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ロマンス小説大手【菫苑出版】には未来の王妃が監修者としてついている  作者: 章槻雅希


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6/13

設定駄目出し⑤:悪役令嬢

 ゲオルグは自分が書き溜めた大量のメモを眺めながら小さく息を吐いた。ここまでだけでも、少女向け恋愛小説の定番設定が次々と覆されている。男爵令嬢は王太子妃になれない、学院では身分差が存在する、高位貴族は平民のような嫌がらせはしない。


 つまり、これまで売れてきた作品の殆どが、貴族から見れば『有り得ない』のだ。


(……いや、だからこそ貴族向けの作品は今迄なかったのか)


 平民向けであれば夢物語として成立する。だが、これから狙おうとしている読者は現実の貴族令嬢なのだ。現実を知る彼女たちに笑われては話にならない。


 そんなことを考えていると、アレクシアが新しい設定資料を1枚捲った。そして、僅かに眉を寄せる。


「……あら」


 その一言だけで、ゲオルグの胃が痛くなる。


「どうかなさいましたか?」


「この作品にもいるのね」


「……何がでしょう?」


「悪役令嬢よ」


 その瞬間、ゲオルグは『ああ、来た』と思った。今や少女向け恋愛小説には欠かせない存在。婚約者という立場から主人公を虐め、最後には断罪される高位貴族の女性。読者人気も高い。ざまぁ展開には必要不可欠と言われる立場だ。


 アレクシアは紙から目を離さず、小さく首を傾げた。


「悪役令嬢という存在自体が、おかしいわ」


 静かな声だった。しかし、断定だった。ゲオルグは思わず身を乗り出す。


「存在自体、ですか?」


「ええ」


 アレクシアは紅茶を一口飲み、当然のように続ける。


「そもそも婚約者のいる男性に粉を掛ける女性と、それを受け入れる男性がおかしいのではなくて? これが平民同士の関係なら、この二人は寧ろ責められる立場なのではないの?」


 ゲオルグは目を瞬かせた。確かに言われてみればその通りだ。アレクシアの言うように平民同士の恋物語であれば、浮気男と人の男に手を出す阿婆擦れ扱いだ。なのに、それが貴族というだけで真実の愛で結ばれた二人とそれを邪魔する悪役令嬢となっている。だが、小説では誰もそこを問題視しない。問題なのは嫉妬する婚約者、邪魔をする悪役令嬢。それが常識だった。平民同士の恋愛小説では寧ろ可哀想なヒロインとして描かれる役であるのに。


「ですが……物語では、王太子は望まぬ婚約だったという設定でして……」


「王太子だけ(・・)が望まなかった婚約?」


 アレクシアが小さく笑う。


「では、婚約者の令嬢は望んでいたのかしら」


「……」


「令嬢だけが一方的に王太子を好きで、無理矢理婚約したと?」


「そのような設定も……あります」


 いや、寧ろそれが王道と言っていい。ヒーローたる王太子に瑕疵を作らないため、王太子は拒絶していた、王太子は婚約者に愛はないという設定になる。


「そう」


 アレクシアは穏やかな笑みを浮かべた。だが、その笑みは何処か呆れているようにも見えた。


「それならば、余程王家に力がないのでしょうね」


 余りにも自然に放たれた言葉に、ゲオルグは固まる。


「そんな王家ならば滅びたほうがいいわ」


「えっ?」


「有力貴族か王族の誰かがクーデターでも起こして王朝交代するほうが、国のためよ」


 ゲオルグは危うくソファから転げ落ちそうになった。王家に最も近い令嬢の口から飛び出すとは思えない発言だったからだ。


 だが、アレクシア本人は至って真面目だった。


「国王とは国を治める者。国内の有力貴族への配慮は必要だけれど、阿るような王は王に非ず。臣下からのごり押しで国益もなしに王族の婚姻を決めるような王家では、国を守れようはずもないわ」


「……確かに」


 思わず頷いてしまう。アレクシアの言葉は厳しいが、国王が貴族の顔色を窺い阿るようではその王の治世は危ういだろう。


「王家から婚約の打診がある段階で、既に国王陛下や重臣方による協議は終わっているの」


 アレクシアは指を1本立てる。


「まず、政治的な派閥の問題」


 2本目。


「充分な持参金と化粧料を賄える財力」


 3本目。


「王族となるに相応しい家格」


 4本目。


「将来の王妃としての適性」


 5本目。


「婚約者となる王太子との相性」


 その5本の指を静かに閉じた。


「それら全てを検討したうえで婚約は結ばれるの」


「恋愛だけで決まるものではない、と」


「ええ。寧ろ恋愛感情の有無は全く考慮されないわ」


 ゲオルグは改めてメモに書き足す。自分たち平民は婚約を恋人たちの将来の約束として考えていた。だが貴族では違う。婚約とは家と家、或いは国家を支える契約なのだ。


 アレクシアは資料を軽く叩いた。


「だから、令嬢が『王太子様、大好きです!』と押しかけて婚約することは出来ない」


「不可能ですか」


「ほぼ不可能ね。可能なのは元々王家もその令嬢との婚約を望んでいた場合だけ。そうではない、令嬢の感情だけの場合は、まず家が諫める。王家も断る。周囲も止める。本人の意思だけではどうにもならないの」


「えっと……よくある設定では、父親が令嬢にとても甘くて、ごり押しするなんてこともあるんですが」


「そんな貴族家当主、斬首されてしまえ」


 苛烈な言葉が出た。ゲオルグは目を見開き、ポカンと口を開けた。


「あら、御免遊ばせ。けれど、国家よりも国の安定よりも、己の娘の欲と己の欲を優先するような慮外者は貴族当主として有り得ないのよ。もしも、わたくしの父がわたくしか妹の我儘を聞いて王族との婚約をごり押ししたら、恐らく次兄か弟が父をぶっ殺すわ。ああ、母かもしれない。長兄でないのは長兄は後嗣だからよ」


 余程許せないことなのだろう、アレクシアの言葉は乱れたままだ。だが、それほどに真面な貴族にとって、王族との結婚のごり押しは有り得ない、いや、あってはならないことなのだろう。


 ゲオルグはメモに『貴族からのごり押しは貴族自身にとっても唾棄すべき有り得ないこと(アレクシア様発狂もの)』と記し、何重にも枠で囲った。


 だが、当たり前の理屈ではあるのだ。しかしその当たり前が平民には見えていなかった。


「ただ、逆は有り得るわね。身分の高いほうからのごり押しはあるわ。但し、その場合、身分の低いほうが有能であることが前提。或いはどちらも後嗣ではないなら許されるかしら。後嗣ではない場合は、存在を家から切り離せばいいだけだから」


 ごり押しもシビアだ。統治能力があれば大丈夫。家に不利益を齎さなければ大丈夫。何処までも貴族は家の利益を考えるのだ。


「ごり押しはともかくとして、王子との婚約、とりわけ王太子になるであろう王子との婚約は、生まれてすぐに決まることも少なくないわ」


「そんなに早く?」


「ええ、有力公爵家に女児が生まれれば、その子が王太子妃候補になることも珍しくないもの」


「生まれた時点でですか」


「正確には生まれる前に『女児であれば婚約者に』という予約が入る感じね。わたくしがそうだったと聞いているわ」


 アレクシアは何処か遠くを見るような目になった。アレクシアと王子との関係は良好だと聞いているが、それでもやはり思うところはあるのだろう。


「幼いころから王家に嫁ぐためだけの教育が始まるの。礼儀、歴史、政治、宗教、外交、家格に応じた立ち居振る舞い、王族として生きる覚悟」


 一つ一つ数える声には実感が籠っていた。ゲオルグはその理由をすぐに理解する。彼女自身がまさにその教育を受けてきた人間だからだ。


(だから……こんなにも現実味があるのか)


 小説の中の王太子の婚約者ではない。本物の未来の王妃候補だからこその言葉。ゲオルグは自然と背筋を伸ばしていた。


 部屋には静かな空気が流れていた。アレクシアは自分の言葉を押し付けることなく、淡々と『貴族社会ではどうなっているのか』を説明しているだけである。だがその一つ一つがゲオルグの常識を根底から覆していく。


「つまり、生まれたころから婚約が決まっている場合、王子にも令嬢にも選択権はないのですか?」


 恐る恐る問いかけると、アレクシアは頷いた。


「ええ。勿論、お互いの相性を見るために数年様子を見ることもあるわ。複数の候補がいれば3歳から5歳頃、長ければ学院入学前まで判断を保留することもある」


 そこで一度言葉を区切り、静かに続ける。


「けれど、その意味と意義は繰り返し理解し納得できるまで説明されるの。幼いころに結ばれていれば当たり前のものとして受け入れているし、ある程度成長してからは意味を理解して婚約するわ」


「意味と意義……」


「ええ」


 アレクシアは穏やかに微笑んだ。


「婚約とは恋人同士の結婚の約束ではないわ。王家と有力貴族家が結ぶ国のための契約よ」


 ゲオルグはメモに書き留める。婚約=契約。その言葉を何度も囲んだ。


「だからね」


 アレクシアは資料に描かれた悪役令嬢の人物紹介を指先でなぞる。


「物語のように婚約者が嫉妬して暴走するという発想自体が、貴族には余りないの」


「恋をしていても、ですか?」


「勿論、恋情を持つことはあるわ」


 そう言ったアレクシアは少しだけいつもの表情と違った。何処か甘やかな、或いは切なげな表情をしているように見えた。


「婚約者を慕う令嬢も少なくないわ。けれど、それは私情。婚約は公。私情で公を乱すような教育は受けないの」


 その言葉には重みがあった。ゲオルグは目の前の少女自身がそう教育されてきたことを思い出す。未来の王妃。その立場とは、自分の感情を優先しない、感情に行動を左右されない人間になることなのだ。


「恐らく、わたくしが創作の中にいれば、悪役令嬢ね。だから、わたくしのことも少しだけお話しするわ」


 そう言ってアレクシアは個人的な情について語った。


 アレクシアは生まれる前から婚約者候補だった。乳幼児の死亡率が高いことから正式に婚約が結ばれたのは生後1年が経ってから。アレクシアが1歳、ジークヴァルト第一王子は3歳だった。


 次兄が王子と同年齢であることから遊び相手となっており、物心がつくころには兄弟と王家の子供たちと王宮や公爵邸で週に一度は遊んでいた。将来は結婚するのだということも理解していた。結婚がどういうことかは解っておらずとも。


 やがて二人の間には『一生を共に歩む』という信頼関係が生まれた。そこは教育係たちが有能だったのだろう。両親たちも愛情を以て導いてくれていたのだろう。二人は何の違和感も忌避感もなく、ずっと一緒にいるのだと当たり前のように思っていた。


 やがて成長すると幸いなことに二人は互いに恋をした。尤も身近な異性だったからかもしれないが。それまでは何とも思わなかったダンスレッスンで触れ合うときに胸が高鳴り息が苦しくなった。顔を見れば何故か頬が熱くなった。名を呼ばれれば嬉しくなった。お互いにぎこちなくも恋を芽生えさせた二人を周囲の大人は微笑ましそうに見守った。


 そうして今は信頼し合う将来の共同統治者(ビジネスパートナー)であり、仲睦まじい恋人同士でもある。


「わたくしも嫉妬することはあるのよ。だから、此処にいるスザナや両親や兄たちの前で泣いたり喚いたりすることもあるわ。クッションを振り回して中の羽毛が部屋中に飛び散って、スザナに叱られたりもしたわ。勿論、殿下の前でも、泣いたり怒ったり。喧嘩することもあってよ」


 如何にも淑女然としたアレクシアの『泣いたり喚いたり』が想像できず、ゲオルグは目を瞬かせる。


「殿下も悋気が強くてあらせられるから……貴方とのこの会合も初めは反対なさったの」


 クスクスと笑うアレクシアは、出会って初めて年相応の──まだ17歳だ──少女に見えた。そんなアレクシアに見蕩れていると、扉の前から咳払いが聞こえる。見れば護衛騎士だった。そして、護衛騎士がいつもの人物と違うことに気付き、次の瞬間ゲオルグは固まった。見事な艶のある紫紺の髪を一つに束ねて背に流している、長身の騎士。紫紺の髪は、王家特有の色だ。──まさか。


「気にしなくていいわ。今は(・・)わたくしの護衛騎士だから」


 今は、と言った。ということはやはり。ゲオルグの顔から血の気が引いた。


「……ここまでね。護衛騎士の交代を」


 ゲオルグの緊張に気付いたアレクシアは柔らかな眼差しで護衛騎士を見る。悪戯っ子を咎めるような、優しくも意志の強い眼差しだった。だが、『護衛騎士』は不満そうだ。


「わたくしの楽しみを邪魔なさらないお約束ですわよ。交代しないのなら、追い出します。お兄様方にお願いして」


 怒ったような、それでいて何処か甘えたような声でアレクシアが告げれば、『護衛騎士』は渋々と部屋を出て行き、いつもの金髪の護衛騎士と交代した。いつもの騎士は苦笑して、気の毒そうな視線をゲオルグに向けた。


「あ……あの……」


「悋気が強くて困ってしまうわね。ああ、こんなエピソードも面白いのではなくて? いつか使ってもよくってよ」


 顔色を失っているゲオルグを気の毒に思いつつも、アレクシアはクスクスと笑う。こんな表情を見せてくれることも、『彼』の存在を教えてくれたことも、幼いころからの恋を教えてくれたことも、全てビジネスパートナーとしての自分への信頼のように思え、ゲオルグは胸が熱くなった。


 数度深呼吸をして気持ちを整え、ゲオルグは気持ちを切り替えた。


「ご令嬢方も恋情を持ち、市井の少女たちと同じように泣いたり笑ったりする。けれど、それを表に出さないということですね。ただ、小説ですと……」


「ヒロインに嫉妬したり、嫌味を言ったりする場面が欲しい?」


「はい」


 アレクシアは苦笑する。確かに嫉妬に狂う貴族令嬢はある種の見せ場作りには必要だろう。だが、貴族としてみれば違和感しかない。


「貴族らしくはないわね。そんなことをしてどうなるのかしら」


「え?」


「恋に浮かれている男女に『会わないでください』『話しかけないでください』と言ったところで、余計に盛り上がって燃え上がるだけでしょう?」


「……」


 そういった恋愛のスパイスとして、悪役令嬢は存在するのだ。


「現実ではね、本人同士では話さないわ」


「え?」


「まずは親に報告するの」


 ゲオルグは瞬きを繰り返した。


「親、ですか」


「ええ」


 アレクシアは当然のことのように頷く。


「令嬢は見聞きした事実だけを親へ報告する。感情は交えない。『王太子殿下が男爵令嬢と頻繁に行動を共にしております。周囲もそれを知っております』『婚約者としては看過できかねます』とそこまでね」


「え、それだけですか?」


「ええ、それだけ」


「怒ったりは?」


「怒る必要がないもの」


 アレクシアは首を傾げる。


「婚約は王太子と令嬢が結んだ約束ではないでしょう?」


「……」


「王家と令嬢の家が結んだ契約よ。ならば、契約違反が起きた場合に話し合うのは?」


「……家同士、家の当主同士ですか」


「そういうこと」


 ゲオルグは完全に理解した。平民は恋人同士の問題としてみている。貴族は契約当事者同士の問題としてみている。だから、視点が根本から違うのだ。


「つまり……婚約者本人には、婚約をどうこう決める権利はない?」


「ええ」


「王太子にも、令嬢にも、ないわ。精々希望を述べる程度ね」


 アレクシアはさらりと言う。


「婚約の締結も破棄もその判断と決定は当主同士の仕事」


 ゲオルグはペンを止めた。ここまで価値観が違うとは思わなかった。


「だからね」


 アレクシアは資料を閉じた。


「恋情ゆえに嫉妬に狂う悪役令嬢、という存在は成立しないの」


 部屋が静まり返る。


「少なくとも、常識ある高位貴族令嬢なら」


 王妃位に執着してヒロインを排除というのはあるかもしれないが、少なくともフローリィ王国の高位貴族令嬢たちの気質としては『王妃なんてきつい仕事嫌だわー』だ。逆にだからこそ、高位貴族令嬢はアレクシアに協力的だったりもする。アレクシアが辞退すればその将来の激務は自分に降りかかるかもしれないから。そんな内情を暴露すれば高位貴族令嬢のイメージを崩しかねないため、このことはゲオルグに伏せることにした。


「では……物語にライバルは作れないのでしょうか」


 幸いゲオルグは別の視点へと問いを変えてくれた。作家に助言する編集者としては最も気になる部分だった。対立がなければ恋愛は盛り上がらない。アレクシアもそこは理解しており、少し考えてから口を開く。


「作れなくはないわ」


 ゲオルグは勢いよく顔を上げた。


「婚約者ではなく、婚約者候補」


「……候補?」


「ええ。婚約がまだ正式に決まる前。複数の有力令嬢が王太子候補として同時に競い合いながら教育を受けている段階なら、多少のライバル関係は作れるでしょう。他国の話だけれど、王太子の婚約者は候補者複数名を集めて、一定期間教育しながら競い合わせ選別するというケースもあるの。その場合、身分の低い令嬢でも参加可能らしいわ。まぁ、途中で脱落するケースが殆どらしいけれど」


 ゲオルグは必死に書き留める。


「その中で、恋情を優先する令嬢がいれば、多少暴走することはあるかもしれない」


「それなら?」


「まだ理解できるわ」


 だが、アレクシアはすぐ首を横に振った。


「それでも、公爵家や侯爵家では難しいでしょうね」


「どうしてですか?」


「王家と縁が深いもの。幼いころから王族へ嫁ぐ意味を教えられている。家を背負う教育を受けている。だから恋情だけで暴走する可能性は低いわ。家の名誉のために王妃を目指すことはあるでしょうけれど、それは恋愛小説向けのライバルではないでしょう?」


 ゲオルグは苦笑した。


「つまり、高位貴族令嬢ほど恋愛小説の悪役令嬢には向かない」


「ええ。伯爵令嬢あたりならば、説得力はあるかもしれないわね。そもそも王太子妃選定で競わせるような国だと、令嬢の爵位には然程拘りはないようだし」


 王太子妃選定の合同教育というのは面白いかもしれない。様々な爵位の令嬢が集まる。そこに王太子と密かな恋を育んでいる男爵令嬢がいる。王太子に恋する伯爵令嬢がいる。家の名誉のために王太子妃を目指す侯爵令嬢がいる。箔付けのために参加する令嬢、親の意向によって渋々参加しているやる気のない令嬢、色んな令嬢が集まる。ネタとして面白そうだ。作家に打診してみるか。


 気付けば手帳は文字で埋め尽くされていた。


 アレクシアはティーカップを静かに置く。


「わたくし、物語として『悪役令嬢』が人気なのは理解しているわ。読者は勧善懲悪を好み、カタルシスを求める。だから、否定したいわけではないの」


 その言葉にゲオルグは少し安心する。


「けれど」


 アレクシアは真っ直ぐにゲオルグを見つめた。


「貴族向けに出版する以上、貴族が読んで失笑を買うような人物を書いてはいけない。貴族としての価値観を持ったうえで主人公と対立する人物を描く。苛めっ子ではなく悪を描く。或いは政治劇を描く。そのほうがきっと面白い物語になるわ」


 その言葉は編集者であるゲオルグの胸に深く刻まれた。悪役令嬢を否定するのではない。より説得力のある、『貴族社会の敵或いはライバル』を描けばいい。


 それこそが、未来の王妃候補から贈られた、この日の最大の助言だった。


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