼の足元にはメフィストさんも使っていた光る魔法陣が這っている。
「では、今からルウに、十の試練を伝える……っ!?」
試練の十門とやらは音を伴わず、何ら違和感がない。
しかし、そういう手合いこそ怖いのだといつかメフィストさんが言っていた。
普通、魔法にはそれに見合った違和感を覚えるものだが。
上手の連中ほど魔法によって起こる違和感をあえて無くし。
魔法の痕跡を残さないのだと言う。
「……賢者様、僕の試練はどんなものなのでしょうか?」
「小僧、ちなみにまで聞くが、お前のMPは?」
「0です」
「つまりお前はメフィストの弟子か、メフィストめ、私に隠し事をするとは味な真似をしよる」
「メフィストさんをご存知なのですか?」
別にこのご老体がメフィストさんを知っていても、不思議じゃない。
2人は王国に名を馳せる賢者だ。
僕は賢者の総数を把握してないけど、そう多くはないだろう。
「知ってるも何も、メフィストは儂の弟子だった者よ」
「そうだったのですか? 初めて知りました」
「つまりお前は儂の孫弟子にあたるわけだな」
世間は広いようで狭い。
まさかご老体がメフィストさんの師匠だとは、露知らず。
その事で僕は彼に興味を持つようになった。
「さて、肝心のお前の十の試練だが……ここでは言い辛い。後でメフィストと一緒に私を尋ねに来なさい」
「畏まりました」
「他の者もそれでよいかな?」
と、ご老体が言うと、ジャンククラスのみんなは畏まった。
つまり僕達は賢者の塔に、再びご招待に預かった訳だ。
今度のは僕の独断専行じゃなく、メフィストさんの師匠さんによる正式なもの。
賢者からの招待に預かることは早々ないだろうし。
極度に緊張していたクスィーも、表情を和らげていた。
「では、この後で私が責任を持ってジャンククラスの面々を賢者の塔に遣わせます。お忙しい中、本日は試練の十門を授けてくださり誠にありがとう御座いました」
「ふぉふぉ、と言ってもまだ試練の十門は伝えてないのでな。待っているぞ」
ご老体はそう言うと、僕達の前から姿を消した。
転移魔法を使ったんだろうけど、やはり魔法の痕跡らしいものはない。
「ルウ、エド、オゴロ、試練の十門はどうだった?」
「俺達はまだ試練の十門をうけてないぜー」
「なんでだよ?」
待っていたコリンズはエドの説明に首を傾げている。
そのコリンズにオゴロが嬉々として事情を説明し始めた。
「僕達はこれから賢者の塔に行くんだ、賢者様が直々に招待してくれたんだよ」
「へぇ、俺もついていっていいのかな?」
コリンズはついて来たそうにしているが、さすがに肯定できない。
「コリンズくん、賢者の塔には私達だけで行きます。今日はこのままお引き取りください」
「それって大丈夫か?」
コリンズを帰らせようとしていたセツナ先生が「どういう意味でしょうか」と聞き返すと。
「だってセツナ先生って、聞いた話によると多重人格なんだろ? 八方美人癖というかさ」
「……その話を、一体誰から聞いたのか、一度ジャンククラスの皆さんと面談する必要がありそうですね」
ま、まあ、こんな感じになったけど。
セツナ先生のことだから、何を聞かされても堂々とするだろうと思えた。




