座禅
ここは魔法王国の首都の外れにある森を、南下した先にある湖だ。
メフィストさんが言うには、この湖は幻想湖と呼ばれ。獰猛で凶悪な幻想生物――竜の巣窟で。深いえんじ色の鱗を持った竜の正体が、まさか知り合いだとは思わないじゃないか。
「本当にゾロさんなのですか?」
世には人の精神に干渉し、知り合いに化ける魔法まである。
異世界グロウエッグでも強大な竜がその魔法を使っても別におかしくはない。
「ああ、俺の正体はこの湖に住む竜の一角だ。王都で露天商やってたのは、ちょっと入用だったんだよ」
「そうだったんですね……この湖に住む竜は王国でも神格化されていますし」
もうちょっとやりようがあったんじゃないですか?
そう問うと、ゾロさんは両手で顔を覆っていた。
「金とは別件で、情報も仕入れたくてな。それよりもルウ、さっきも言ったようにここは人間が立ち入っていい場所じゃない。即刻この場を立ち去ってくれないか」
「これは面白い、強大な力の象徴である竜が人間の子供と馴れ合うのか」
使役していたケルベロスは笑い者にするように言う。
「その子は特別な存在なんだよ、現にお前だって召喚されたじゃねーか」
ゾロさんに指摘されると、ケルベルスは低く唸る。
「さ、帰った帰った。ルウ、事情は知らねーが、もう迂闊に来るんじゃないぞ」
これは君とお兄さんの約束だ。と、いつかあったゾロさんとのやり取りを再度して。
僕は極度の緊張感から解放され、度を越してちょっとした幸福を噛みしめていた。
◇
湖から帰ると、出立前まで意気込んでいたアンナが僕に飛びついた。
「大丈夫? どこも怪我ないよね」
「うん、竜はあのあと引き返してくれたから」
「幻想湖の竜と遭遇して生還するのは王宮の兵士でも中々できないことですよ、皆さん、ルウくんの悪運に拍手を送りましょう。パチ、パチ、パチ」
セツナ先生が皮肉気にそう言うと、生徒は誰も拍手してなかった。
「先生、とりあえず今日の授業はこれで終わりですよね?」
「腑抜けてますね、ですが約束通り今日はこの辺にしておいて差し上げましょう」
今日の授業はこれで終わりのようだ。
この後はクックの授業が終わり次第、ポーションの製造法を習う予定だ。
今日のように、僕達、ジャンククラスの人間はろくに魔法の勉強も受けられない。
MP量が少ない生徒に魔法の授業をしても無駄だ、という見解なのだろう。
別にそれ自体に異議を唱えるつもりはないけど。
せめてジャンククラスの生徒が今後自力で生計を立てられるような工夫は施して欲しい。
「セツナ先生、明日の予定は?」
「それは私個人の予定を伺っているのですか?」
「いえ、クラスの授業内容についてです」
「そうですね……明日はどこへ行っても恥ずかしくないよう、行儀作法について勉強することにしましょう」
よし、明日の授業は昨日今日ほど、疲れない内容っぽい。なら今日の放課後はジャンククラスのみんなを集めて一緒にポーションの作り方を学ぼう。
問題は放課後まで何をするかだけど、そうだ。
みんなを一度賢者の塔に連れて行き、メフィストさんに紹介したい。
「さ、お開きにしますよ皆さん。解散してください」
先生が立ち去ると、森の中に残された僕達はお葬式ムードだ。
アンナは僕から離れ、へこむようにうずくまっているし。
他の生徒にしたって、悲壮感が漂っている。
「じゃあ、俺は帰るよ。明日は学校に行くかわからないけど」
「待ってエド」
「なんだよ、お前がすげーのはわかったけど、お前以外は落ちこぼれなんだ」
だから気安く呼び止めるなって言いたいのかな。
学校の人間は幼少の子たちに劣等感を植えつけて、一体何がしたいんだ。
「みんなを、賢者の塔に招待したいんだ。たしかに今の僕達は今日みたく、強力な魔物に遭遇したら何も出来ないけど、それでも少しは成長しないと、両親に申し訳ないだろ?」
その旨を伝えると、みんなは俯きかげんだった顔を上げる。
「本当に、行っていいの?」
「もちろんだよクスィー」
「賢者の塔って、王国でも一握りのエリートしか入れない場所でしょ?」
身体を震わせるクスィーによりそっていたヒューさんは確認を取るようにしていた。
改めて聞かれると、断言できないけど、たぶん大丈夫。
「みんなが自由に出入りするのは確かにまずいと思うけど、今日一日ぐらいならたぶん大丈夫だよ」
メフィストさんの招待に預かったことにすればいいと思うし。
「賢者の塔に行けば僕も必殺技使えるようになるかな?」
オゴロは瞳を輝かせて聞いて来る。
余り自覚はなかったけど、僕を含めたみんなはまだ6歳の子供なんだよな。
◇
「メフィストさん、いますか?」
「私ならここにいるぞルウ、今日の授業はもう終わりか? 早いな」
クラスメイトを連れて、メフィストさんの部屋に向かった。
「おや? 君達はどなたかな?」
「初めまして賢者様、私達はルウくんのクラスメイトです」
「お邪魔します」
「……ふむ、今日はよく来てくれたな。詰まらない所だが、少し羽休めしていくといい」
気のせいか、いや、気のせいじゃなく、メフィストさんの表情が優れない。
メフィストさんは背後にいたユルシアに目配せすると。
「ルウ、ちょっとこっち来て」
ユルシアは僕の首根っこを捕まえて、その場を後にした。
やっぱり部外者が許可なく賢者の塔に入るのは不味かったようで。
僕はユルシアから二度と迂闊な真似をしないよう言い付けられる。
「次はないよ?」
「わかりました、今回は僕が悪かったです」
意気を消沈させていると、ユルシアは僕の頭に手をやり撫で始める。
「ルウは賢い子だから、大丈夫だと思う」
ユルシアの顔を立てる訳じゃなく、僕はもっと危機感を持つべきだ。
子供と言えど、悪意を持ってここに来ない訳じゃないし。まだ右も左もわからない子供だからこそ、利用されやすい。もしも今日連れて来たクラスメイトが賢者の塔に好きに出入りするようになったら、他の賢者の研究が漏洩する危険性もある。
僕自身も誰かに悪用されないよう気をつけないといけなかった。
ユルシアと共にメフィストさんの部屋に帰ると。
「何してるのみんな?」
「精神統一」
「精神統一?」
クラスメイト達は、メフィストさんの部屋で座禅をくんでいた。
「どうすれば他に馬鹿にされなくなるのか聞かれてな。私も幼少の頃は周囲から馬鹿にされ続けたことを思い出して、当時の私が耽っていた方法をとりあえず教えたんだ」
メフィストさんの正体はエルフだと言うが。
座禅するエルフって、斬新だよな。




