勇者、役割を知る。(2)
すっぽりと俺の指にはまった指輪を、フェルダが物欲しそうに見つめている。
指輪はともかく、剣を家に持ち帰れば、フェルダの遊び道具にされてしまう未来が見えた。
「ここまでが、セタン様にお渡しする、貴族関連の品々のご説明です。なにかご質問はございますか? 」
「指輪とは少しずれるがよいですか? 」
アルタムが、気難しそうな顔をしながら問いかける。
「ええ、どうぞ」
「他国からの協賛の件ですが、もしセタンへの通告なしに申し出があった場合、一度保留にして、こちらに教えて頂いてもよろしいですか? 」
「と、申しますと? 」
「一方的な金の押しつけで、『恩を売っているのだから国に貢献せよ』などと言われてしまっては堪りません」
「なるほど。それはそうですな。いやいっそ、そういった者は全てこちらで断っておきましょう。『勇者様に直接お申し出いただかねば、金は受け取れない』と。もちろん、協賛の申し出があったことはそちらにお伝え致します。国単位で、そういったことが起きるのは稀でしょうが、各国の貴族単位ならば、勇者への協賛という名誉と、何かあった時の保険として端金を送り込んでくるとも限りませんしな」
「助かります。それと、貴族の治める領地については......」
「差し上げかねます。領地は元々、国外との戦争や内乱にて余った土地を、功労者に分配するものでございます。また、国の施策などで領地の再編成があった場合などにも、セタン様にあてがわれる予定は今のところございません」
「むしろ、そちらの方が好都合です。セタンはゆくゆく旅立つ身ですから、領地経営をしている暇はありません」
「そうでしょうとも。いやアルタム殿は道理をよく分かっていらっしゃる」
「光栄です」
「他にご質問は? 」
「あの、僕からもいいですか? 」
「なんですかな? 」
俺は、叙爵式の時に感じた不安を打ち明けることにした。
「僕はこれまで、商人の家の子どもとして生きてきました。なので、貴族の振る舞いや、言葉遣いが分かりません。どうしたらいいでしょうか? 」
「なるほど。ごもっともなご意見です。後ほど、私どもからご提案させて頂こうと考えておりましたが、旅立つまでの準備期間として、王宮で教育を受けられませんか? 」
「教育ですか? 」
「ええ、国内外を含めた社会情勢や、魔物、魔族との歴史、旅に役立つ知識や、お望みの貴族社会でのマナーについてなどをお教えできると思います」
「それは是非受けたいです」
「その話をするなら俺からも。失礼だが、セタン殿に武芸の経験は? 」
「ありません」
騎士団長が、話に入ってきた。
「ではその教育と同時並行で、訓練を受けないか? 」
「訓練......」
「勇者とはいえ、まだ五歳の子どもだ。ここからどんどんと強くなっていくとは思うが、旅に出ていきなり剣を握るのと、しっかりと準備して行くのとでは全くの別物だと俺は思う。それに、独学では学びにくい魔法についても、こちらから教えられることがある。もし受けると言うのであれば、騎士団が直々に訓練しよう」
願ってもいない事だ。これまでは、家に剣もなければ、まだ勇者にもなっていないからと、魔物を斬る所か、見たことすらなかった。
この訓練できっと、旅の途中で死んでしまう確率が減らせるだろう。
「喜んで参加させていただきます」
「そうか、それが聞けて安心した。では話すことも終わったので、私は訓練の方へ向かおう。セタン殿の訓練、楽しみにしている」
「ありがとうございます」
騎士団長はそう言い残すと、すたすたと部屋から出て行ってしまった。
「すみません。なにぶん騎士団長は寡黙な男ですので」
「いえいえ、気にしていません」
「それではお話の続きを。ご提案の続きですが、私どもはセタン様が十五の歳になられるまで、王都にいていただき、そこから旅立たれるのがよろしいかと考えております」
「ここから、十年ですか? 」
「ええ、もちろんそれまでに、実践的な訓練等で国内外にて活動をされることもあるとは思いますが、魔王討伐に向けてのご出立までにはそれだけの準備期間が必要だと考えています」
「それで、世界は大丈夫なのでしょうか? 」
十年という数字を聞いて、俺としては沢山準備できるのがありがたいが、真っ先に頭をよぎったのは教会での出来事だった。
祈るように、縋るように向けられた視線。身近ではあまり感じなかった、世界の危機を知っている人達の姿。
世界を背負う重圧から十年も、準備と称して逃げられるものなのだろうか。
「大丈夫、と言い切ることはできません。しかし、これまでの歴史を振り返ってみても、勇者誕生から十年そこらで、世界が崩壊するほどの危機に瀕したという事例はございません。もちろん、魔王がこの都市を攻めてくるような事態があれば、戦っていただくことになるとは思います。しかしあなたは、いくら立派でもまだ五歳。そんな幼子に世界を託すというのは、大人の矜持に関わります。どうか、じっくりとご準備ください」
宰相の目が、少し鋭くなったように感じた。もしこの場に騎士団長がいたら、怒鳴られていたのかもしれない。
確かに前世で、五歳児が世界の心配をしていたら、大人に任せろと言ってしまっていただろう。たまに、こういう年齢のズレが起きてしまう。
「分かりました。準備させていただきます」
「分かっていただけてなによりです。ところで、セタン様は現魔王について、どれほど知っておられますか? 」
「すみません、あまり詳しくなくて」
俺もこの世界に来て、魔王のことについて調べようとしたが、なかなか上手くいかなかった。
「私達の責任です。セタンやフェルダにはまだ、世界の残酷さを知ってほしくなくて......」
ヒティネが悲しそうに言った。
そこでようやく気づいた。アルタムの仲間の商人に聞いても、家にある本を開いても、魔王のこと、もっと言えば残酷な世界をこれまで知らずに居られたのは、二人によって守られていたからなのだ。まさか自分の子どもが、魔王を倒す運命を背負っているとも知らずに。
「そうですか。ではお話しましょう。今の世界の現状と、魔王の所業の一部を」
そうして宰相は話し始めた。
親によって隠されていた、世界の姿を。
この話の後半、実はお酒を飲んでから書いています。へんなところがないといいのですが......




