部屋で二人で
部屋に逃げ込んだ俺たちは、やっと落ち着いて二人で話ができる状況になった。
彩香は部屋の隅に置いていたクッションを抱いてベッドに背をもたれかかって女の子座りで床に座った。
俺もそんな彩香の隣に胡座をかいて座り、そっと話し始めた。
「彩香、ごめんな。母さんと真鈴があんなことばっかり聞きたがるとんでもないアホ家族で……」
「いや、気にしてないよ、そんなに……。そ、それより、早くあの意味でも調べたら?」
あの意味……。
さっき何度も会話に出てきた英語のことだな。
俺はさっそくスマホでネット検索し、調べてみることにした。
……。
…………。
………………。
……………………。
うん。調べてみて改めて思った。
俺たちは真っ昼間からなんて会話をしてたんだよ、と。
「彩香、あんな会話に巻き込んでしまって本当にごめん」
「いいよ。そんな謝んなくてさ」
「あと俺が知らなかったばっかりに、彩香にあんな発言をさせてしまって……」
「まあそれは確かに、恥ずかった……かな……」
そして沈黙。
まあこんなことがあったら沈黙にもなりますよね。
しかし、俺たちはもう付き合っているカップルだ。実際にさっきのような英語のことを今後するのだろうと思う。
そして問題となるのは、その英語のどこまでをやるか。これは今のうちに考えておくべきなんじゃないかと思った。
まず恐らくだが近いうちに『A』はするかもしれない。
それで俺としては『B』をやったらそのままの流れで『C』までいってしまう気がする。
と、ここでひとつ。
俺たちはカップルだがその前に高校生だ。
もし『C』をして万が一にもデキちゃったとかなったら、高校生活に支障が出るのは間違いない。退学も視野に入れなければならないだろう。
俺にとって『C』とは、そのくらいの重みのある行為だと考えている。安易にできるものではないと思っている。
そして俺は、今がそういうことを話せるチャンスだと考える。そういうことを話せる雰囲気なんてそうそうないと思うから。だから話すなら今しかない。俺は話す。勇気を持って話すぞ。
「彩香、聞いてくれ。さっきの英語についてだが、俺は『A』まではいいと思っている。だが『B』をやったら恐らく歯止めが利かなくなって、そのまま『C』までやってしまうと思っている。彩香がこのことについてどこまでならやってもいいと思っているかはわからないが、少なくとも俺は彩香のことを大切にしたいと思っている。だから俺は、高校を卒業するまでは『B』と『C』はやめておきたい」
正直こういうことを彼女に宣言することが正しいことなのかどうかわからない。
だが、俺はこの件についてはハッキリと定めておく必要があると思った。だから俺は言った。後悔はない。
しかし、俺が勇気を出してそういうことを言ったものの、彩香からは反応の声がなかった。
俺は俯き気味だった彩香の顔を見た。
すると、彩香はぽろぽろと目から涙を流し始めた。
「あ、彩香?」
背中に手を添えて心配するも、彩香は鼻をすすって、ただただ目を赤くして泣くだけだった。
俺はやはり間違ったことを言ってしまったのか?
だがもう言ったことを消すことはできない。後戻りはできない。
もし今さっきの俺の発言が最悪な一言だったのだとしたら、俺たちの関係は終わる。そう思った。
そしてしばらく彩香は泣いたあと、やっと口を開いて話し始めた。
「マーくん……マジありがとね……」
「あ、ありがとう……?」
「うん。あたしのこと、しっかりと考えてくれているんだなあって思ったら……なんだか涙が……止まらなくなっちゃったよ……ううっ……」
「彩香……」
俺は彩香をそっと引き寄せてやさしく抱きしめた。
涙に濡れた彩香は、か弱く儚い存在のように思えた。
「男の子の中にはね、ただ女の子のカラダだけを目的として付き合ったりする人もいるんだよ……。でもマーくんは……やっぱりそんな人じゃなかった……。しっかりとあたしのことを考えてくれる……やさしいマーくんだった……。もうあたし、大好きが止まらないよ……」
彩香からとめどなく溢れる涙を見ていると、なぜだか俺まで涙が出てきた。
まるで星空を見たあの日みたいだ。
「彩香……。俺も彩香が大好きだ。だから俺は……彩香を大切にする。大切に守っていくから……」
「うん……ありがと……」
それからしばらくの間、俺たちは抱きしめ合った。涙が乾くまで。
◆
泣き終えてすっかり元の状態に戻ったあと、俺たちは改めて話をした。
そして高校生の間は『A』までにしようということになった。
また、『A』についても、『A』をしたくなる雰囲気が来たらしようという話になった。
その時がいつ来るかはまだわからないが、これからも俺たちが仲良く付き合っていけば、いつかはやってくるのだろうと思っている。俺はそう思うことにした。
それに、このゆっくりと進む関係のほうがやっぱり俺たちらしいとも思うしな。
「ねーねー、ここの宿題の問題の答え教えて〜」
「宿題はな、なるべく自力でやるべきものだぞ」
「ぶー。マーくんのイジワル……」
お得意の頬を膨らませて、彩香は不貞腐れた表情になった。
「まあ、でも、なんだ。特別に一緒に見て教えてやるから、その問題のとこを見せてみろ」
「でた!マーくんのツンデレ!」
「そんなこと言うと教えてやらんぞ」
「あっ、ひっどーい!『一緒に見て教えてやるから』って言ったばっかのくせにー。この家のルール『嘘はつかない』を無視する気なのー?」
「ぐっ……」
「ねっ、教えて?」
「ほら、さっさと見せてみろ」
部屋の中央に置いた四角のテーブルに、二人分のノートと教科書を並べて宿題を進める。ペアボールペンをお互い持って。
◆
「彩香ちゃん、よかったら晩ごはん食べてかない?」
午後6時。
俺たちが休憩のためにリビングに戻ったところ、母さんが彩香に晩ごはんのお誘いをしてきた。
「いえ、お邪魔させてもらったうえに晩ごはんまでいただくなんてそんな……」
「遠慮しなくてもいいのよ。なんならお泊まりしていってもいいんだから。もちろんベッドはマサくんと一緒のところだけどねっ」
母さんは性懲りもなく彩香にいかがわしい話をふっかけてきた。
ぶっちゃけ昨日から今日にかけて母さんと真鈴にはイラッときている。ここは俺がガツンと言わないといけないと思う。男として。彩香の彼氏として。
「母さん、俺たちは高校生の間は『A』までしかしないって決めたから。だから俺の彩香にそんなこと言うのはやめろ」
「あらあら……」
母さんは俺の怒りの声を聞いてか、「あらあら……」と言ったあと黙ってしまった。
だが真っ直ぐに俺の目を見つめている。
「なんか文句でもあるか?」
「いえ、逆よ。文句なんかない。母さん安心したわ。ちゃんと将来のことを考えてお付き合いしてるんだなあって思って。健全だなって。彩香ちゃん、今日はごめんなさいね。意地悪なことばっかり言って。実はほいほい『C』をやるようなふしだらな関係だったら、ちょっと叱ろうかとも思ってたの。でも安心した。二人はきっといい夫婦になれるわ」
母さんはやさしい眼差しで俺たちを見てきた。
今の話から察するに、どうやら母さんは俺たちを試していたらしい。だからこその、あのいかがわしい発言の連発だったのだろう。……たぶん。恐らく。
ってか、母さん今、『いい夫婦になれるわ』って言ってなかったか?
「あ、あの……。あたしたち、夫婦はまだ早いかと……」
「なに言ってんのよ彩香ちゃん!もうこの関係は私から言わせればカップルどころか夫婦よ!夫婦!フーフー!なーんちゃって!」
結局母さんは最後もふざけてきた。でもまあ、もういいか。なんか疲れた。
「母さん、彩香は明日バイトがあるから泊まるのは無理だ。でもまあ、晩ごはんくらいはいいんじゃないか?なあ彩香?」
「えっ、その、ご迷惑ではないのですか……?」
「迷惑なわけないじゃない!むしろ歓迎よ!」
「あ、ありがとうございます!では是非とも晩ごはんをご一緒させてください!」
そう言うと彩香はぺこりと頭を下げた。
それにしても彩香はすごく丁寧に話すな。まるでお嬢様みたいだ。
実はギャルビッチ語とお嬢様語を使いこなせるハイブリッドガールなのか?
まあなんだかんだで国語の順位も1位だったし、これくらいのことは本当は簡単にできるのかもしれない。
実は普段から丁寧に話せるけど、ギャルビッチ語を使って派手な姿で惑わしているだけなのかもな。能ある鷹は爪を隠すみたいな。
その後、俺と彩香は母さんと真鈴より先に、晩ごはんの赤飯やかぼちゃの煮物を食べた。
そして家に帰る彩香を送るために俺は駅まで送った。
それにしても今日はなんか疲れた一日だった。




