勇者、教会へ発つ。
支度を終え、両親に連れられ家を出た。日差しが降り注ぐ。気づいて空を見上げると、ほとんど青でベタ塗りされたような、でたらめな青空だった。
家族四人で乗り込んだ馬車は、王都の石畳を快調に駆けていった。時折、石を踏んだのだろうか、酷く馬車が揺れる。まるで下から突き上げられるように。この世界では、サスペンションの技術などはまだそこまで発達していないのだろう。
これは長時間乗っていると、腰やら足やらが痛みそうだ。
馬車の中では、舌を噛まないように、どうしても口数が少なくなっていた。両親は穏やかに、上機嫌そうに笑みを浮かべている。フェルダは少し、ソワソワしているのが分かった。
兄として、自分より優れた才覚を告げられたら、と考える反面、ダメだったらどうやって慰めてやろうなどと考えているのだろう。
フェルダは約2年前、俺と同じように神殿へ出向き、人心掌握の才と、物理魔法の才が告げられている。戦闘という面で考えるのならば、前者は魔物相手ではあまり機能しないが、後者は矢を弓無しで放ったり、岩石を落としたりと、ある程度応用が効く。
しかし、商人という視点で考えてみれば、これ以上の才はない。取引で、先方の考えていることを見抜き、物理魔法を用いて荷の積み下ろしをする商人は、商談でも現場でも、中心的な存在となりうる。
フェルダの告命の時の、両親の喜びようは凄まじかった。そういう意味で、俺に関していえば、どのような才が出たとて商会の今後は保たれているのだから、心配の必要はない。
欲を言えば、計算や組織運営、ラックなどに関する才が出れば儲けものくらいに考えているのかもしれない。
各々の心情とはかけ離れた、静寂の馬車はついに、王都唯一の教会へとたどり着いた。
「ルー商会のものだ。今日は次男、セタンの告命に参った」
「これはおめでとうございます。どうぞセタン様、教会の中へとご案内致します」
教会へ着くなり、アルタムに馬車から抱き下ろされた。俺の体は、兵士へと受け渡される。
「あ、そうそう。助祭様はどなたかいらっしゃるかな? 少し祭具に関してお話が」
「かしこまりました。財務担当の助祭様を呼んでまいります」
「うむ。ではセタンよ、この広場で馬車を停めて待っている。告命が終わったらまたここに案内してもらいなさい」
「分かりました。では行ってまいります」
教会を間近にして、その荘厳さと、巨大さに圧巻される。建物の色調は白と青に統一され、前世で言うキリスト教の教会が頭に浮かんだ。白い石材に彫られた神々の銅像が、等間隔に鎮座しており、その周りにはゴミのひとつも落ちていない。教会で住み込む修道士や修道女が丹念に掃除をしている証だろう。
兵士に手を引かれて中に入ると、数名の修道女に引き渡された。
「こちらはルー商会のご子息、セタン様だ。告命の儀式を受けにいらした」
「承知しました。セタン様、今回は誠におめでとうございます。儀式をする部屋へとご案内致しますね。私はセタン様を聖堂へとご案内致します。他の者は大司教様へお知らせして。至急儀式の準備を」
そう言われた他の修道女達は、蜘蛛の子を散らすように駆けていった。兵士は来た方向とは別の方向へ駆けていく。アルタムと話していた通り、助祭を呼びに行ったのだろう。
外で、ルー商会の息子として大人と接する時、いつもその影響力と地位の高さに驚かされる。基本的に教会に携わる者たちは、礼儀が叩き込まれていると話には聞くが、それ以上のものを感じざるを得ない。きっと、大口の取引先であるルー商会を、無下に扱うことのないように周知されているのだろう。一応は庶民の家ではあるものの、貴族相手のような接し方だ。どの世界でも金は偉大らしい。
「セタン様、こちらが聖堂でございます。もう間もなく大司教様がいらして、儀式を始めになられるでしょう。しばらくお待ちください」
とんでもなく天井の高い、チャペルのような場所に通された。前にある祭壇のような場所には、この世界でほとんど見ることのなかった楽器類や、金などの貴金属で出来た祭具が所狭しと並べられている。そして、何人かの修道女がさらに祭具を運んできている最中だった。
「分かりました。ありがとうございます」
「セタン様は、大変大人びていらっしゃいますね。今から始まる儀式について何かご質問などはございますか? 」
「大丈夫......だと思います。ただ教会が思っていたよりも、立派で、少しびっくりしてしまって」
「そうですね。私もここに住んでいなければ、この光景には圧倒していたと思います。けれど、この大聖堂で告命が行われるのは、実は貴族様を含めた一部の方のみなんです。こちらに入られる機会も、一生に一度あるかないかだと思いますので、ぜひよくご覧になってくださいませ」
なるほど。特別扱いという訳か。本当にルー商会は大口らしい。
「それは光栄です。よく目に焼き付けておきます」
その後も、修道女といくつか会話をしていると、次第に準備をしていた人たちが引いていき、いよいよ始まるぞという雰囲気が流れ始めた。
「いよいよ告命の儀式でございます。私もここで失礼致します」
そう言って、連れ添ってくれた修道女も聖堂を後にしていった。
それとほとんど入れ違いに、壮大な音楽が流れ始め、後ろからシャランシャランと、金属の擦れる音を響かせながら歩いてくる人の気配を感じた。
その人は、俺の横まで来るとすっと顔を覗かせる。白い髭を豊かに蓄えた老人は、その厳格さと優しさを兼ね備えた目で俺の顔をじっと見つめた。
「やぁ、君がルー商会のセタンかね? フェルダは元気にしておるか? 」
「こんにちは、セタンと言います。はい、フェルダ兄様は今日も元気でした」
「そうかそうか、それは良かった。あの子は商人になれとでも言われたような才覚だった。君にはどんな才覚が出るか、楽しみじゃ」
「ありがとうございます。僕も楽しみです」
「うんうん。よいよい。私は大司教。早速儀式へと移ろう。では手を出して」
そう言うと俺の手を引いて、祭壇の方へと歩き出した。大司教の衣服から、お香のような独特な香りがする。聖職者のイメージを固めたような人となりは、こちらにも安心感と、ある種の畏怖のようなものを感じさせる。
「では始めよう。私が神様にお願いをするための言葉を読み上げるから、その間、君は目を閉じて、手を胸の前に組んでお祈りしていなさい」
「はい。分かりました」
言われた通りにすると、大司教の祝詞のような言葉が聞こえてきた。
書きたいところまで書いていたら、これまでより長くなりました。読んでくださってありがとうございます。




