勇者、勇者になる。
目を閉じて、大司教の祝詞が始まると、瞼の裏がぼうっと明るくなるのを感じた。額にだけ日差しが当たったかのような、ぼんやりとした温かさも感じられる。
祝詞の言葉とは別に、どこからか分からない、しかし確実に聞こえてくる意味のある言葉。
「あなたは、今から勇者になります。なので、あなたには魔王を倒していただきます、セタンよ」
聞いたことのある声とセリフだった。転生した時に、そしていつも夢で見ていたものだ。
この声が聞こえた時、大司教の祝詞の声が少し震えたのが分かった。
光と温もりが収まって目を開けると、大司教が膝をつき、涙を流している。
「ついに、この時が、やってきたのですね。女神様、貴方様の御心のままに」
そう言い終わると、血相を変えた修道女達が大聖堂に集まってきた。
「大司教様! 今のは!? 」
「あぁ、そうだ。今のが神の声だ。今目の前にいる少年、セタンこそが、勇者に選ばれ、この世界を救うのだ」
「あぁ、なんということでしょう」
「ついにこの世界に救済が」
修道女達はそれぞれに涙し、座り込み、そして俺を見た。
この時、初めて「勇者」の存在の意味を見た。
年端もいかない少年に、ありったけの希望と救済を求める眼差しを向ける。それだけこの世界は疲弊し、危機に瀕しているのだ。
そして、それを救えるのは、俺を置いて他にはいない。
この事実は、俺にどうしようもない恐怖を植え付けた。プレッシャーなどという、生易しいものではない。冗談抜きに、この世界が、俺の両肩にのしかかっている。
「すぐにセタンのご家族を呼んでくるのだ」
「しかし、大聖堂は......」
「構わん。今がどのような状況か分かって物を申しておるのか」
「承知しました。今すぐに呼んでまいります」
そう言って、修道女の一人が駆けていった。
それを見届けると大司教はこちらに近づいてきた。
「セタンよ。いや、セタン様。あなたはたった今しがた、神の神託、告命によって勇者となられました。どうか、この世界をお救いくださいませ」
大司教が言い終わるとほぼ同時に、凄まじい勢いで扉が開いて、家族の姿が見えた。皆、顔や目元なんかが赤くなって、肩で息をしている。
「おいセタン! なんだ今の声は! そしてなんだ、お前が勇者って! 」
そう、口を開いたのはアルタムだった。
「まさか、セタンが勇者だなんて! 」
「おい! どういうことだよセタン! 」
続けざまにヒティネ、フェルダも声を上げる。皆に俺は抱きつかれた。走ってきたからか皆ほんのり暖かい。耳元で、鼻をすする音が聞こえる。
「ルー商会の皆様、お聞き及びの通り、先程の神託によってセタン様は勇者となられました」
「今のは、まさか......本当に!? 」
「ええ、今のような御業は、神以外、誰の手によっても成し得ません」
「そう、ですか。まさかうちのセタンが」
「これが彼に、世界が示した道なのです」
「もしかして今の声、僕以外にも聞こえてたんですか? 」
初めは俺の頭の中だけに、神託とやらが聞こえたのだと思ったが、実際はそうではないらしい。家族と、修道女の顔にそう書いてある。
「きっと、この世界の生きとし生けるもの全てにこの声は届いたでしょう。もちろん、魔族などを除いて」
「そうですか、じゃあ逃げも隠れもできませんね」
「なんてことをおっしゃいますか! 勇者様が逃げるだなんて。ただ、あなたはまだ五歳。戸惑うのも仕方がありません」
「はい。何が何だか」
嘘である。しかし、誰が日頃から「俺は勇者になる男だ」などと語れようか。子どもの戯言としか思われないだろう。もっといえば、それが事実であろうと、精神的にいえば三十年以上生きている大人が、そのような真似は出来なかった。恥ずかしくて死んでしまう。
「次第に、周りの目や、彼らからの施しを受けると、嫌でも理解できるようになっていきます。まずは、そうですね。明日にでも、王からの召喚に応じるよう便りが届くことでしょう。そこへ行けば、今セタン様が置かれている状況の一端をご覧になれると思いますよ」
「分かりました。そこで見てきます。自分がどういう道を進んでいくのかを」
「これが勇者の器ですか。告命が始まる前のセタン君の目と、今のセタン様の目ではまるで人違いだ。私は、長い間神にお仕えし、全てを捧げてきましたが、きっとこの瞬間に立ち会うために生まれ、そしてこれを伝えるために生きていくのですね。大変な幸運に感謝を」
「ど、どうも」
「では、もう今日はお帰りください。国へは教会を通してお知らせしておきます。きっと、ご家族と過ごせる時間も、他人より多くは無いでしょうから」
そう言って、俺たちは家へ返された。
教会を出ると、広場にはすでに人だかりができていて、浴びたことのない数の視線を感じた。男も、女も、若い者もそうでない者も、皆一斉に、出てきた俺たちを待っていたと言わんばかりの目で、こちらを見てきた。一人が声を上げると、それに追随するように、また一人、また一人と声を上げ、それが膨れ上がっていった。もはや、一人一人がなんと言っているかだなんて聞こえないが、分かったのは、助けを求める、希望を願う声だった。
俺たちは、教会の兵士たちの協力で何とか、教会を去ることができた。
これを書きながらチョコパイを貪っていました。1番好きなお菓子です。おすすめです。




