勇者、母と買い物をする。
休日だと思っていた日の朝は、早かった。
むしろ王宮に行く日の朝よりも、早かった。
メイドが起こしに来て、時計を見ると、俺は自然と肩を落とす。
ベッドから出て、ダイニングに向かうとニコニコのヒティネと、我関せずといった表情の、アルタム、フェルダが居た。
「おはよう、セタン! 」
うん、ヒティネがいつにも増して上機嫌だ。
「おはようございます。お母様。お父様、兄さんも」
「あぁ。おはよう」
「おはよう」
二人とも、俺とあまり目を合わせようとしない。
「セタン? 今日の予定、分かってる? 」
「はい。買い物、ですよね」
「そうよ! 今日はたーくさん買うわ! 」
ヒティネの買い物欲が、こちらにもオーラで伝わってくる。
「お父様と、兄さんは一緒ですか? 」
先程から、全く目が合わない二人に話題を振る。
「いや、その俺たちは、やめておくよ。明日の社交会に向けて、もう少し詰めたいこともあるし」
「うんうん。俺も、それの手伝いしないといけないから」
おいフェルダ。フェルダの力ではまだ大した手伝いはできないだろう。
「二人ももちろん誘ったんだけどね? 今ある服で十分社交会は間に合ってるからって言われたのよ」
逃げたか。では俺も......。
「じゃあ僕も、今の服で......」
「ダメに決まってるじゃない! あなたが主役の社交会でしょ? それに、貴族として、勇者として初めて公の場に立つのよ? 今までの格好で行かせるわけにはいかないわ! 」
ヒティネに、すごい勢いで止められた。
これはどうしても行くしかない。ヒティネと二人で買い物に。
どうして、俺たち男衆が、ヒティネとの買い物を嫌がるのか。それはひとえに、買い物にかかる時間の長さである。
「今日、私とセタンはお昼ご飯を外で食べるから、準備しなくて大丈夫よ! 」
と、横でヒティネが言っているように、早く起きたのにも関わらず、午前中で買い物は終わらない。
これはきっと、夕方までかかる勢いだ。
というのも、実は、告命の時に来ていく服を四人で買いに行った時には、俺一人分の服を買うだけのはずだったのに、家に帰る頃には日が完全に傾いていた。なぜなら、本命を選ぶ前も、選んだあとも、ヒティネ自身や、買い物に付いてきた人の分も一緒に選び始めてしまうからだ。
それで、膨大な時間が経過してしまう。荷物持ちを連れていくのだが、もちろん手が足りなくなって、結局はみんなの両手に袋がぶら下がった状態で帰宅する。
「じゃあ、朝ごはんを食べ終わったら早速出発するわよ! 」
そう言ったヒティネの、やる気に満ちた鼻息が、こちらにまで届いてくるのではないかと思った。
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アルタムとフェルダを巻き込めなかった俺と、やる気満々のヒティネ、荷物持ちのメイドの三人を乗せた馬車は、王都の中心街に着いていた。
「今日行くお店は、貴族も御用達のお店なんだって! アレイさんに教えてもらったから間違いないわ! 」
と、興奮気味に話すヒティネの案内で、前に行った服屋よりも豪華そうな店に辿り着いた。
店の前に人が立っているタイプの服屋だ。
アレイめ、余計なことをしてくれる。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はどういった物をお求めで? 」
「今度、うちの子の社交会デビューがあって、それに向けてお洋服を買いに来たんですー! 」
プロの接客と、ヒティネのテンションの対比が激しい。
「左様でございますか。ご貴族様に向けられたものと、一般の方に向けられたものの二種類を取り揃えておりますが、どちらになさいますか? 」
「貴族用で! 」
「失礼ですが、ご爵位は? 」
ここでヒティネが言い淀む。しかし、あまり実感の湧かない爵位を息子が貰っていて覚えていないのも無理はない。それ以上の「勇者」の肩書きが大きすぎる。
「公爵位です」
「上級の貴族様でしたか。大変失礼致しました。オーダーメイドも可能ですが、いかがなさいますか? 」
「それはどれくらいかかるのかしら? 」
「長く見積もって、二週間ほどは頂いております」
「では、ひとまず既製品を選びましょう! その後に、オーダーメイドも注文しますわ! 」
これが、時間を長引かせる。オーダーメイドのデザインや、生地などにこだわり始めたら、もうキリがない。
「承りました。では、採寸いたしますので、奥へご案内致します」
やはり、ここからが長かった。
どのくらい長かったかと言うと、出された果実水を飲み切り、注いでもらって、また飲みきり......を何度か繰り返す程度には長かった。
ヒティネが満足する頃には、もう昼時に差し掛かっていた。オーダーメイドと既製品を何着かずつ。もう既に、いくつかの紙袋がメイドの手にかけられている。
「金額は、こちらになります」
目を見開いた。貴族の、社交会用の服はこんなにも高いのか。
俺は、首を捻りながら、指輪に念じようとした。
すると、もう既に、ヒティネが代金を支払っていた。
「え、僕がはらいますよ、お母様」
これは、貴族が経済を回すための催しだ。しかも自分の衣装。金銭を支払うのは、俺であるべきだ。
「何言ってるの? あなたはまだ子どもよ? 」
「でも、国からお金は貰っています」
「だーめ。私はあなたのお母さん。だからお洋服代は、私が払うのよ? 」
「で、でも......」
「それに、ちゃんと叙爵のお祝い渡せてなかったでしょ? 服には興味無いかも知れないけど、ここは私がだすわ! ......と言っても、稼いだのはあの人だけど」
そう言って、ヒティネに支払いを譲って貰えなかった。
「じゃあ、ご飯を食べて、続き回りましょ! 何が食べたい? 」
「お母様が、食べたいもので......」
「うーん、そうね......。パスタにしましょう! 」
街のレストランに入って、ヒティネはこれから使うエネルギーを蓄えるように、それはもうもりもりとパスタを食べた。
そこから、明日の社交会で使う小物や、宰相、アレイへの手土産、ヒティネ自身が着るドレスに、それに合わせるバッグなど、色々な店を巡り、色々なものを買った。
「今日は、たーくさん買っちゃった! 」
「ええ、本当に......」
「なにか、買い忘れたものはない? 」
そう言われてハッとした俺は、初めの店に戻りたいとヒティネに伝えた。
「なにー忘れ物? 」と言うヒティネを引き連れて、再び戻ってきた店で、頼んでいたものを受け取る。
「これは? 」
「ハンカチです。みんなの分の」
「みんなって、あの人とフェルダの? 」
「もちろん、お母様の分も」
そう言って、素早く支払いを済ませる。これだけは、俺が出したかった。
ここで初めて、本当に指輪からお金が出てくることを知った。
「え、私が出すのに......」
「いえ、これは僕からみんなへのお礼なので。みんなの名前を刺繍してもらうのに、時間が必要だったので、受け取りに来たかったんです」
「いつの間に......? 」
「お母様が、僕のオーダーメイドの服を考えてくれている時にこっそりと」
それを聞いたヒティネは、目尻に大粒の涙を蓄えていた。
「ありがとう。本当に。大切にするわ......」
ここまで喜んでもらえると、画策した甲斐がある。
かくして、俺とヒティネの怒涛の買い物時間は幕を閉じた。
帰りの馬車の中は、買ったものでいっぱいで、行きと比べて窮屈なくらいだった。
その中でも、ヒティネは俺があげたハンカチの包みを、それはそれは大切そうに抱えていた。
私は、買い物をする時、買いたいものはぱっと選んで、早くに帰ってしまう派です。
でも、時間かけて買い物をするのも、新しい出会いがありそうで、してみたいなーと思ったりもします。




