浴衣を褒め合う
彩香が俺の家に来た日以降の俺たちは、だいたい似たような一週間のサイクルになっていた。
まず彩香のバイトがオフになる週1回は必ず会って、映画に行ったりだとか買い物したりだとかのデート、または図書館で一緒に彩香の宿題の手伝い兼勉強をした。
あと週2回は、俺が彩香のバイト先『にゃんにゃんぱらにゃいす』に行って会うようにしていた。
つまり彩香と一週間のうちに3回は会うというサイクルを続けていた。
ただ、会う機会が週の半分以下だと彩香が寂しがるし俺も正直寂しい気はしていたので、お互いにスマホのメッセージは毎日何かしらを送り合っていた。
そうした日々を繰り返しているうちに、夏休みはあっという間にほぼ終盤まで差し掛かっていた。
午後8時20分。
いつものように俺が勉強をしていたところ、スマホがピロンと鳴った。恐らくバイト終わりの彩香からのメッセージだ。
『やほやほ〜!ね〜、いま思ったんだけど〜、あたしたち、夏っぽいことな〜んにもやってないよね〜。だからさ〜、今度のオフのとき花火大会行こ〜よ!』
彩香から花火大会のお誘いだった。
言われてみれば確かに夏らしいことは何もやってはいなかった。
海とかプールとかにも行ってないし、そういえば今年はスイカも食べてない。
ただただ家では勉強や『黒猫探偵の殺人』の読書、外では彩香とのデートや宿題の手伝いを繰り返していただけだった。
いやしかし、これでも俺の夏休みの過ごし方としては十分に進歩はしているのだ。
なにせ去年までは孤高のボッチだったので、ひたすら勉強するしか選択肢がなかった。
月曜日から日曜日まで毎日勉強、おはようからおやすみまで勉強、それの繰り返しである。
今の生活を思えばよくあんな日々を過ごすことができたなと我ながら感心、いや、怖さを感じるくらいだ。
と、そんな俺の孤高のボッチ時代の回顧よりも彩香に返信をしなければ。
『バイトお疲れ様。いいね、花火大会行こうか』
『やったっ!じゃあ楽しみにしてるね〜!』
『俺も楽しみにしておくよ』
『あ、そだそだ!よかったらさ〜、お互い浴衣で花火大会行かない〜?てゆーか、絶対に浴衣がいい……。ね?お願い……』
俺たちが送り合っているのはただのメッセージなのに、「ね?お願い……」と俺の腕を掴みながら上目遣いで甘える彩香の姿が想像できる。
それにしても浴衣か……。
俺がまだ着たことのない未知の衣類だ。
未知なだけに不安な部分は多々あるが、まあせっかくの機会だ。着てみるチャンスはこの花火大会くらいだし着てみる価値はある。
それに俺は彩香の浴衣姿が見てみたい。
『浴衣、準備しておくよ』
『マジ!?浴衣OKなの!?マーくんありがと〜!じゃああたしも浴衣準備するねっ!ちょー可愛いやつ!』
ちょー可愛いやつときたか。
では俺もちょーカッコいいやつを準備するか。
◆
花火大会当日。
今日は午後5時に彩香と花火大会会場の最寄り駅である大岩井駅前で合流予定だ。
俺はいつものように待ち合わせの10分前に大岩井駅前に到着した。
そして手に提げていた黒の巾着袋から地理の参考書を取り出し勉強を始めた。
彩香曰く、駅前などの待ち合わせ場所で参考書見ながら勉強している人は、今のところ100パーセントの確率で俺とのこと。
なので参考書を見て勉強している人を見つけることは俺を見つけることと同じ意味らしい。
しかし、まさか俺の特技ともいえるどんな場所でも集中して勉強ができる能力が、俺を見つけやすいという部分で役に立つなんて思ってもいなかった。これはある意味大発見だ。
「マーくんおまたせ〜!」
さっそく効果があったのか、参考書を見始めて数分で、彩香の声が耳に入ってきた。
俺は参考書を巾着袋に入れ、ふと顔を上げた。
するとそこには、淡いピンクの浴衣に身を包み、同じくピンクの小さな巾着袋を手に提げた彩香が立っていた。
髪もいつもの下ろした髪型ではなく、浴衣に合わせるように巻いてふんわりと整っている。
足元についても、いつものカジュアルでラフなものとは違う下駄スタイルだった。
「お、おう、そんな待ってないぞ。それよりもだ。……か、可愛いぞ。今日は一段と」
「うわ〜!かつてないデレが出た〜!このこのっ!」
「う、うるさい!あと脇腹を小突くな!」
「えへへっ。ということで〜、じゃああたしからもヒトコト……。カッコいいよ、マーくん。黒の浴衣が大人っぽくてすごく似合ってる。今のマーくん見て、もっと好きになっちゃった」
はにかんだ顔をしながら彩香は俺を見つめ、そのあと耳元でやさしく囁いた。
カッコいいよ、もっと好きになっちゃった、か。そんな言葉をこんなに可愛い女の子に俺が言われるなんて思ってもいなかった。
浴衣をどうするか母さんや真鈴に相談して、黒で統一しようと決めた甲斐があった。「お兄ちゃんは黒が絶対似合う!」と言っていた真鈴の言葉を信じてよかった。
それにしても、今日もいきなり至高のビッチが炸裂か。おかげで俺の心臓は爆裂しそうだ。
半年前の俺に今の状況を伝えたら、夢なんか見てないでさっさと現実見て勉強しろ、と言われそうなくらいだ。
「マーくん照れすぎ照れすぎ〜!」
「て、照れてない……!」
「にしし〜。じゃあトクベツに照れてないってことにしとくよ。さっ、それよりも早く花火大会の会場行こ?出店とかもたっくさん出てるらしいよ〜!あたし楽しみだな〜!」
「そうだな。花火が見やすい場所も調べないといけないし、早く会場付近に行こうか」
「じゃあしゅっぱーつ!」
彩香の明るい声が響いた。
そして俺たちは手を繋ぎ、指を絡めて歩きだした。




