勇者、勇者の力に触れる。
左足を一歩踏み出す。剣を右へ振り上げた。剣が手から離れないように、強く握り込む。腰を回転させながら、右肩から左下へ振り下ろした。
剣に、遠心力が加わって、剣先は徐々に加速していく。
鉄剣が的に触れた時、そのまま抵抗なく左下へと振り抜かれた。
的の上側が本体から滑り落ちて、地面に着くと同時に、地面から少しの砂埃が舞い上がった。
俺は初め、空ぶったのだと思った。
的が切断されたのが分かったのは、舞い上がった砂埃を見てからだった。
「こ、これは......なんという......」
アレイから、驚きに満ちた声が漏れ出る。
団長は何も言わないが、その顔にただただ驚きの色が滲み出ていた。
「勇者様すごーい! 」
部屋の入口の方で、甲高い声が聞こえた。視線を向けると、クリスとフィン、それに何人かのメイドたちが立っていた。
フィン以外の人達の、表情と体は固まってしまっていた。
握りしめていた手が、震えるのを感じる。
「おい! そこのメイド! ここで見たものには箝口令を敷く! 一切他言するな! 」
団長の、焦ったような注意喚起に、メイドたちは頷く他ない。
「セタン殿。剣を握るのは初めてと言ったな」
「はい」
「ではなぜ、そこに指輪を付けている」
団長は、俺の右手の人差し指にはめられた指輪を指さした。
「宰相様から貴族の証として頂いて......」
「なぜ人差し指に付けている。宰相に何か言われたか? 」
「いえ......特に意図はありませんでした。なんとなくです」
「そうか。まあいい。これは、剣の鍛錬以前の問題だ」
確かに、剣を初めて握った五歳児が、鉄剣とはいえ的をぶった斬るのは......。異様な光景にしか見えない。
「さすがは勇者ということか。鉄剣で的を両断するなどとは、未だかつて聞いたことがない」
聞いたことがない......?
「聞いたことがない......とは一体どういうことですか? 」
「何を言っている。普通この両刃の鉄剣で、木の的を真っ二つにするなんて芸当はありえない。他の的を見てみろ」
言われた通り、使い込まれた他の的に目線をやる。
「剣で斬る......というと聞こえはいいが、実際の斬撃は、相手に剣を叩きつけて、潰していくのが普通だ。だからその剣も、そこまで鋭利な刃は付いていない」
手に持っている剣に視線を落とす。確かに言われてみれば、日本刀に想像されるような鋭さはないように見える。
「ここの騎士も、もちろん俺も、そんな芸当は出来ない。お前のその太刀筋は、普通では無い。だから言っている。『さすがは勇者』だと」
俺がイメージしていたのは、日本刀で行われる居合のような、斬撃の鋭さを重視した斬り方だったということに、この時初めて気がついた。
この剣の形状は、西洋で作られていたそれに近い。実際に見てもいたが、指摘されるまで気づかなかった。
「分かっているとは思うが、お前の太刀筋は、俺たちのものよりも殺傷能力が高い。人間相手なら、胴体にかするだけでも致命傷だ」
そう言われてはっとした。これは、勇者になった者へ、神から与えられた、生きるものを殺す為の力なのだ。
手の震えが大きくなったのを感じる。
「それに、的へ向かうまでの動作や、振り下ろす時の体の使い方。どれをとっても、素人のそれではない。ましてや、筋力が発達する前の五歳児が行うのは不可能だ。セタン殿は、余程剣に愛されたと見える」
勇者の力。神から与えられたこの力は、世界を救う力であると同時に、敵を、殺す力でもあるのだ。
それに気づいた時、俺はこれまで抱いてきた恐怖とはまた別の、新たな恐怖と向き合わなければならないと悟った。
「全く。神からさずけられる力というのは凄まじいのだな」
歴戦の風格を滲ませる団長が放った言葉は酷く重い。
「魔王を倒すため、もちろん剣の修行は必要だ。だが、その前にまずは人を傷つけない剣の振るい方を学びなさい。今日からは、これで練習するように」
そう言って団長に渡されたのは、木刀だった。あんな恐ろしい力を使うのと比べれば、まだマシか。
「なんで勇者様がお強いって分かったのに、怖い表情をなさっているのですか? 」
フィンの声が、部屋の雰囲気を引き裂いた。
無邪気な質問で、メイドやアレン、団長までもが、ハッとさせられていた。
「いや、王女様の言う通りだ。俺たちの希望が、もうこんなにも強いと分かったのだから......。セタン殿の指南役として、考えていた者が居る。呼んでくるから少し待っていてくれ」
団長はそう言い残すと、騎士たちがしのぎを削る訓練場へと歩いていった。
するとクリスが近づいてくる。
「本当に、剣を持つのは初めてなのか? 」
怯えたように、不安そうな目で尋ねて来た。
「はい。初めてです」
偽らず、端的に答える。
「そうか、俺は三歳の頃から剣に触れてきた。だけど、一生セタンに勝つことはできないんだな」
クリスの口ぶりには諦めと、悲しみが強く込められていた。神様に強さを授けられた俺から、強さについてクリスに言えることはなかった。言えるとすれば......
「クリスは、もし俺が世界を救えたら、この国を支えなきゃいけない」
「この国を? 」
「あぁ。フィンや、フェルダがいるこの国を」
クリスは顔を上げた。目が合うと、俺の言いたいことは通じたようだった。
「そうだな。セタンにはセタンの、俺には俺の役割があるんだもんな」
これから王になっていく男の姿を、そこに見た。
幼い少年が決意を固める横で、まだしばらくは自分と向き合えそうもない勇者の姿が、そこにはあった。
西洋の剣術について調べる、いい機会になりました!




