被告人、坂本雅人
施設の宿泊所に戻ってきた。
このあとの予定は風呂に入って歯を磨いて寝るだけだったので、班員から男の俺だけが別行動となった。
風呂はクラスの男子たちと施設内の大浴場に入った。
野蛮な男子たちは定番ともいえる女子風呂覗きを試みようとしていたが、そもそも女子用の大浴場と場所が壁で仕切られていたため、覗くどころか声すらも聞くことができなかった。
ということで、歯も磨いたのであとはさっさと寝るだけだ。
寝るときは、クラスの男子全員がひとつの大部屋で雑魚寝するようになっていた。
だが、大部屋はまるで裁判所の法廷のようになっていた。
まず検察官が数人いて、その全員が彩香に興味がある男子たち。別名『西澤彩香親衛隊』だった。その検察官の一人には……富田だったか。富田もいた。
裁判長は冷静に判決を下してくれると認められた学級委員長の……名前は佐藤だったな。佐藤が裁判長だった。
裁判官や裁判員、弁護士はいない。
ほかの男子は傍聴人だ。
そして被告人はもちろん俺だった。
俺は大部屋の真ん中に敷かれた座布団に座らされ、俺から見て左側に検察官たち、真正面に裁判長、背後に傍聴人という構図だ。
「被告人、坂本雅人。お前は我がクラスの西澤彩香と最近仲が良すぎる罪に問われているが、まずこの罪について間違いはないな?」
検察官の一人、確か吉岡って名前だったか、吉岡が俺に尋ねてきた。どうやら吉岡が検察官の代表らしい。
「俺は今勉強中なんだ。静かにしてくれないか」
「誰か坂本の参考書を没収してくれ」
「ちょっ、おい!」
俺の理科の参考書が検察官の一人、確か山本って名前の奴にいきなり没収されてしまった。ちっ。
「で、被告人、西澤彩香と最近仲が良すぎる関係になっているな?」
「なっていません」
「嘘をつけ!お前が最近学校の図書室で西澤とべったりとくっついていたり、一緒に下校していたり、昼には西澤とどこかに消えたりしているところが目撃されているんだ!証人だっているんだぞ!」
「ええと、じゃあ、その証人を尋問することにします。証人、出てきてください」
裁判長の佐藤がやれやれって感じのテンションで証人を呼んだ。
そして証人として現れたのは富田だった。
富田め、検察官でありながら証人にもなるとは……。
「俺は坂本が西澤と下校しているところを実際に見た!それに図書室で一緒にべったりとくっついているところもこっそりと見ていた!昼休みには二人でどこかに消えていくところも見た!そう!俺は見たんだ!」
「被告人、証人の証言について何か異議などは?」
「まあ、この証言自体については問題ありませんが、異議はあります」
「異議がある?何だよ、言ってみろよ!」
富田がイキって声を出てきた。
そして傍聴人たちがざわつく。
まったく、うるせえ奴らだな。少し黙らせるか。
「先程も言いましたが、この証言自体には異議はありません。ですが、だからといって仲が良すぎるとは限らないと思います」
俺は反論した。
弁護士がいないなら、俺が俺自身を弁護するしかない。
「何が『仲が良すぎるとは限らないとは思います』だ!これだけの事実があって仲が良すぎるとは限らないとは言わせないぞ!」
検察官の一人、確か中村って名前の奴が突然唾を撒き散らしながら叫んだ。
「事実?たったこれだけの事実では仲が良すぎるとは限らないんじゃないのか?それにこんな証言だけであんたら検察官は仲が良すぎると決めつけるのか?」
「ふっ、被告人。残念ながら証言だけではないのだよ。ちゃんと証拠だってある。今からその証拠を提出する。富田!証拠品の提出だ!」
検察官吉岡の大声が大部屋……もとい法廷内に響いた。
証拠?
仲が良すぎるかどうかがわかる証拠なんてあるのか?
俺が疑問に思っているうちに、富田が証拠品を提出した。それはスマホだった。
「これは俺のスマホだ。このスマホの写真の中に坂本と西澤がべったりとくっついている写真がある。見ろ、これが証拠だ」
そう言って富田はスマホの写真を法廷内の全員に見せつけた。
証拠写真は三枚あった。
まず一枚目は俺と彩香が校門を出て最寄り駅へと向かう途中の道で話しているときの写真だった。
次に二枚目は図書室で俺が彩香に勉強を教えている写真だった。
最後の三枚目は廊下で俺が彩香に袖を引っ張られて連れられているという写真だった。
「どうだ!これが証拠写真だ!」
富田が勝ち誇った顔で俺を見下ろしてきた。
「ねえ、これって盗撮じゃない?」
「そうだよね、盗撮だよね」
「まさか富田が盗撮するなんてな」
「うわー引くわー」
そしてこの傍聴人たちの反応である。
この反応は富田にとって想定外だったのか、慌てた様子で「うるさい!黙れ!誰が何と言おうとこれは証拠品なんだ!」と息を切らしながら言い散らかしていた。
しかしまあ、富田はなんて奴なんだ。 まさか俺たちのことを盗撮していたなんて。今後は注意しないといけんな。
で、とりあえず異議でも唱えるか。
「この写真だけでは仲が良すぎるとは言えないと思います。まず一枚目は偶然西澤と帰りがけに一緒になっただけ、二枚目は西澤に図書室で勉強を教えているだけ、そして三枚目は昼休みに西澤に急かされて勉強を教えるため図書室へ向かっていただけです」
まあ本当は三枚目は屋上で二人っきりの昼ごはんタイムに行く時の写真だけどな。
屋上のことは秘密にしとかないと、今後の俺たちの昼ごはんの楽しみがなくなってしまう。
「そうですね、これだけでは仲が良すぎるとは言えないと思います」
証拠写真を見た裁判長の佐藤は気だるそうに言った。
「裁判長!まだとっておきの証拠があります!いますぐにその証拠品を提出します!」
だがまだ諦めないのか、富田は食い下がってきた。
そして富田はあろうことか俺のリュックをゴソゴソと漁り、ジャージを取り出してきた。
「これは被告人が今日着ていたジャージです。みなさんもご存知のとおり、被告人は今回の林間学校で西澤のいる女子メインの班に一人だけ男子として混ざっています。また今日のバス内では西澤と隣同士で椅子に座っていました」
「それで、そのジャージはどういう意味があるんですか?」
裁判長はもう適当な感じで富田に尋ねた。
「証拠となるのはジャージにこびりついた匂いです。みなさんわかりませんか?この女子特有のいい匂いが。そして俺はこの匂いを知っています。これは西澤の匂いです。学校で毎日さり気なく西澤の匂いを嗅いでいた俺にはわかります。さて、ではどうしてこんなにも強くジャージに西澤の匂いがこびりついているんでしょうかねえ?」
いやーまいった。まさか富田が西澤の匂いまで熟知してるとは。
でもまず証拠品とかそれ以前に人としてこれ完全にアウトだね。富田超危険人物認定だね。
ほら、傍聴人たちも他の検察官たちも全員引いてるし。
「と、とりあえず富田くんが警察に今すぐ突き出したいくらいヤバすぎる人だということはわかりました。で、何が言いたいんですか?」
もう裁判長もドン引きしてるよ……。
富田、南無。
「みなさん思い出してください。被告人は夜の山登りのとき、西澤と二人だけ山頂にいませんでしたよね。その理由がこのジャージにこびりついた匂いなのです。そう!二人はわざとゆっくり遅れて山登りをして、山道で二人っきりでイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしてたから!こんなにもジャージに匂いがこびりついたのです!なのでこれが!二人の仲が良すぎるという!決定的な証拠ですっ!」
最後は富田もなんかヤケクソ気味に言い放った。
うん。富田はよくやったと思うよ。
そして俺は容赦なく異議を唱えることにしよう。
「富田は知らないのかな?西澤が山登りのときに体調不良だったことを。だから俺は班員の一人として西澤に肩を貸して、一緒に付き添って介抱しながらゆっくりと山を登っていただけだ。匂いはその時にでも付いたんだろう」
「嘘だっ!」
「本当だ。剛力先生に聞けばわかる」
俺の異議を聞いて、富田は沈黙した。
そろそろ裁判も終わりかな。
「えー、では、眠たくなってきたので判決を言い渡したいと思います。判決は……」
裁判長の佐藤が一応場を盛り上げるためか、
わざと勿体ぶって判決を言うまでの間を開ける。
ごくり。
誰かが唾を飲んだ音がした。
「こらああああああああぁぁぁ!何をしている!早く寝らんかあっ!」
それは判決を言おうと佐藤が口を開こうとした瞬間だった。
ナイスタイミングで剛力先生の怒号。
それにより法廷は一瞬にして崩壊した。
みんな一斉に枕と布団を用意し素早く潜り込む。
だがそんな中、富田だけが果敢に剛力先生に近付いていった。
「先生、西澤さんは山登りのとき体調不良で、坂本が介抱したって聞いたんですけど本当ですか?」
「ああ、本当だ。それが何か?」
「いえ、何でもありません……」
そして富田はとぼとぼと部屋を歩き、悲しげな背中のまま枕と布団を用意して潜り込んだ。
富田よ、本当にごめんな。俺が大嘘つきなばっかりに。
お前はとんでもない超危険人物だが、あの盗撮する執念と匂いを嗅ぎ分ける能力があれば、きっと将来的には記者とかそんな感じの仕事に就けるさ。まあ、記者になる前に犯罪者にならなければの話だがな。




