一番の彼氏彼女
俺たちは再び星空を眺めながら山頂へと歩きだした。恋人として指を絡め合いながら、ゆっくりと。
「へへっ、マーくんがあたしの一番大好きな人で、一番初めてのカレシになっちゃった」
「そ、そうだったのか?てっきり俺は彼氏なんてこれまでに何人もいたんだと思ってたんだが」
俺は彩香の予想外の言葉に少々驚きながらも聞き返した。
「そんなことないよ〜。だってあたしがこんな風に派手になって至高のビッチって呼ばれ始めたの、高校生になってからだもん。いわゆる高校デビューってヤツ?」
「ははっ、そうだったんだな。じゃあ彩香に関する噂はただの一人歩きってことか?」
「そっ、ウワサはただのウワサってこと」
よかった。俺は安心した。
彩香が本当のビッチじゃなくてビッチの仮面を被った、ただの可愛い高校生だったことに嬉しくなった。
……いや、あぶないあぶない。ひとつ怪しい噂があったな。聞いておかないと。
「でも前にバイトに行く時『大人の男の人たちにご奉仕を〜』って言ってたよな?あれは?」
「あれはね〜。まだヒミツにしときたいな〜。まあ時が来たらマーくんにも何のバイトか教えたげるよ」
「怪しいバイトではないんだよな?」
「アヤしくないよ〜。ちゃ〜んとしたバイト。だからその時がきたら〜、マーくんにもた〜っぷりご奉仕してあげるねっ」
彩香は俺にウインクしてきた。ああ可愛い。
とまあ、バイトについてははぐらかされてしまったが、その時がきたら教えてくれるらしいので俺は待つことにした。
「あ、というか、そもそもどうして高校デビューしようと思ったんだ?」
「んーと、それはね……。ちょっと重い話になるかもだけどいい?」
「ああ、俺は彩香のことはなんでも知りたい。ぜひ教えてくれないか」
彩香にすっかり興味津々となってしまった俺は、何でも知りたい欲求でいっぱいになってしまっていた。
ということで歯止めが利かない俺は高校デビューの秘話についても尋ねてみた。
すると彩香はさっき俺に想いを一気に打ち明けたときのように、大きく一回深呼吸した。そして決心したようで語り始めた。
「あたしのお母さんね、あたしが高校生になるちょっと前に離婚したの。元お父さんから捨てられちゃったの。一番に愛せなくなった、という酷い理由で。それでね、お母さんは病んじゃって……。『彩香はこれから何でも一番になりなさい。こんな風にならないために』って。だからあたしは不安で、一番にならなきゃって思って、一番にこだわってたってワケ。だからまずは高校デビューして、一番の女になろうって思ったの」
「そうだったんだな……」
「うん。それで至高のビッチだなんて陰で呼ばれるようになったけど、やっぱり心の中ではなんか違うなあとも思ってた。で、そんな時に中間テストがあって、マーくんが一番になった。実は中間テストでもあたし勉強ガンバってたんだよ?でもマーくんには勝てなくて……。それで一番になったボッチのマーくんに近付いたってワケ。そのあとの流れはさっき告白する前に想いを打ち明けたとおりかな」
「なるほどねえ」
「そーゆーこと。これが高校デビューしたあたしの理由」
彩香がなぜ一番にこだわってたのかが今の話から理解できた。
彩香は両親のことがあって以降、何かで一番にならないと安心できなくなっていたんだな。
俺はそんな愛くるしい彩香をまた抱きしめたくなった。なのでなんの躊躇いもなく彩香を強く抱きしめた。
すると彩香も俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返してきた。
「彩香、これまで辛かったよな。でももう安心していいぞ。俺の中での一番は彩香だ」
「心配してくれてありがと。うん、正直辛かった。でも今は、一番のマーくんがいるから大丈夫だよ」
抱きしめ合うたびに彩香との心の距離が近くなっていく気がする。
今ならなぜ恋人たちがやたらと抱きしめ合うのかがわかる。抱きしめ合ってお互いの心を確認するためなんだ。そのための行為なんだ。
「実はだな、俺の母さんも元父さんと色々あって昔離婚したんだ。だから今は俺の家族は俺と母さんと妹の三人暮らしなんだ」
「えっ、そうだったんだ……。ふふっ、あたしたち、なんか似てるね」
「実は似たもの同士だったのかもしれないな」
「私服も似てたしね」
「そういやそうだったな。……さあ、そろそろ山頂に行こうか。みんな心配してるだろうからさ」
「うんっ」
そして俺たちは抱きしめ合っていた腕を離したあと、隣同士に並んで再び指を絡め合いながら歩き始めた。
◆
「西澤!大丈夫か?」
山頂に到着する少し手前で、担任の剛力先生が心配して山道を走って下りてきた。
それにいち早く気付いた俺は、とっさに絡め合っていた指を解き、ただの班員のフリをした。
「先生、すみませんでした。西澤がちょっと体調が悪くなってしまって、介抱していたので遅れてしまいました。でも今は体調も戻ったので大丈夫です」
「そうか……。心配したんだぞ。山頂にお前らだけいなかったからな」
剛力先生は安心したのか、ほっと顔が緩んだ。先生は姿こそゴリラだが心は仏のようにやさしいのだろうと思った。
それからしばらくして、俺たちは先生とともに無事に山頂に着いた。
山頂では各班で集まって、星空をしばらく眺めて星座の確認などをしたあと、下山するという流れになっていた。
だが俺たち二人があまりにも遅かったせいで、俺たち西澤班以外はもう山頂にはいなかった。他の班は全部下山していた。
「二人とも、遅かったから心配したんだよ〜!」
「彩香、大丈夫だった?」
「お二人とも……無事でよかったです……」
「坂本くん、あやちを連れてきてくれてありがとね」
班のみんなから一斉に、俺たちに向けて心配する声がかけられた。
「みんな、遅れたうえに心配かけてすまなかった」
俺は頭を下げて謝った。
それにあわせて彩香も頭を下げた。
「そんな謝んなくていいって〜。それよりさ、ほら、星空見よ?」
白川さんが星空を指差した。だが俺たち二人は既にこの星空は飽きるほど見てしまっている。
でも、今はまだこの星空をゆっくりと眺めていたい。そんな気分だ。
「彩……西澤、ちょっと座って星空見よっか」
「うん」
俺たちは隣同士に座って星空を眺めることにした。
先生や他のみんなには気付かれないように、こっそりと指を絡め合いながら、瞬く星空を見た。
星空は俺が今までに見たどの星空よりも輝いていた。




