勇者、スアレと知り合う。
スアレと名乗る、金髪ショートの少女は、その顔いっぱいに笑みを浮かべながら、俺の返事を待っている。
俺はたまらず、アレイの方を見て助けを求めた。
「お伝えしておりませんでしたが、本日より、スアレが授業に加わります」
この教室にいるということから、何となく予想はしていたが、それよりも......。
「ええっと、どういう経緯で......」
「昨晩、セタン様がご覧になったように、スアレは回復魔法を用いて、合唱団の少年を救いました。その後、セタン様達がお帰りになっている間に、スアレと、同席されていた父親にお礼をするため、引き止めた、という所まではご存知ですね? 」
「はい」
「それで、何か要望はないか、と尋ねたのです。お礼になるようなものを、と。すると、『娘の力になるようなことをしてあげて欲しい』と頼まれまして、こちらから授業に参加しないか、と提案した次第です」
「どうして、そこから授業......という形になるのですか? 」
アレイにそう尋ねると、耳元で、小声で囁いた。
「回復魔法の使い手は希少です。ひょっとしたら、魔王討伐に向けた旅で役立ってくれるかもしれません」
なるほど。確かに、いざ旅立つ、となった時に都合良く回復役が見つかるとは限らない。
もし適任者がいなかった場合、旅に同行してもらうことも視野に入れた提案ということか。
「それに幼い頃から、回復魔法の使い方やその他の知識含め、訓練された回復役は、魔王討伐とは切り離して考えても、国にとって有用だと考えています」
アレイの、仮にスアレが魔王討伐に同行しなくとも、回復魔法の使い手を育てることが、今後何かの役に立つだろうという判断らしい。
こういう部分は、やはり宰相の息子と言ったところか。
「スアレと、その父親も、その提案に興味を示してくれましたので、この授業に招いた、という経緯でございます」
「よく分かりました」
「あの、セタン様。お邪魔でなければ、ご一緒に授業を受けさせていただきたいです」
目を潤ませながら、スアレは言う。
これを大人の女性にされたら、こじらせてしまったかもしれないが、また別の意味で動じてしまった。これは庇護欲と言うのだろうか。
「い、いや......こちらこそ、よろしくお願いします」
俺がそう言うと、彼女はほっとした表情を見せて、息をついた。
俺としても、授業を共に受ける人間が増えたとて、大した実害もない。アレイの負担にならないのであれば、むしろ歓迎すべきだとも思う。しかし、「スアレ」の名前を聞いた時から、少し引っかかるものがあった。
昨晩の挨拶回りで、商人の一人が言っていた、「うちのスアレを、嫁になんていかがでしょう? 」という一文。両者の「スアレ」が同一人物なのであれば、面倒な方向へ事態が進行しないとも限らない。
「後で、スアレのいないところでお話したいことがあります」
俺は、アレイに耳打ちした。アレイは表情ひとつ変えずに、小さく頷いた。
本格的に授業へ入る前に、スアレは自己紹介を促された。彼女の話によると、ルー商会との直接の取引は無いものの、同じ王都で商いをする関係で、俺のことは勇者に選ばれる前から知っていたそうだ。
歳は八歳で、告命の時、回復魔法の才を告げられたという。しかし、その才の希少さから、誘拐などを恐れて隠してきたそうだ。
実際に回復魔法を使ったのは、親しい人間が怪我をした時くらいだったようで、まだその扱いには慣れていないらしい。
この自己紹介の中で、無理に俺との距離を詰めようとしてくる、というような雰囲気は感じられなかった。むしろ、アレイを含めた貴族関係者に囲まれて、失礼のないように努めているように見えた。
無理もない。商人の子どもが、貴族と話す場面などそうあることではない。
昨日の社交会に来ていたのも、父親に連れられたからなのだろう。俺にスアレへの面識を持ってもらいたいという、野望を抱いた父親に。
授業が済んで、昼食の後の訓練からは、スアレとは別行動になった。
当然と言えば当然だが、スアレは回復魔法の訓練をするために、王宮にいる回復魔法士の所を訪ねるという。
俺はというと、今日も今日とてビートと走った。二日ぶりの体力作りは、吐き気を催すほどしんどかったが、反面少し気持ちよくなり始めていた。怖い。
帰りの馬車の中で、俺はアレイに打ち明けた。
「昨晩の社交会の中で、もちろんスアレの父親にも挨拶をしたんですけど、その時、『うちのスアレを、嫁になんていかがでしょう? 』と持ちかけられまして......。その時は上手く流したんですけど、今後面倒なことに発展しないか心配で......」
「なるほど、そのようなことがございましたか」
「はい......」
「一応昨晩、スアレ達に提案をさせていただいた時に軽く釘を刺していますが、父親の方の動向は気にするようにしておきます。ですが、今のところ、父親がスアレに何か仕掛けるようにと吹き込んでいる様子は無さそうなので、経過を見守る、という対応でもいいと思います」
「確かに、それもそうですね。なんというか、距離を詰めようとしているというよりも、嫌われないようにしている、みたいに感じました」
「セタン様や、一応私も、貴族の関係者ですから、失礼のないように振舞っているのでしょう。そうするように躾られたのかもしれません。またそうでなくとも、私は昨晩に少し話しただけ、セタン様に至っては今日がほとんど初対面みたいなものですから、幼い少女からすれば緊張もするでしょう」
このように、馬車の中はスアレの話題で持ち切りとなった。何かと変化のある王宮での生活ではあるが、とりわけ、新たな人物がその中に加わるというのは、期待と不安の両方を同時に連れてくる。
「回復魔法といえば、騎士団長さんが前に、魔法も教えてくれる......みたいなことを言っていたんですけど、僕にも使えるのでしょうか」
「それはやってみないと分からないです。過去の勇者の伝記の中にも、勇者が魔法を用いたという記録は確かにあります。そして、『勇者』が持っている才はその時々によって違っているので、セタン様が何を得意となさるのか、これから時間をかけて見極めていく必要があります」
「今のところ、訓練で走ってばっかりなんですけど、大丈夫ですかね? 」
俺はつい、不安に思っていたことを打ち明けてしまった。決してこれは、走り続ける訓練からの逃避行動ではない。
「ビートとの訓練ですね。ですが、五歳のセタン様にとって、あらゆる訓練は身体的に厳しいものがあると思います。ですので、体力を作っていく、という今の訓練の方針にも納得ができます」
駄目だ。これは明日も走ることになりそうだ。
馬車はいつの間にか、店の前に着いていた。
「また明日も、よろしくお願いいたします」
そう言って、深々と頭を下げるアレイに礼を返して店に入り、転移の宝玉を使って家に帰った。
まだアルタムは、家に帰っていない様子だった。




