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勇者だから、魔王を倒す。  作者: つぶあん


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勇者、再び剣を握る。

 王宮に通う生活が始まって、一ヶ月近くが経過しようとしていた。

 社交会の後は、何かの用事を週末に詰め込まれることはなく、五日間王宮に行き、二日は休むというサイクルが定着しつつあった。

 王宮に行き始めるまではあまり機会のなかった転移も、馬車の窓から見える煌びやかな王都の街並みも、魔法で制御されてほとんど揺れない馬車の乗り心地も、どれも日常の一部へと溶けていた。

 この一ヶ月で、商会や家に届く書簡の数は、随分と少なくなったそうだ。お陰でフェルダやヒティネは午前中で手伝いを終えて、午後はこれまで通りの生活に戻っていた。これは喜ばしい事と言えるだろう。

 特にフェルダは遊びたい盛り。ずっと手伝いをしていて、近所の友達とも満足に遊べていなかったのだろう。最近は、俺が家に帰ってくるのと同じような時間まで遊んでいて、服や体を砂だらけにしている。それに対しヒティネは、一応の小言は言うが、あまり気にしないようにしているらしかった。


 訓練の方は、ただ走るという時間ももちろんあるが、その他にサーキットトレーニングのような、瞬発力を鍛えるメニューや、自重で筋肉を養うトレーニングも導入され始めていた。

 まだ、一目で分かるような変化が体に現れた訳では無いが、ほんの少しだけ、体つきが良くなったように感じる。

 当初は酷かった筋肉痛も、今は適度な痛みとして受け入れられる程度に落ち着いた。


 そしてスアレ。一ヶ月には満たない期間であるが、会話や振る舞いから、なんとなくだがその人柄を掴めてきた。

 彼女は一言で言うと、大人しい子だった。

 まずは、俺が「年上に敬語で話されるのは慣れないので普通に話して欲しい」とお願いしても、「頑張ります......」と言うだけで、未だに口調に変化はない。

 また、アレイから渡された本をよく持ち帰って、家で学習を進める。しかしそれをひけらかさず、コツコツと実直に知識をつけて行っている。特に薬学や、植生についての興味が強く、全く予備知識のない俺では、ほとんど足元にも及ばない知識量を有している。

 前世でも集団に一人はいた、お淑やかな子、というイメージを持った。

 同年代の男の子から、好かれやすい性格と言えるのではないか。


 少なくとも、強引な手段でもって距離感を詰めてくる、というようなエピソードは生まれなかった。

 このことは、俺やアレイを安心させてくれた。


 今日もいつものように、朝食を食べて、店へ転移し、王宮へ着いたあとはアレイの授業を受けた。そして午後からは訓練が始まる。

 午後からの訓練へ向けて、用意された昼食を綺麗に片付ける。


 訓練場に着くと、ビートの手には木刀が握られていた。


「こんにちは、ビートさん」

「こんにちはっす、セタンくん。今日も沢山ご飯を食べてきたっすか? 」

「はい。メイドさんがおなかいっぱい用意してくれるので、今日も満腹です」

「それは良いっすね! いやー騎士団のご飯も、なかなか量が多いんすよ。でも、騎士団長、あの人ただでさえ多い昼食のプレートを空にして、その上おかわりまでするんっすよ?  あれは超人っすね! 人かどうかも怪しいっす」

「そんなこと言っていいんですか? もし僕が団長にチクったら、ビートさんぺしゃんこにされちゃいますよ」

「いや、待ってくださいっす! それだけは勘弁っす! 」

「冗談ですよ。誰にも言いません。そういえば、その手に持っている木刀はなんですか? 」


 ビートは、手に持った木刀をチラと見て、それからくるくると木刀を扱って見せた。


「これっすか?  これは、今日の訓練で使おうと思って持ってきたんっす」


 ビートはニヤニヤしながら言う。その笑顔の裏側には、いたずらっ子が見え隠れする。


「ということは、今日から剣を使うんですね! 」

「もうそろそろ基礎練習も飽きてきた頃じゃないっすか? ここらで剣にも触れておいた方がいいかなと思ったんす! 」

「ありがとうございます。でもちょっとだけ緊張しますね」

「そうっすか?  まあでも、剣を使うのは今日の最後っすよ! まずはいつも通り走って、それから筋トレっす! 」


 俺は走った。やはり今日も走った。

 汗をびっしょりかきながら、震える足で走破したかと思えば、震える腕で伏せた体を持ち上げる。ビートの声には間に合わないスピードで、テンポのズレた上体起こしを見せつけた。


 空を見上げると、日はだいぶ西に傾いていて、もう今日はいいんじゃないかと思った。しかし、ビートは嬉しそうに、木刀を二本携えて歩いてくる。


 その横には、スアレとアレイがいた。


「いよいよ、今日の主役、木刀っすよ! さすがに鉄剣で真っ二つにされちゃ敵わないっす......これで、模擬戦、やってみましょう! 」

「あ、あの......横にいる......スアレと......アレイさんは......? 」

「二人っすか? ちょうど木刀取りに行ったときに見かけたんで、連れてきたっす! 観戦者がいた方が盛り上がるってもんっすよ! 」


 あぁ、ビートよ。君はなんでそんなに楽しそうなのか。


「あ、あの、セタン様。頑張ってください! 」

「どうか無理はなさらず」

「情けないとこ見せちゃうかも知れないですけど......頑張ります」


 ビートは俺に木刀を寄越した。

 少しだけ息が整い始めていた。しかし、未だに鼓動の音が、耳の裏でどくどくと鳴り響く。


「じゃあこれ! アレイさん、合図とかお願いしてもいいっすか? 」

「いきなりですか? 」

「俺、斬られた的は見たっすけど、実際のセタンくんの剣捌きって見たことないんすよねー。だから直に体験してみたくて」


 そうか。そういえばあの時、ビートは騎士団長に連れられて、遅れて部屋に入ってきたんだった。


「なるほど。セタン様、ビートくん。準備はよろしいですか? 」


 そう言われて、俺とビートは間合いを開ける。


「はいっす! 」

「はい......」


 体が少しよろけるが、朧気な記憶で剣を構えた。


「では、始め! 」


 アレイの合図と同時に、ビートがものすごい速さで間合いを詰めてきた。俺はそれに対応できずに、完全に後手に回った。

 ビートの一撃が、肩の上から振り下ろされる。

 咄嗟に木刀を差し出し、何とか受け止めた。

 続けざまに、振り上げが来た。

 剣を合わせる方法が分からなくて、中途半端な防御になる。

 剣と剣が鈍い音を立ててぶつかると、その勢いで、剣先が俺の頬を掠めた。

 そこで、ビートは一度引き、また間合いが広がった。


「さすが勇者っすねー。五歳児に今の一撃は、普通凌げないっすよ」


 そんなことを言っているビートの声は、俺の頭に届かない。

 動きと展開が恐ろしく早い。そして剣の動きも鋭かった。


 間合いが開くと、思い出した。そうだ、剣の鍔に指をかけて、剣先を左下に。

 俺の構えが整うと、またビートから仕掛けてきた。


──カンッ!


 剣が宙を舞った。

 浮かび上がった木刀は、一度勢いを失って、今度は下向きに動き始める。

 そして、大きな音を立てて、地面に転がった。


 剣を手放していたのは、ビートの方だった。

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