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好き

「西澤、とりあえずゆっくり山頂目指そうか」

「うん、そうする。できるだけ……ゆっくり、一緒に山頂目指そ」


 俺は西澤の肩を支えながら一緒に登っていくことにした。

 ゆっくりと、ゆっくりと。少しずつ。


 西澤の息苦しさは少しずつだが、なくなっていっているようだった。



「だいぶ楽になったか?」

「うん……。マーくんがいてくれてる……おかげでね……」

「ちょっ!」



 突然のマーくん呼びされたため俺はすぐさま周囲を確認。

 よかった、もう俺たち以外はどの班もいなかった。


 ということはつまり、この暗い山道で俺と西澤が二人っきりになっているわけで……。


 いかん。また心臓がドキドキとしてきた。



 だがそれよりもだ。

 まず西澤に確認しないといけないことがある。



「なあ、そろそろ演技はやめてもいいんじゃないか?本当はキツくないんだろ?」

「あ……バレちゃってた?」


 西澤はてへっと舌を出した。



「バレバレだ。山登る直前まであんなに元気だったのに、登り始めた途端に息苦しくなるほどキツくなるなんてまあまずありえないし、西澤らしくもなかったし、あと班のみんなのあからさまな態度でわかった。なんか俺と西澤を二人っきりにさせたいんだなって」

「なーんだ。そうだったか。モロバレじゃん」


 班のビッチな皆さんがなぜ俺と西澤を二人っきりにさせたかったのかは、これまでの言動から考えると、なんとなくわかる。

 そして俺は二人っきりになる罠にあえて引っかかることにした。



 二人っきりになりたかったから。







「星空キレイだね」


 山道を歩いている途中、西澤が囁いてきた。

 空を見上げると、いつしか満天の星空が広がっていた。


 デネブ、アルタイル、ベガ。

 肉眼で見てもはっきりとわかるほどの夏の大三角。


 周囲には街灯は点々とあるものの、木々が茂っていて、暗さと怖さを少々感じさせる。

 だが一方で夜の風はあたたかくやわらかい。

 そんな中を俺たちだけで歩んでいく。


 いまこの山道には、木々が擦れる音、虫の鳴き声、二人の足音、それと俺の高鳴る鼓動。それくらいしか音がしなかった。


「街ではビルの明かりが強すぎて星がほとんど見えないからな。でもこういったところでは、空気も澄んでるし周りも暗いから、こんな風に綺麗に星空が見えるんだ」

「うん……ほんと綺麗だよね……。あたし、マーくんと一緒にこの星空を見られてよかったよ……」


 うっとりした声で西澤が囁いてくる。


「そうだな……。俺も彩香と一緒に見られてよかったよ……」


 俺も語りかけるように返事をする。



「ねえ、マーくん。手、繋ご?」



 西澤が俺に手を差し出してきた。


 手を繋ぐ。

 この行為について俺はどういう意味があるのか、わかる。


 俺は、もう自分の心に嘘は付けなくなっていた。


「じゃあ、手繋ぐぞ」


 前にゲーセンに行った時には向こうから急に手を掴まれたが、今回は俺から掴んだ。そして今回は指を絡めた。

 男とは違う、小さくてやわらかい手だと改めて思った。


「ありがと。マーくんって、手あったかいんだね」

「彩香こそ、手ちっちゃいんだな」


 一緒に星空を眺めながら山頂を目指し、語り合う。



 俺は思ってもいなかった。

 まさか俺が西澤に本当に興味を持つなんて。西澤に恋をするなんて。


 俺は頭の中では、絶対に高校生のうちでは恋愛なんかしないと決めていた。

 それを西澤自身にも宣言していた。


 だが、頭でなく心がいつしか西澤を求めてしまっていた。


 西澤は何を考えているんだ?

 西澤は今何をしているんだ?

 西澤は?


 俺の心はいつの間にか西澤でいっぱいになっていた。


 西澤の太陽のような笑顔をできるだけ近いところで、ずっと見ていたい。そう思うようになっていた。



 だが一方で、やはり不安も拭いきれていない。

 それは西澤の考えている興味とやらの真意についてだ。



「彩香に聞きたいことがある」

「ん?なあに?」

「前に俺のことを、一番だから興味があると言っていたよな?だからもし、今後俺が様々な分野で一番を取れなくなったとしても、彩香は俺のことを興味の対象としてくれるのか、それが聞きたい」



 俺はここで、西澤との関係について不安に思っていることを聞き出すつもりだ。だから俺は今の質問を西澤にした。


 すると西澤は大きく深呼吸したあと、俺の目を見てゆっくりと話し始めた。



「あたしね、前にも言ったけど一番が好きなの。それで初めはマーくんが言ったとおり、一番ってだけでマーくんにキョーミがあった。ボッチで、何にもケイケンしてなさそうで、だけど頭はダントツに一番で。そんなマーくんにキョーミがあったから、勉強を教わるためと、マーくんの中の一番の存在になるために関わってた。だけどいつからか、マーくんの中のやさしさや大人らしさに心から惹かれるようになっていってた。当たり前のように電車で妊婦さんに席を譲ったとき、点字ブロックの自転車を我先に移動させたとき、班に入れなくて困っていた渋田さんをあたしたちの班に入れようと言ってきたとき、あたしに素早く怪我の応急処置をしてくれたとき。それと勉強に対するマーくんの想いも聞いて、しっかりしてるなあ、大人だなあって感心、ううん、心から尊敬したの。だからね、あたしはマーくんがこれからたとえ一番になれなくなったとしても、あたしの中ではマーくんが一番のままだよ。これがあたしの答え」



 西澤は俺に対する想いを一気に打ち明けてくれた。


 そして俺はその想いを聞いて、ぽろぽろと自然に涙が零れてきた。


 あの孤高のボッチだった俺が、他人に冷たくあしらって跳ね返し続けていた俺が、こんなにも他人に受け入れてもらえていたという事実に、涙せずにはいられなかった。

 それも俺が好きな人に……。



「ちょっ、ちょっとマーくん、なに泣いてんの?そんなに泣かれちゃったら、あたしだって……泣いちゃうじゃん……」

「ごめん……意地悪なこと聞いてごめんな……。もしかしたら彩香は、俺のことを心でなく、頭の中で無理やりに興味の対象にして関わっているだけなんじゃないかと思ってたんだ……。だからついさっきのようなことを……聞いたんだ……。ごめんな……」

「ごめんごめんって……言わないで……。うう……もうあたしも……涙止まらないよ……」



 なんかバカみたいだ。こんな一本道の山道で二人で泣いて。迷子になった子どもみたいだ。


 いや、俺たちは迷子だったんだろう。興味から恋へと変わる道が定まらないまま、ふらふらと歩んでいたんだ。


 でも今、俺たちの道は見えた。


「すまん、取り乱した。……彩香、今から大事な話がある」

「うんっ……」


 西澤は涙を拭って、再び真っ直ぐ俺の目を見てきた。

 俺も真っ直ぐに、西澤の目を見つめた。



「彩香。俺は彩香のことが好きだ。大好きだ」

「マーくん。あたしも好き。マーくんのことが一番大好きだよ」



 お互いの気持ちを確認し合った。


 そして俺たちは抱きしめ合った。


 彩香のぬくもりがジャージ越しに伝わる。じんわりと、俺の心をあたためてくれている。心と心が繋がっていく。そんな気がした。



「あたしね、あたしとマーくんって、なんか磁石みたいだなあって思ってたの」



 耳元で彩香が囁いた。


「磁石?」

「そう。最初はものすごく反発されてて、まるで同極だなあって思ってた。だけど、今は対極だと思ってる。だって、坂本のSと西澤のN、対極でしょ?あたしたち、惹かれ合うようになってたんだよ。きっと」

「ははっ、磁石か」

「うん。だからあたしは、磁石のようにマーくんとずっとくっついていたい、離れたくないって思ってるよ」

「ああ、俺も同じ気持ちだよ」


 そして俺たちは再び強く抱きしめ合った。

 離したくない。離れたくない。いつまでもくっついていたい。そう思いながら俺は彩香を強く抱きしめた。


 こうして俺たちは友達から恋人になった。

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