至高のビッチ、家に来る。
夏休みになって彩香のバイトが最初にオフとなった今日。
俺は照りつける太陽の下、自宅の最寄り駅である三子玉山駅へと歩いて向かっていた。
というのも、彩香と駅前で待ち合わせをしているからだ。
なぜ彩香がわざわざ俺の家の最寄り駅まで来ることになってしまったのか。それは昨日の夜に遡る。
◆
「ねえ、マサくん。明日は彩香ちゃんはバイトお休みなのよね?」
「ああそうだけど」
「それでまだどこに遊びに行くかは決めてないのよね?」
「まだ決めてはないけど……。母さんは何が言いたいんだ?」
「じゃあぶっちゃけて言うわね。母さん生の彩香ちゃんが見たいなあー。あー見たい見たい。見たいなー」
「私も私もー!彩香さんを見たーい!あー見たいなー!」
「見ったーい!見ったーい!見ったーい!見ったーい!」
「母さん、真鈴、二人して『見ったーい!』って連呼するのはやめろ!いいからとりあえず大人しくしてくれ!近所迷惑になるから!」
「生の彩香ちゃんを家に連れてきてくれるって約束してくれたら大人しくするわよ!」
「もしも連れてこないって言ったら?」
「見ったーい!見ったーい!見ったーい!見ったーい!」
「ああもうわかった!連れてくる!連れてくるから!」
◆
昨日の思い出したくもない家族の会話の記憶である。早く脳内から消し去りたい。
と、忌々しい記憶を思い出しながら歩いているうちに駅前へと到着した。
駅の時計盤を見たところ時刻は午後1時3分だった。あとちょっとで彩香が到着する時間だが……。
あ、来た来た!
俺が彩香に向けて手を振ったところ、彩香も笑顔で手を振り返してきた。
彩香は変わらず元気な様子だった。
そして今日は英語の文字が入った白プリントTシャツとジーンズのショートパンツ、それとオレンジのラインが入ったサンダルという、夏らしいカジュアルスタイルのファッションだった。
「マーくん久しぶり〜!いや、3日ぶりかな?とりあえずこの前のメイド喫茶以来だねー!」
「そうだな、あの日会った以来だから3日ぶりかな。……と、それよりも、わざわざ来てもらってごめんな」
「そんな謝ることないってー。だってあたしー、近いうちに一回はマーくん家に行ってみたいなーって思ってたからさ」
「そうか……。いや、なんか無理に言っちゃった気がしたから……」
「ほら!気にしない気にしない!さー行こ行こっ!」
彩香は俺の肩をぽんっと軽く叩くと、スタスタと歩き出した。
「彩香、そっちの道じゃなくてこっちだ」
「あーマーくん家こっちだと思って歩き始めたんだけど間違ってたかー」
「ほら、手出して。連れてってやるから」
俺は手を差し出す。そして彩香は俺の手をぎゅっと握った。
「にへへ〜。マーくんの手、やっぱり大きくてあったか〜い」
「じゃあ家まで行くぞ」
「よろよろ〜!」
こうして俺は彩香と手を繋いで雑談しながら家へと帰って行った。
今日は母さんと真鈴の熱烈なリクエストにお応えする形で彩香を家へ連れてくる予定となっている。
だがせっかくの彩香のバイト休みを、ただ俺の家で無駄話などするだけで過ごすというのは非常にもったいない。
ということで今日は、俺の家で彩香と一緒に夏休みの宿題をやるついでに母さんと真鈴とも会う、という話で母さんたちと交渉していた。
「着いたぞ。ここが俺の家だ」
「おおー!ここがマーくん家なんだね!一軒家!」
「中古の安いオンボロ一軒家だけどな。中は狭いし壁も剥がれてるぞ」
「そんな人の家の老朽化具合はどーでもいいってー!ってことで、お邪魔してもいい?」
「ああ、一緒に入ろうか」
俺は玄関のドアの鍵を開けて彩香とともに家の中に入った。
すると待ってましたと言わんばかりに、母さんが玄関にドタドタとやってきた。
「ただいま」
「お、お邪魔しまーす!」
「あらあら、ようこそ彩香ちゃん!外暑かったでしょう?さっ、早く中に入って涼んでちょうだい。エアコンガンガンガンガンつけてるから」
「あ、ありがとうございまーす!ではさっそく……」
サンダルを脱いで生足となった彩香が母さんに促されるままリビングへ連れられていく。
しかし、俺の家に俺の知り合い、しかも彼女が来るだなんて思ってもいなかった。なんだか不思議だ……。
そんなことを思いながら、彩香が家に上がっていく光景を俺は後ろから眺めていた。
そして俺も家に上がってリビングに入った。リビングでは真鈴がそわそわした様子で彩香を見ていた。
「あ、彩香さん、私、お兄ちゃんの妹で真鈴といいます!その、今後ともよろしくお願いします……!」
「わー!真鈴ちゃんってゆーんだー!このツインテール漫画に出てくる子みたいで可愛いねー!」
「はうっ」
真鈴は突然彩香に思いっきりハグされた。
てか「はうっ」なんて真鈴らしくない声が出てる。どうやら思った以上に緊張しているようだ。
そして相変わらず彩香のコミュ力が高い。さすが至高のビッチ。
それから俺と彩香はソファに座り、母さんお手製の冷たい麦茶を飲んで涼んでいた。
「それにしてもプリクラで姿は見てたけど、まさか生の彩香ちゃんがこんなに可愛くて美人さんだなんて!母さん感激だわ!」
「お兄ちゃんも隅に置けないなあ!このこのっ!」
母さんとすっかりいつもの調子を取り戻した真鈴だけで話がどんどん膨らんでいく。
てか真鈴、「このこのっ!」って言いながら肘で俺を小突くな。地味に痛いだろ。
「しかしマサくん、あなたって9回裏ツーアウト満塁カウントツースリーからの6球目でバックスクリーンに逆転満塁サヨナラホームランを打っちゃうような子だったのね。お母さん知らなかったわ」
「いや、お母さんそれは違うね。延長後半アディショナルタイムのラストワンプレーでコーナキックからゴールキーパーがダイビングヘッドでゴールを決めてそのまま試合終了になるタイプだね」
「えーと、マーくん?この二人は何を言ってんの?」
「あんまり気にしないほうがいい。気にするだけ無駄だ」
俺は彩香にそっと小声でアドバイスした。
二人の言葉はさすがの彩香でも理解不能だったらしい。
ただそれからも母さんと真鈴の暴走は続き、彩香は質問攻めとなっていた。
母さんと真鈴、どんだけ彩香と話したかったんだよ。
「さて、そろそろここで我が家のルールを説明しないといけないわね」
突然母さんが我が家のルールの話を切り出してきた。
なんだ?
何か嘘ついたら駄目みたいな質問でも聞いてくるのか?
「我が家には『嘘をつかない』というルールが存在します。そして、我が家に踏み込んだからには、彩香ちゃんも我が家のルールに従ってもらいます」
「おい母さん、何を言っているんだ。彩香は彼女とはいえ、よその家の子だぞ。そして何を聞こうとしているんだ」
「マサくんは静かにしていなさい」
母さんの目が真面目モードになっていた。俺はその母さんの眼圧に押されて思わず黙ってしまう。
「まず、このルールに治外法権は認められません。また黙秘権も認められません。では真鈴、何か質問があるのよね?さあ、彩香ちゃんに尋ねてごらんなさい」
母さんから質問する機会を与えられた真鈴は一呼吸置いた。そして俺と彩香の耳元でそっと尋ねてきた。
「彩香さんたちって、ぶっちゃけどこまでヤったの?」
「ごふっ」
いかん、思わず麦茶を吹き出しそうになってしまった。
それにしても真鈴は急になんてことを聞いているんだ。お兄ちゃんは真鈴をそんなこと聞くような子に育てた覚えはないぞ。
「こら、真鈴。そんなはしたないこと言わないの。『ぶっちゃけどこまでおヤりになられましたの』でしょ」
母さんは頬をふくらませてぷんすかとわざとらしく怒った。
そうだった。真鈴は俺が育てたわけではなく母さんが育ててしまったんだった。
この母さんがあってこの子である。これが血筋というものなのだろうか。
むしろ俺が間違って母さんから産まれてきてしまったんじゃないかと錯覚するくらいだ。
「でも真鈴、その質問をする必要はないわ。だってソレについては既に母さんがマサくんに確認済みだもの」
「は?」
母さんは何を言っているんだ?
いつ俺にそんないかがわしい質問をした?
「マサくんと彩香ちゃんはね……。もう既にCまで済ませてるのよ」
「ごぶぁっ」
「あ、彩香!?」
彩香が麦茶を吹き出してしまった。俺はすかさず近くにあったティッシュで彩香の粗相のサポートをする。
てか『C』って何だ?
間違いなくいかがわしい話の隠語だとは思うけど、具体的に何の話をしているんだ?
「さすがお兄ちゃんと彩香さんだね!ヤることヤってる〜!」
「ちょっと真鈴は黙ってて。なあ母さん、さっきのCの意味がわからん。一体何を言っているのかさっぱりだ」
「あらまあ、勉強熱心なマサくんが知らないなんて……。これも時代の流れかしらね。死語だからしょうがないのかしらね。今はHIJKっても言うし……」
俺が知らないのは時代の流れにされてしまったが、どうやら彩香と真鈴はあの反応から察するに意味を知っているようだ。
つまりこれは俺の勉強不足。不甲斐ない。ちくしょう。情けない。
ただ、この分野はあまり勉強したくはない気もする。するのだが……やっぱりしておくべきだよな。
「彩香、その、Cってなんだ?」
「あ、あたしにソレを言わせる気なのっ!?もうっ!」
彩香は顔を真っ赤にしてぷいっと横を向いてしまった。
「マサくん……彩香ちゃんにそんなコト言わようとするなんてダメよ。このあとすぐにきちんと一人で調べること。いいわね」
「わかった」
そして母さんに叱られてしまった。
どうやら彩香は口には出したくないことらしい。
しょうがない。俺だけ意味を知らないのも癪なので後ですぐに調べることにしよう。
「あ、あの。ちなみにそのことですけど、今は間違った情報が伝わっちゃってます」
唐突に彩香が発言をした。しかも丁寧な口調で。彩香ってギャルビッチ語以外もちゃんと話せたんだ……。
「あら?じゃあマサくんが嘘をついていたったことなのかしら?」
「は?だからまず、いつそんな質問を俺にしたんだよ?」
「いつって、終電で帰ってきた日じゃない。『初体験、どうだった?』って聞いたら『最高だった』って言ってたじゃない」
「あ?……あ?ああ!あああああっ!」
ああああああああぁぁぁ!
あの時のズレ!
あの時の違和感のズレのことか!
俺はてっきりメイド喫茶の話かと思ってたけど、あれは別の意味の初体験がどうだったかって意味だったのか!
というか母さん俺が終電で帰ってきて早々なんて質問してんだよ!
「か、母さん!あれは違う!あれは誤解が生んだちょっとしたズレみたいなやつだ!俺たちはまだそんなことしていない!」
「あらそうなの?彩香ちゃん?そうなの?」
どうしてそこで彩香に聞く!
「そ、そうです……。あたしたちはまだ何もしていません……。その、Aもまだです……」
彩香はものすごく恥ずかしそうに顔を赤らめて、もじもじしながら答えた。
そしてまた新たな英語『A』が出てきた。
『A』やら『C』やら、一体いくつあるんだ……?
「彩香ちゃん、それは本当なの?」
「本当です。嘘じゃありません」
「どうやらその目……本当のようね……」
母さんは彩香の目を見て嘘をついていないと判断したようだ。そして次第に母さんから何かの熱が下がっていっている気がする。
正直、今が逃げ出すチャンスじゃないか?
これ以上ここにいたらもっと変なことを聞かれかねない。よし、逃げよう。
俺はソファから立ち上がり彩香の手を掴み、「じ、じゃあ俺たちそろそろ宿題とか勉強とか部屋でするから!絶対に部屋には入ってくんなよな!」と去り際に言い放って俺の部屋へと逃げ込んだ。




