勇者、指南役に会う。
21
団長は、一人の騎士を引き連れて部屋に戻ってきた。
その騎士は、部屋に入るなり、王子、王女の二人と、それに付き従うメイドたち、俺とアレイ、両断された的を見て、口を大きく広げて固まった。
見た目は、アレイと同じくらいの二十代中盤。
金髪と碧眼は、クリスやフィンを思わせるが、フィンと同じかそれ以上に快活そうな雰囲気を纏いながらも、体はがっちりと鍛え上げられていて、不思議な、違和感のようなものを感じさせる。
「な、なんすか。この状況......」
青年騎士は、どこから触れればいいのか分かっていない様子だった。いくら騎士とはいえ、このようなカオスな状況にいきなり身を置かれると、戸惑いを隠せないらしい。
「王子殿下と、王女殿下は、セタン殿の様子を見に来られた。そして、ここでセタン殿が剣を振るい、いつもお前たちも使っているあの的が真っ二つだ」
団長は、見たままの状況を端的に説明して見せた。しかしその言葉が、青年騎士の耳に届いているかは怪しい。
「おい、まずは自己紹介だ」
「ひっ! 」
青年騎士は情けない声を上げた。予想はできていたが、きっと団長の訓練での姿は厳しいのだろう。
「はいっ! 王国騎士団所属、第一歩兵小隊小隊長、ビートでございます! 王子殿下、王女殿下、並びにセタン様に、アレイ様にお目通りができたこと、至極光栄......」
「長い」
青年騎士、ビートは団長に小突かれた。
「セタン殿。ここからしばらくは、この者と訓練を行いなさい。こいつは、性格こそ軽いが、歩兵術、特に近接剣術戦闘においては、なかなかの腕をしている。告命でも、上級剣術の才覚を頂いたそうだ」
ビートは、褒められて嬉しそうな顔をしている。確かに少し、性格は軽そうだ。
「はい。よろしくお願いします、ビートさん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします! 」
「おいビート。セタン殿は見ての通り、とんでもない太刀筋をしている。よって、しばらくは鉄剣を握らせないように。その他の、木刀での素振りや、型、体づくりのトレーニングなどを行っていくこと。でないと、お前は下手したら真っ二つだぞ」
「き、肝に銘じます」
二人のやり取りを聞いて、俺は上手く表情崩さずにいられただろうか。
ここにいる大人たちに刻まれた、俺への潜在的な恐怖は、なかなか拭われるものではないのだろう。
「では俺は、全体の訓練にもどる。よく励むように」
そう言って団長は、部屋を後にした。
「私も、一度ここで失礼致します。明日の準備や、その他の雑務をこなしてまいります。また、訓練が終わられる頃合でお迎えに上がりますので」
「俺達も戻るか。あんまり長居すると、明日やらなきゃいけないことがすごいことになる」
「それは大変ですわ! じゃあセタン様、頑張ってくださいね! 」
部屋から人がぞろぞろと出ていく。
そうして部屋には、俺とビートだけが残された。
「じゃあ訓練、始めていくっすか! 」
「そうですね。まずは何からするんですか? 」
「んーっと。とりあえず走るっすか! 」
「走る? 」
走った。とにかく走った。王宮の中をとことん走り込んだ。
あの後ビートは、俺を外へと連れ出して、短距離走に、長距離走と、ひたすら走らせた。
この世界に来て、初めて本格的な運動だった。前世では中高の部活で走り込みをさせられたりもしたが、その頃とは体つきが全く違う。
歩幅が狭く、スピードが出ない。すぐに息が切れる。
身長も体格も年齢も全く違う俺が、現役の騎士を務めるビートについて行くというのがまず無謀だった。
さっきまでの、人を傷つけてしまうかもしれないという恐怖は、ほとんど無理やり忘れされられた。とんだ荒療治だ。本人にその意図はないだろうが。
とにかく俺は、西日が傾く、訓練の終わる頃にはとことん疲れ果てていた。
「今日はここらで終わりっすね」
少しも息の上がっていないビートが、涼しげに笑う。ムカつく。
「セタン様、お疲れ様です」
タイミングよく、アレイが迎えに来てくれた。
「は、はい。ほんと、疲れました」
「ほんとっすか? 軽くやったつもりなんすけどねー」
五歳児の体格を舐めないでいただきたい。
「ビート殿。セタン様は勇者とはいえ、まだ五歳。そしてついこの間まで、それを知らずただ日常を過ごしておられたのです。ご家族様から、体も弱かったと伺っております。どうかご無理のないように......」
「そうだったんすか? それは申し訳ないっす」
反省するようにビートは俯いた。
「セタン様、明日も来ていただければ嬉しいのですが、大丈夫ですか? 」
「はい。来れます。大丈夫です」
息を切らしながら答える。
「ではビート殿。ご注意ください」
アレイの忠言がビートに響いて、明日の訓練が、今日より少しマシになることを祈ろう。
「行きましょうか、セタン様」
疲れ果てた俺は、アレイに連れられて馬車に乗り込んだ。教室によって、いくつかテキストを持ち帰ろうかとも思ったが、どうせこの疲れでは、帰っても何も出来ないことが分かっているので、来たままの格好で商会に戻る。
商会に着くと、店の人が出迎えてくれた。俺を見る目が、今朝までとは違って見えた。うちにいるメイドのような目つきをしている。
アルタムが、俺のいないうちに何かを言ってくれたからだろう。
アルタムの執務室に入ると、大量の紙とにらめっこをしている、アルタム、ヒティネ、フェルダの姿が見えた。
こんな時間まで、フェルダは投げ出さずに、アルタムの手伝いをしていたのか。
「ただいま」
「おかえり、セタン。それにアレイさんもいらっしゃい! 」
ヒティネが真っ先に気づいて答えた。
「そういえば、フェルダがいきなりお邪魔したみたいで、本当にすみません......」
「いえ、セタン様はもちろん、王子様や王女様も喜んでおられたので」
「本当ですか? 良かったです。あら、セタン。随分と疲れた顔をしているのね? 」
ヒティネが不思議そうに聞いてくる。
「訓練で、すごく走らされました。今日はもうクタクタです」
「訓練ってただ走るだけなのか? あんまり楽しそうじゃないな」
フェルダが核心をつく。その通りだと思う。
「アルタム様、セタン様をお預かりしておりました」
「ありがとう、アレイくん。それで、朝の話だが......」
「じゃあ私たちは先に帰りましょうか。きっとあの様子じゃ、あの人長くなるわ」
アルタムと、アレイが深く話し出すと、ヒティネは察して俺とフェルダを家へ連れ帰った。
風呂に入って、食事をすると、途端に眠くなって、すぐに寝てしまった。
セタン、めっちゃ走らされましたね。
私は最近、久々にバスケをしたんですけど、セタン以上に息が絶え絶えになりました。




