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勇者だから、魔王を倒す。  作者: つぶあん


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勇者、社交会に出る。(3)

 その後の社交会は、自分の目立った仕事がない分、心置き無く楽しむことができる。

 アレイの話によると、社交会にも様々な種類があるようで、舞踏会という男女の出会いを前提にした踊りメインのものや、演劇や乗馬などの趣味を全面に出したもの、サロンと呼ばれる少人数でテーブルを囲むものなど、多岐に渡るらしい。

 その中でも、今回催されたのは音楽鑑賞を取り入れた、ベーシックかつ初心者向けのものらしい。

 貴族同士の交流一つ取っても、色々と形を変えるものなのだ。


 宰相家お抱えの合唱団や、王都で名の通ると聞くオーケストラが、この後、演奏を披露するらしい。挨拶回りの間、閉じられていた幕の後ろで、ガサゴソと音がしていた。


 ──チリン。


「続きまして、我が家が誇る合唱団、そして皆様もご存知のウィーレン交響楽団が、皆様へ演奏をお送りいたします。是非お食事と共にお楽しみください」


 鐘と、アレイの進行に合わせて照明が落ち、幕が上がった。

 見えてきたのは、同じ衣装を身にまとい、揃った姿勢で待機する青少年達。その奥には、楽器を手にしたオーケストラの団員たちが、真剣な面持ちで指揮者の合図を待つ。

 指揮者が礼をして、指揮台に上がり、指揮棒を掲げると、合唱団は足を少し開き、オーケストラ全員は楽器を構えた。


 タクトに導かれて進行する音楽は、もちろん聞いた事のないメロディだった。しかし、不思議と懐かしいような気がした。

 別に前世で、合唱曲に親しむような生活をしていたわけではないのだが。


 オーケストラが扱う楽器たちは、ほとんど初めて見るものばかり。しかしその形は、バイオリン、チェロ、クラリネット、シンバル、ドラムなどを彷彿とさせるものだった。やはり、美しい音色を追い求めると、自然と似た形になっていくのだろうか。


 曲は、いよいよフィナーレへ向かっていく。打楽器が打ち鳴らされ、オーケストラ全体の音圧が増す中で、合唱団の声量も負けず劣らず食らいつく。一見、喧嘩のようにも見える両者の音色が、神秘的なまでに一体化して耳に届く。

 招待客も、皿やグラスに伸びる手を止めて、一心に耳を傾けた。


 最後の音が響き終わると、皆が立って手を叩く。スタンディングオベーションだ。

 プロの生演奏なんて、前世ではほとんど聞く機会すらなかったが、こうして目の前で体験すると、また聞きたいと思ってしまう。

 大人はもちろん、クリスやフィン、フェルダも目を輝かせて一生懸命に手を叩いている。子どもにも響くのだ。


 ──バタンッ!


 大音量の拍手の中で、一際異質な音が劈いた。

 舞台の上で、合唱団の一人、小さな少年が倒れていた。


 一瞬で拍手が引き、静寂の中、固まる会場で、俺とクリスが真っ先に駆け出した。少し遅れてアレイも動く。

 静寂は一変、混乱と心配の声が会場を覆い尽くした。


「誰か! 回復魔法を使えるものはいないか! 」


 少年の元へ先に着くや否や、アレイが叫ぶ。

 近づいてみると、少年の顔は驚く程に青い。手足をピクピクとさせながら、浅い呼吸をしている。

 酸欠だろうか。あの合唱のあとだ、仕方がない。


「おい! 聞こえるか! 」


 クリスが、少年を揺らしながら問いかける。しかし、少年からの反応はない。

 客席はざわめくばかりで、アレイの声への反応はない。


「おい! こんだけ居れば、一人くらい回復魔法が使えるやつがいるだろ! 」


 再びアレイが咆える。

 こんな時に思いつくのは、酸素缶や人工呼吸器。しかしどちらもこの世界には存在しない。


「あの! 回復魔法、少しなら使えます! 」


 一人の少女が手を挙げた。その少女は、群がる客の間をこじ開けて、舞台へ向かってきた。


「女の子を通してあげてください! 」


 俺の声で人波が割れて、道ができる。

 舞台の上に上がって来られた少女は、焦りのせいか息を切らしている。肩が上下して、金髪の毛先に触れたり離れたりしていた。


「本当か、回復魔法が使えるというのは! 」

「はい。だけど、どこが悪いか分からなかったら使えません! 」

「頭と胸。そこに集中して回復してあげて」


 まずは、呼吸をさせてあげないと。頭へのダメージも心配だ。


「分かりました! 」


 そう言って、少女は少年の胸と頭に手を近づけた。すると、手の周りに白くて透明な、オーラのように見える球体が作り出された。その様子を、俺たちが固唾を飲んで見守る。

 少年の浅くて早い呼吸が、深くてゆっくりなものへと変わり、顔にも赤みが戻ってきた。ものの十秒程の時間だった。

 体の異変が治まった少年の目が開いた。


「あれ? 僕はどうして? 」

「大丈夫か? どこが痛いところや、変なところはないか? 」


 クリスが少年に詰め寄った。


「は、はい。大丈夫です」


 少年の声に皆、安堵の息が漏れた。

 少女は、汗びっしょりで座り込んでいた。


「よかった。気がついてくれて」

「え、僕、気を失ってたんですか? 」

「そうだ。念の為、ベッドで休みなさい。誰か、この少年を休める場所へ! 」


 アレイの声に、一人の使用人が近寄ってきて、少年を舞台袖へと連れていった。


 一連の出来事は、招待客皆それぞれに違う思いを抱かせた。ある者は少年が助かったことに安堵し、ある者は少年を助けた少女を称賛し、ある者は未だに困惑していた。

 俺はと言うと、安堵と違和感を胸に抱いていた。


 少年が助かったことに対してはもちろん、会場にいる皆がこの事態を一大事として捉えたことに、俺は安堵した。一人の少年の命を案じ、行動しようとし、しかし何をしていいか分からない人々に対して安堵した。

 これが、訓練場で起きたことなら、きっと騎士たちは迅速に対処する。また平時でなく戦時に起きたことなら......もっと違う結果になっていたかもしれない。

 ここにいる人々が、この国は平和であると証明してくれた。


 そして少年の救助へと、意識が瞬時に入れ替わった自分自身に、違和感を感じる。俺は前世を含めた約三十年間、一般人だった。俺が勇者になる前にこの出来事に遭遇していたら、きっと招待客と共にざわめいていたと思う。

 しかし、俺の足は動いた。そして頭を働かせ、少年の症状を見抜いた。俺と同時に動き出したクリスや、先に少年の元へ着いていたアレイは、少年が酸欠だと気づけていただろうか。

 これらは、勇者になったという責任感から来るものか、それとも前世の記憶を引き継いでいるからか、それとも......。


「君、助かったよ、ありがとう。突然だったのに申し出てくれて」

「い、いえ。力になれて良かったです」


 アレイが少女に感謝する。

 それを聞いた招待客が、少女に対して賛辞を贈る。


 「よくやった! 」「偉いぞー! 」


 先程の、演奏後と同じ光景が目の前に広がった。


「突然の出来事により恐縮ですが、本日の会はここでお開きとさせていただきます。なお、お帰りの際には、ご用意したお土産をお受け取りください」


 アレイが会の終了を告げ、こちらに目で促してきた。


「本日はお越しいただきありがとうございました! 」


 俺の声に拍手が起きて、皆はぞろぞろと歩き始めた。


「また後ほど、しっかりとお礼がしたい。親御さんと、残ってくれるかな? 」


 アレイは少女だけを呼び止めた。

 免許を取る時に、人命救助の講習を受けましたが、一体どれだけの人が覚えているのでしょうか。

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