にゃんにゃんぱらにゃいす
「母さん、今日は晩ごはんいらないから」
午後5時。
リビングでドラマの再放送を観終えた母さんが晩ごはんの準備を始める前に俺は伝えた。
「あら、もしかして西澤さんとデート?」
「いや、デートじゃないけど彩香に会いに行くんだ」
「あ、彩香……?」
母さんがゆったりとソファから立ち上がり俺をまじまじと見てきた。
「ああ、母さんや真鈴には言ってなかったけど、俺たち正式に付き合うことになったんだ。だから俺は、これから彼氏として彩香……西澤彩香に会いに行ってくる」
すると母さんは突如として大号泣した。
ついさっきもドラマ観て泣いたばっかりなのに、その小さな体のどこにそんな量の涙が溜まっているんだろうってくらい泣きはじめた。
「ううっ……ひとりぼっちだった……マサくんが……本当に西澤さんと結ばれて……。マサくんがこんなに成長……するなんて……」
「母さん、泣かないでよ……」
「うん……そうよね……母さん今日泣きすぎちゃったから……これ以上泣いちゃうとミイラになっちゃうよね……。ぐすんっ……。わかりました。母さん泣かない。もう泣かないわ。……ところで、明日の晩ごはんは赤飯で大丈夫よね?」
「ああ、とびっきり美味しい赤飯をお願いするよ」
早くも明日の晩ごはんが決定した。
そして俺は颯爽と玄関を出ていった。
◆
店の前には可愛らしいポップな文字で『にゃんにゃんぱらにゃいす』と書かれた立て看板があった。
そして看板には猫のキャラクターに扮したメイド服姿の女の子の写真が載っていた。
「なるほどねえ。そういうことだったのか」
俺はこれまでに彩香が言っていたバイト関連の発言を思い出し、ここで全てが繋がった。答えは店の中にある。
腕時計を見た。時刻は午後6時55分。
俺は店の扉を開けた。
「おかえりにゃさいませご主人様っ!」
店に入った途端、猫耳としっぽを付けたメイド服姿の女の子数名からご挨拶をされた。
システムがよくわからないのでとりあえず俺も「ただいま」と一言返す。
すると、「ご主人様!今日はご指名の子はいますかにゃ?」と近くにいたメイドさんから尋ねられた。
「ああ、アヤって子はいますか?」
「アヤにゃんだにゃ?かしこまりましたにゃ!アヤにゃーん!ご指名だにゃー!」
受付してくれたメイドさんが大声でアヤにゃんを呼んだ。そして店の奥のほうからトコトコと、彩香ことアヤにゃんがやってきた。
「ご、ご指名ありがとうございますだにゃ!今日一日、アヤにゃんがご主人様のご奉仕をさせていただきますだにゃ!」
顔を真っ赤にしながら俺にぺこりと頭を下げてご挨拶。
普段の着崩した制服姿とはまた違う、フリフリのメイド服をきちんと身に纏ったアヤにゃんは真新しく見えて、もはや可愛い以外の考えが思い浮かばなかった。
それからアヤにゃんは俺を空いている席に案内し、おしぼりとお菓子のようなおつまみを用意してくれた。
周囲を見回してみると、ピンクやホワイトでデコレーションされた壁やテーブルや椅子だらけで甘い空間が広がっていた。
また俺以外にも既に数名の大人っぽい男性がいて、何やらメイドさんと楽しそうに話していた。
「ご主人様!今日は何時間おくつろぎなされますかにゃ?」
「1時間かな」
「1時間ですにゃ!なお当店は滞在1時間につき500円、また滞在1時間につき1ドリンクオーダー制となっておりますにゃ!」
アヤにゃんが説明を終えると、料理や飲み物が書いてあるメニュー表を俺に見せてきた。
「じゃあオレンジジュースを一つ」
「オレンジジュースを一つですにゃ!かしこまりましたにゃ!ちなみにドリンクに魔法をかけて美味しくできるサービスもありにゃすが、サービスはどうされますかにゃ?」
「サービスねえ……」
「追加で300円ではございにゃすが、サービスを受けたドリンクは格段に美味しくなるのにゃ!」
どうやらアヤにゃんはサービスを付けてほしいようだ。俺を見る目がそう言っている。
しょうがない。俺は魔法なんてものは信じていないが付けてみるとしよう。
「じゃあサービス付きで」
「ありがとうございますにゃ!ではドリンクを作ってきますにゃ!」
注文を受けたアヤにゃんはトコトコと店の裏の方へ消えていった。そのあと間もなくしてオレンジジュースを持ってきた。
「ご主人様!オレンジジュースをお持ちしましたにゃ!」
「ありがとう」
「ご主人様!それでは今からドリンクに魔法をかけますにゃ!一緒に魔法の言葉を唱えてほしいんだにゃ!」
「わかった。で、何と言えばいいんだ?」
「人差し指をドリンクに向けたあと、杖のようにゆらゆらと揺らしにゃがら、『美味しくにゃ〜れ、美味しくにゃ〜れ、にゃにゃん!』だにゃ!」
「なるほど……。『美味しくにゃ〜れ、美味しくにゃ〜れ、にゃにゃん!』だにゃ。……あっ、口調が移ってしまった」
まさか俺がナチュラルに「だにゃ」だなんて言うとは思っていなかったのだろう。アヤにゃんは笑いを堪えるのに必死そうだった。ニヤニヤが止まっていない。
「ご、ご主人様のさっきの『だにゃ』は最高の『だにゃ』だったにゃ!で、では気を取り直して魔法をかけるにゃ!それではご一緒にいくにゃ〜!」
「美味しくにゃ〜れ、美味しくにゃ〜れ、にゃにゃん!」
俺は今日、生まれてはじめて魔法をかけた。さて、これでオレンジジュースがどれほどの美味しさになったのか見ものだな……。
「ではご主人様、ご一緒に『かんぱ〜い』だにゃ!せーの!かんぱ〜い!」
乾杯を済ませ、ストローを吸ってごくりと飲んでみた。
うん、美味い。いつも飲んでいるオレンジジュースよりも若干だが甘く美味しく感じる。
これが魔法の効果だからなのかはわからないが、きっとアヤにゃんが裏で頑張って俺のために準備してくれたからだろう。
このオレンジジュースからは愛情をひしひしと感じる。
「ご主人様、どうですかにゃ?」
「今まで飲んだオレンジジュースの中で一番美味しいと感じる」
「う、嬉しい……。嬉しいだにゃ!ありがとうございますだにゃ!」
アヤにゃんは両手を挙げて嬉しがった。
それからアヤにゃんは近くにあった椅子に座り、俺と自由に話し始めた。
「ご主人様はどうして一人でこのお店に来たのかにゃ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「あ、アヤにゃんに会いたくて会いたくて……堪らなかったからだ……」
「じ、実はアヤにゃんもご主人様に会いたくて会いたくてしょうがなかったのにゃ!考えてること一緒だったのにゃ!つまりご主人様とアヤにゃんは運命共同体なのだにゃ!」
「ぐはっ……」
アヤにゃんからの言葉攻め。
思わず吐血しそうになってしまいそうだった。
それにしてもなんなんだよこれは……。
恥ずかしいったらありゃしない。
でも……アヤにゃんと会えて話せて嬉しかった。
『にゃんにゃんぱらにゃいす』か。来てよかったな。
また来よう、アヤにゃんに会いに。




