勇者、楽しみが潰れる。
午前に授業を受けて、午後から訓練という名の走り込みをする生活が始まって、五日が過ぎた。
俺の走り込みの成果も、フェルダの手伝いの成果も、まだ劇的なものは見られない。
強いて言うなら、俺は初日の夜中から苦しめられていた筋肉痛を、徐々に克服し始め、フェルダは書簡の初めの挨拶文に定型があることを、なんとなく理解し始めていたところだった。
そして、初日にアレイが、貴族から届いた俺宛の書簡について、アルタムへ助言をしていたが、それも毎日続いている。どうやら、毎日それなりの時間、商会に残ってアルタムに付き合ってくれているようだ。
そして、この五日間の間にアレイから提案がなされた。休息日についての提案だ。
アルタムが、店へ出勤しない日を休息日にしてはどうか、と。アルタムは週に二日続けて、店舗へ出勤しないようにしている。自分の休息と、家族との時間を確保するため。そして、アルタムが居なくとも店を管理できる後進を育てるためだ。
と、言う訳で、明日から二日間の休息が控えた俺は、恐らくいつもより上機嫌に見えているのだろう。前世でも、週末前にはテンションが上がっていて、同僚に指摘されたことがあるのだから。
「お疲れ様です。セタン様。さすが、算術の分野は理解がお早いですね」
アレイの褒め言葉も、耳が心地よい。
機嫌が悪ければ、「いや、こんなの大昔にやったことあるし」と内心反論する。というか、二日目は筋肉痛が辛くて、そのように思っていた気がする。
でも今は、「そうでしょう、そうでしょう」と言いたくなってしまう。
「ありがとうございます。アレイさんの教え方が上手だからです」
とまぁ、人にやさしくできてしまう。
「お褒めに預かり光栄です。では続いて、貴族社会についてのお話をいたしましょう」
この分野では、貴族同士の力関係や、有力貴族の歴史。貴族としてどう振る舞うべきかなどを、実例を挙げてアレイが解説してくれている。貴族にフォーカスした社会科と、マナー講座を混ぜたような感じだ。
「貴族社会において、重視されるものの一つとして、贅を尽くす、というものがございます。要するに贅沢をするということですね」
「贅沢......ですか? 」
「はい。特に、身につけるものや、家に飾るもの、食べるものや、人に贈るものについては、それ相応の贅を尽くさねばなりません」
「それはどうしてですか? 」
「経済のためでございます。以前お話させていただいた通り、国から貴族それぞれへ、配当金が支給されます。これは、各貴族から徴収した税金を国庫へ納めて、国家運営に必要な資金を抜いたものを再分配したものになります。そしてそれらは、貴族にとって小さな額のものではありません。ここまでよろしいですか? 」
「はい」
「その金が、貴族の元で停滞すれば、経済は止まってしまいます。特に、その貴族領地の経済が」
「なるほど」
「なので、貴族は日常から、贅を尽くし、領民へと還元します。高級品を、領地で買い揃えることで、領民の懐が潤い、支出が活発になり、経済が流動的になっていきます」
経済対策の一環か。しかもよくできている。
この仕組みが行き渡っていれば、貴族が贅沢をしていても、領民から貴族に対して悪感情が芽生えづらい。間接的な内乱対策にもなっているのだ。
「そして、貴族にとっての『贅を尽くす』ことの象徴が、社交会でございます」
「社交会、ですか」
「社交会では、他の領地の貴族や、その町の有力な商人などを集め、馳走を振る舞って、領地の規模での人脈を作ります。そこでは、新たな商談や、ひいては婚約者などが生まれていきます」
「そうなんですね」
「そして、ほとんどの貴族は、後継者への継承や、叙爵などの際に、大規模な社交会を開き、その家の持つ力を誇示するのです」
なるほど、継承や叙爵か。
「セタン様」
「はい」
「そういう訳で、社交会を開いていただきます」
は?
「明後日に」
は?
「お勉強と、訓練でお忙しくされているセタン様に代わって、僭越ながら、こちらで準備させていただいております」
「いやいや、ちょっと待って! え? 明後日? 」
「はい。明後日です。アルタム様、ヒティネ様にはもうお話しております。もちろんご許可も。場所は、急な事でしたので、我が家の迎賓館をお貸し致します。招待者につきましても、アルタム様とご相談させて頂き、もう既に招待状をお送りしております」
いつの間にそんなに話が進んでいたんだ。というかなんだ迎賓館って。アレイの家、ということは宰相の家か。ということは宰相も当然来るのか? 誰が来る? どこまで来るんだ?
「申し訳ありません。いきなりのことで驚かせてしまって。しかし、アルタム様や、ヒティネ様からこの話は止められておりました。セタン様に、無用な心配事を増やしたくないとのことでして」
そう言われてしまえば、怒るに怒れない。というか、やることが決してしまっていたならば、直前に伝えられた方が諦めもつく、か。
「分かりました。頑張ります」
「はい。所作などに関しては、これまでお教えしたことを実行して頂ければ、なんの問題もございません。セタン様がなされる挨拶についても、こちらで文章を作成し、それを読んでいただく形を取らせて頂きます。ご注意頂きたいのは、求婚でございます」
「きゅ、求婚? 」
いきなりの言葉で変な声が出た。
「ええ、なんと言ってもセタン様は、世界を救う勇者様でございます。その妻となれれば、これ以上の名誉と、喧伝材料はございません。なんとしてでも、セタン様のお近づきになろうと擦り寄ってくる人間もいるやもしれません。どうか、行動にはお気をつけください」
「で、でも、僕まだ五歳ですよ? 」
「セタン様はご存知ないかもしれませんが、実際、ご自宅や、商会の方へ、セタン様との婚約を求める書状も届いております。それも何件も」
「は、はぁ......」
「そういった者たちは、極力招待状を送る過程で省いてはおりますが、やはり直接お会いするチャンスをものにしようとする者もいることでしょう」
「分かりました。気をつけます」
「と、言うことですので、明後日は昼過ぎ頃に、商会へ、我が家の馬車でお迎えに上がります」
「よろしくお願いします」
そうしている間に、午前は過ぎて、昼食の時間になっていた。
明後日の社交会について、ぐるぐると考えながら食事へ向かうと、そこにはクリスとフィンがいた。
初日の他に、もう一度、昼食を一緒に摂ったことがあった。王子、王女も、昼食の時間となれば、意外と自由に振る舞えるらしい。
「おっ! 来た来たセタン! 遅いぞ! 」
クリスとフィンがこちらに向けて手を振っている。初めの会食と比べて、随分と距離が縮まったように見えた。
「いや、一緒に食事をする約束はしていないぞ」
「そうだったか? 」
「それよりもセタン様? お聞きになりました? 」
「社交会のことか? さっき聞いたよ。今、絶賛頭を抱えているところだ」
「そうですの? とにかく明後日、楽しみにしておりますわね! 」
「あぁ! 楽しみにしているぞ! 」
は?
「お伝えし忘れていましたが、明後日の社交会には、クリス王子とフィン王女、それにお妃様もお見えになります」
「なんだよー聞いてなかったのか」
「でも、セタン様のびっくりしたお顔を見れましたわ! 」
「そうだなアレイ! ナイス! 」
俺にとっては全くナイスじゃないよ......。
その後昼食で話した内容や、訓練のことは、あまり覚えていない。とにかく、緊張と不安、それからいつまで走るんだ、と考えていた気がする。
家に着くと、ヒティネがニコニコしながら出迎えてきた。
「おかえり! セタン! あの話、聞いた? 」
いつになく上機嫌そうだ。
「社交会のことですか? 聞きました」
「なら話は早いわね! 明日、買い物に行くわよ! 社交会へ向けて! 」
こうして、朝から楽しみにしていた連休がまるまる潰れてしまい、俺は力なく笑っていた。
買い物前の女性ってキラキラしてますよね。
ヒティネも今、多分そんな感じです。




