勇者、家族と居る。
帰り道の馬車の中は、行きとは全く違う静けさがあった。「舌を噛まないように」という、現実的な理由ではなく、もっとこう、各々が発すべき言葉を見つけられないでいると言った様子だった。
体も弱く、大人しかった自分の息子、弟が、いきなり勇者に、世界の中心人物になってしまったのだ。今や王国どころの話ではなく、文句無しに、世界中に知られる存在となった息子に何を話せばいいのか、分からないのだ。
「あの、なんだ。セタンは、勇者に選ばれて、その、今どういう気持ちだ? 」
「嬉しいの、だと思います。教会の中でも、前の広場でも、皆僕に助けを乞うような目を向けてきました。それを助けられるのは僕だけなんです。だから、世界にとって、これは喜ばしいことなんだと......」
「そうだな。だが、違う。セタン自身はどう思った? 」
俺自身か。そんなのもちろん、
「怖いです。僕なんかにこんな、とんでもない責任がのしかかってきて、何を、どうすればいいのか......」
「何言ってんだよセタン! 勇者だぜ? すっげぇかっけぇじゃん! 」
「フェルダは黙っていなさい」
ヒティネの叱咤が飛んだ。
「フェルダよ。それは違うぞ。今セタンにのしかかっている、形のない不安や恐怖を一緒に背負ってやれるのは、きっと俺たちだけだ。
なぁ、セタン。この使命から逃げ出したいと思うか? 」
「正直、逃げ出したいです。でもしてはいけないとも思います」
「そうだな。俺も、そう思う。きっと勇者からは逃げられない。神が、世界が、そして何よりお前自身が、お前を’’勇者’’から逃がしてくれない。だけどな、この世に二つだけ、今はたった二つだけ、お前が勇者じゃなくなる瞬間がわかっている」
「勇者じゃなくなる瞬間? 」
俺は勇者だ。そんな時間あるわけ......
「一つ目は、お前が魔王を倒した時だ。その瞬間、お前は勇者の重圧から逃れ、その後は平穏とまではいかないだろうが、平和に過ごせると思う」
「魔王を......」
「そう、そして二つ目は、俺たち家族でいる時間だ」
俺は、俯いていた顔をあげた。アルタム、ヒティネ、フェルダの顔を見る。
「俺たち家族は、セタンを、勇者などという肩書きで見たりはしない。家族だからだ。お前はセタンで、俺と、ヒティネの子ども、そしてフェルダの弟だ。そこだけは譲らない。だから、これから、お前はセタンとしてではなく、勇者として見られるだろう。それに疲れたら、いつでも話しなさい。代わってやることは出来ないが、一緒に背負ってやることなら出来る。なんたって、家族だからな」
「そうよ。なんて言ったって、自分のお腹を痛めて産んだ子だもの。あなたを、誰がどんな風に見ようと、あなたはセタンよ」
「そうだ! セタンはセタンだ! 」
知らぬ間に泣いていた。皆、馬車の中は涙で溢れていた。お母様も、お兄様も、お父様も、きっと俺も、目と鼻を真っ赤にして泣いていた。
あぁ、この世界にやって来て、たった五年。勇者になると聞かされて五年。それを秘密にして、五年。
秘密から解放された安堵感だけでない。家族の温もり。たった五年で、俺はこの人たちの家族になれていたのか。心の底から安心できる居場所を、こんなにも近くにもてていたのか。
「ありがとう、ございます。なんだか、安心して......」
「なんだか、久しぶりにセタンの泣いている姿を見た気がするな」
「この子ったら、全然泣かないんだもの。フェルダはちょっところんだだけでも泣きじゃくっていたのにね」
「はー!? そんなことない! 」
そこからは、堰が切れたように、馬車が会話で華やいだ。その間に、皆数回、舌を噛んで痛がった。それでも話は止まらなかった。
家に帰って、メイドに事情を聞かれ、王国からの使者が、予定より早く、明日の正午に召喚へ応じるよう言伝を携えてきたこともあったが、話は尽きなかった。
気を利かせてメイドが買ってきた海鮮をヒティネが煮込んで、二日連続のブイヤベースになったが、それもまた、話の種になった。ずっと、思い出話をしていた。自分たちの、家族の形をもう一度確かめるように。
夕食が済んで、大司教様には家族との時間を楽しむようにと言われていたが、俺は呆気なく床についた。分かっていたつもりで、分かっていなかった色々なことが起きて疲れていたらしい。
朝起きて、朝食を摂りに向かうと、アルタムが、一冊の本を持っていた。
この一話は、ほとんど短編みたいになってしまいました。家族愛、いいですよね(執筆時は母の日でした)。




