第三話:名前
家に入ると、あらかた食事の準備ができていた。マルゴは暖炉の上でチーズを溶かしている。
食卓の中心には、旬のキャベツとレタスに、小さく切ったサクランボがちりばめられたサラダが置かれていた。四つのチェックのナプキンの上には、皿とフォークが並べられている。
「もう少しで出来上がるから、そこに座っておきな。ルシアン、パンを切っておくれ。」
「あいよ。」
ルシアンは慣れた手つきで大きなパンを切り取っていった。ルシアンが切ったパンを皿にのせると、その上にマルゴが溶けたチーズをのせていく。焦げたような、しかしあまいような香りに少年は思わず目を輝かせ、よだれをごくんと飲んだ。
「わー!」
少女がチーズを触ろうとしたので、マルゴがそっと抱きかかえる。
「あなたはこっち。」
そちらを見ると、小さく一口サイズに切られたパンと、皿の端にとろけたチーズが添えられていた。マルゴはパンにチーズをつけ少女の口に運んだ。
「おいちー!」
少女はほっぺに両手をぺしっとして、目をぎゅっとつぶって笑っている。それを見た少年は大きな口でほおばった。チーズがびゅーんと伸びて、少年は目を輝かせた。
「うまいだろー。よし!いただきます。」
少年の隣でルシアンがその倍の大きさでパンをほおばる。それを見た少年は負けじと大きな口でパンをほおばった。
「ほらあんたたち、サラダも食べるんだよ」
ルシアンが少年の分も取り分けた。小さく切られたサクランボが、野原に咲く小花のように輝いている。キャベツとレタスのシャキシャキとサクランボの甘酸っぱさが、夏の訪れを予感させていた。
「あー!うまかった!ごちそうさまでした。ありがとうなー。マルゴ」
「ご・ち・しょ・う・さ・ま・で・ち・た!」
「はーい、おそまつさまでした。」
少年は少し戸惑った表情を見せながら、
「ご・・・ごちそう・・・さま・・・でした。あ・・・りがとう・・・?」
「おー!よくぞ言った!」
ルシアンが少年の頭をゴシゴシと撫でた。少年は戸惑いながらも、笑みを浮かべた。マルゴは少し驚いた様子を見せたが、即座に笑顔が溢れ、
「まあ!あんたは賢いんだねー!」
と喜んだ。
「あたちも!あたちも!」
「はい、よく言えたねー!」
いつもは二人の食卓が、この日は少しにぎやかになったような気がした。
食事が終わった後、ルシアンが
「よし、二人とも冒険に行くぞ!」
そう言って二人を畑に連れて行った。先ほど見た畑もよく目を凝らすと、緑だけでなく赤や黄色、いろんな色が見えた。
「広いだろー!ここではな、レタスやキャベツ、イチゴにサクランボ、いろんな食べ物を育てている。いわば、これからお前らの体をつくってくれる場所だな。お手伝いよろしくな!よし、次行くぞー」
次に向かったのは家の近くにある小屋だった。中にはヤギが数頭と、ニワトリが何羽かいた。
「ここはヤギやニワトリのお家だ。ミルクや卵をくれるから、二人とも感謝するように。よし、次だ!」
次に向かったのは小川だった。入ってみるととても冷たく、気持ちが良かった。
「ここの川には、飲み水から洗濯の水まであらゆる水を汲みに来る。くれぐれも、泥んこ遊びをしないように!」
家に戻ると、机の上に紙と羽とインクが置かれていた。
「よし、二人の名前をはっきりさせよう」
ルシアンが二人を椅子に座らせる。
「じゃあまず、坊主、名前は?」
少年は首を傾げた。
「言葉が通じないんじゃあ、名前も聞き出せないよなー。うーん、どうしたものか・・・。」
「レオ!どうだい?」
「どうだい?って、勝手につけていいもんじゃないだろー。名前だぞ?体を表すものだ。」
「元の名前を思いつくまでの仮の名前さ。うちらと共通の言語がないんじゃあ、これを介して少しずつこっちの言語に慣れてもらえばいい。まして、これからはこの子のお兄ちゃんになるんだからね。」
マルゴは少女を抱きかかえた後に、少年にやさしく、けれど力強く微笑んだ。ルシアンは羽をインクにつけ、紙になにか書いていく。
”Leo”
「よし!今日からおまえの名前は『レオ』だ!よろしくな!」
ルシアンは紙を見せ、そう言った。少年は目をまんまるにし、訳が分からない様子である。
すると、ルシアンが自分に指をさし、
「ルシアン」
と言った。次はマルゴに指をさし、
「マルゴ」
少年に指をさし、
「レオ」
少女に指をさすと、少女が
「サニア」
と言った。
「お、おまえは『サニア』っていうのか!いい名前だな!」
そう言われるととサニアはにっこりと笑って見せた。
レオ、サニア。こうして二人の新しい生活が幕を開けるのであった。
「おい、サニア!遅れっちまうぞ!」
「待って!まだあざ消せてない!」
「あっ、やべ!忘れてた」
成長した二人の影が、ちいさくなった家の玄関に佇んでいた。




