人としての尊厳
「ルウくん、ご入学おめでとー」
「ありがとうクック」
「ルウ、これは俺からの入学祝だ。もし良ければ受け取ってくれ」
クックからは祝辞を貰い、父親のガラルさんからは祝い品まで頂く。
「ありがとうございます2人とも、僕なんかのためにこんなに」
「いいんだルウ、お前は俺の亡き息子によく似ているしな」
「……ガラルさんには、元々息子さんがいらっしゃったんですね」
「いないが?」
は?
「今のはほんの冗談だ」
「お父さんはね、お酒が入ると冗談いいたくなるの」
水の宝珠が安置された裏町の井戸にほど近い料理屋ピーナッツは、今日は僕達の貸し切りだった。RPGなどでよく見かける宿屋をかねた2階建て木造りのお店なんだけど。
「メデテェナァ、坊主は魔法学校に入りたてなんだってな?」
「今日は楽しくやらして貰ってるよ、女賢者」
貸し切り……だったはずなんだけど、他の客もいるようだし。
なんでも今も飲み食いしている客の代金はメフィストさん持ちらしい。
「どういうことだ店主?」
メフィストさんが率直に問うと、ここら辺りではマザーメアリーの名で通っている女将さんが闊達な笑みで答えた。
「いいじゃないか、今日はめでたい日であることには変わりないんだから」
「そうだぞルウ、メアリーはいい人なのだから、困らせてはいけない」
さきほど遭遇し、泥酔した担任のセツナもついて来てしまい、何かほざいている。
どうせセツナ先生はただ酒ができて、急に我に返っただけだろ?
「ルウ、お前は今日から俺の秘蔵っ子認定だチクショオオオオオ!」
「おいセツナ、お前ってば本当に魔法学校の教師だったんだな」
「ったりめぇだろが! 俺は女の前で見栄張っても、クソむさ苦しい野郎にチンケな嘘は吐かない性格してるんだよ。それよりも諸君!!」
セツナ先生は急に地面を蹴って打ち鳴らし、注目を集める。
「……今日の主役はお前達ではない。今日の主役はこの子、ルウだ。この子が生まれ持ったMPは0で、それを理由に今まで家族から酷い迫害を受けて来たらしい。そんな子が、魔法学校に入る意味がわかるか? ゴブッ」
セツナ先生はそう言うと、ゲロを吐きながら前のめりに倒れた。
「わかるわきゃねぇだろ、おぅ坊主、いっちょ俺と飲み比べすっか」
駄目だこの空気、カオス過ぎて馴染めない。
突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込めばいいのか。
「呆れて物も言えんな」
「まさにそうですね」
「とりあえず、適度に腹ごしらえして早々帰るとするか」
ローブで顔を覆ったメフィストさんは、こんなはずじゃなかったとぼやいている。
「何を頼みますかメフィスト様」
「注文はユルシアに任せる、先ずは飲み物だけ選ぼう」
出されたメニューを見つつ、僕はオレンジジュースを頼み。
メフィストさんは魔法水を使った水割りを。
ユルシアはアルコール度数の高い高級酒を、それぞれ頼んだ。
「ヒッヒッヒ、お前らいける口だなぁ」
「セツナ先生、教室での威厳を取り戻してください。その子悪党みたいな口調は止めて」
「馬鹿が、俺が今堅苦しい態度取ったら、殺されるぞ」
「誰にですか?」
「世界でも最強と名高い魔王様に」
……ここは地球じゃなく、魔法の世界なんだ。
魔王という存在がいても、おかしくないよな。
「ヒヒ、にしてもルウ、お前って可愛いよな」
「ルウ、妙な奴を担任に持ってしまったな」
メフィストさんに相槌を打つと、女将さんが飲み物とおつまみをもってやって来る。
「セツナには酒を飲ませておけばいいんだよ、それで従順になるからさ」
「ピィウ、さっすがはマザーメアリー、俺の初めてを奪った人ぉ~」
先生が女将さんとの肉体関係を示唆すると、股間を蹴り上げられていた。
「いたそー」
「ルウとクック、こんな大人になっちゃいかんぞ。それで、お前らはいつ俺に孫の顔を見せてくれる?」
ガラルさんも今日は相当酔っているようすだ。
普段は朴訥な人柄だけど、酒って人を豹変させるんだな。
「あのなガラル、ルウには私という婚約者がいるんだよ」
「うむ、ならばクックは愛人として頑張るんだぞ」
「愛人としてがんばるー」
将来的に、クックはかつての自分の言動を思い出して恥じ入りそうだ。
1つ年上とは言え、クックには愛嬌があるし、よく記憶しておこう。
「よぅしお前ら! 今日の主役のために歌を贈ろうじゃないか!」
セツナ先生は不死身なのか、再び生き返ると店のお客に歌うように誘った。
すると本当にお客さん達は僕に歌ってくれたんだけど。
恥ずかしいったらなかったよ。
◇
見ず知らずの人達に入学を祝ってもらった日の夜。
その日も僕はメフィストさんの胸に抱かれるようにして寝ていた。
仄暗い寝室で、メフィストさんと対峙するように横たわって。
「ルウ、今日はすまなかった」
「いえ、嬉しかったですよ」
「そうか?」
「……カインとグウェルのあの一件で、僕は人が怖くなっていたんですけど」
けど、今日出会った人たちは、怖くなかった。
むしろ今日お店にいた人たちは、みんな優しくて。
「僕は今日、人の優しさに触れ、改めて頑張ろうって思います」
決意表明にも似た台詞をメフィストさんの前で言った。
それはメフィストさんとの誓いのようなもので。
僕はメフィストさんに失望されないよう、この誓いを守るつもりでいる。
するとメフィストさんは、僕を胸に抱き寄せる。
「お前を弟子にひきとってよかったよ、ルウは私の生き甲斐だ」
と言い、僕に人としての尊厳を教えてくれるのだった。




