リリーフィアのこれから
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
ドクンドクンと、心臓が深く大きく鳴る。
ロザリーは確信めいたことを話していたが、本当に受理されるのかはこの場でしか分からない事だ。
深くなっていくレオナルドの眉間を前に、テオドールはゴクリと唾を飲む。
レオナルドは書類を置くと、おもむろに
「分かった。話を通しておこう」
深く一度頷いた。
思わず手を上へあげたくなったが、衝動をグッと抑え、テオドールは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼を言うことはない。こちらにも利がある話だから頷いたまでだ。そんな事より、あのバカ親を説得する方が大変だぞ?」
テオドールは頭を上げると、
「それにおいてはご心配無用かと」
ロザリー譲りである悪魔の微笑を浮かべ、早々に執務室を出て行った。
『今日来たリリーフィアとアメリア、私直々に淑女教育をしてもいいわよね?』
レオナルドは王宮インターシップの初日、ロザリーから言われた事を思い出した。
(あいつは一体いつからこれを読んでいたんだ……?)
にっこりと微笑んだ先に何が見えているのか。レオナルドは妻でありながら恐ろしい奴だと、困った様に頭を搔いた。
◇◇
「リリーフィア!」
リリーフィアがテオドールのエスコートを取る寸前、ハロルドが息を切らしながら駆け付けてきた。何から話せばいいのかと、ハロルドの挙動不審を他所にリリーフィアは深呼吸をして背筋を伸ばした。
「お父様、先程の件は見ていただきましたよね?私、ウィリアム様の婚約者になりたいです」
「うっ……」
どんな手を使ってでもこの話を消そうと思っていたが、愛娘の久方ぶりのお願いに加え、キラキラとした眼差しを向けられては……
「……分かった」
そして、理想の結婚条件を全て満たしたテオドールを前に拒否する事は出来ない。
リリーフィアは振り返ると、後ろで同じく頭を下げていたテオドールの手を満面の笑みで握った。
「ウィリアム様!」
「あぁ、これで僕達は婚約者だ」
にっこりと微笑まれ、ふいに我に戻ったリリーフィアは咄嗟に手を離した。
「もももももも申し訳ありません!」
(私ったらこんな面前でなんて事を!)
顔を真っ赤に染めるリリーフィア。
テオドールはそんな彼女を前に何て愛らしいんだと、真っ赤に染った頬に触れ、グッとリリーフィアを引き寄せた。
「僕達は婚約者なんだから謝る事ないよ。それに今後の為にも慣れていかないとね」
耳元で囁かれたせいでより顔が真っ赤になったリリーフィアを傍らにテオドールは笑みを浮かべる。ずっとこうしていたいと思うが、愛らしい彼女が写る視界の端からハロルドのおぞましい圧が溢れていた。
これでは婚約の話すら危ない。テオドールは仕方なしと名残惜しそうに手を離した。
(こ、これがコンヤクシャ……まるで別の生き物みたいだわ)
テオドールから離れたリリーフィアはカインの時とは全く違う甘い雰囲気に目を丸くし、熱い眼差しを向けてくるテオドールから咄嗟に目を背けた。
これではアメリア達の事を言えないバカップルだ。しかし、気恥しいとも思うが不思議と嫌とは思わない。それは相手がきっとテオドールだからだと、リリーフィアは余裕そうな彼の顔をチラリと見た。
不思議そうに首を傾げる彼もカッコイイと、リリーフィアは熱い頬を両手で抑える。
この感情がアメリアが話していた恋というものなのだろうか。想うだけで幸せで、隣に立てているのが今でも信じられなくて、ふわふわした高揚感に襲われる。
(私、今幸せだなぁ……)
「さぁみんな待ってるよ」
さぁと指された中央のホールには在校生と卒業生が《グロリオサ》を授与されたリリーフィアの帰りを待っていた。
あの頃の自分は予想していただろうか。
生きている事すら恥じていたあの時は毎日が雲泥のようだった。
しかし、今はどうだろう。
輝く舞台の中央、そこには自分を心待ちにする大勢の姿があり、心から愛おしいと想える人がそこへ導こうと手を差し伸べてくれている。
「ドルファン嬢……いや……リリーフィア」
優しい声に呼ばれ、リリーフィアが顔を上げた先にはテオドールの姿があり、その後ろには輝かしい舞台が待っていた。
「行こうか」
リリーフィアは泣くのを堪えると、差し伸べられた手と重ねた。
ずっと苦しかった10年間。
いつかあの頃があったから、そう笑顔で語れる日は来るのだろう。そしてそこにはきっとテオドールやアメリア、セオドアの存在があるのだと確信している。
歩いた先にはアメリアとエスコートをするセオドアがいた。2人の元へ着いたリリーフィアは高揚感で淡く頬を染め、その表情には笑顔が浮かんでいた。
「私、皆さんの事が大好きです」
私もだと、アメリアは照れくさそうに笑う。テオドールもそれに答えると、セオドアも頷いた。
◇◇10年後
裏庭のベンチに座る王妃リリーフィア・ロア・ウィリアムの姿があった。
そしてリリーフィアが見つめる先には未だ蕾でいる少女がいる。
少女は俯きながらも、陰る翠眼を真っ直ぐにリリーフィアへ向け
「私の様な人間でも……王妃殿下の様になれるでしょうか」
たどたどしく言葉を並べた。
リリーフィアはあの頃の自分と彼女を重ね、そっと朗らかに微笑む。そして
「その強い意志があればきっと、貴女は貴女らしく開花していけるわ」
そう言ったリリーフィアは立ち上がり、
「王妃直々淑女教育を受ける気はある?」
手を伸ばした。
直ぐに頷き、手を取った少女に微笑みかけると、顔を覆うように伸ばしていた前髪を耳にかけ
「では行きましょうか」
少女を広間へと案内した。
開花した花はいつか枯れるのだろうが、それは種となり次世代へと繋いでいく。それを悲しむ必要はない。悲しむ暇を与えてくれないと話した方がいいのだろうが。
「リリーフィア?そのご令嬢は……」
「へ、陛下!?」
広間へ向かう途中、リリーフィアを探していたテオドールとばったり行き合った。
「やっと見つけたよ。リリーフィアに用事があってね」
「用事……また公務を抜けてきたのですか?また怒られてしまいます。早く戻ってください」
「リリーフィアに会いに行くのは重要で大切な用事だよ。じゃないと僕は寂しくて干からびて死んでしまいかねないからね」
テオドールはリリーフィアの手を取ると、手の甲へキスをした。適当に流せれば良かったのだろうが、どうもこういう甘い雰囲気には慣れそうにない。
甘ったるい空気を読んだ少女が足早に部屋へ戻ると、リリーフィアは「人前でこういう事はなさらないでください!」と頬を膨らませた。
しかし
「怒る顔も可愛いね」
反省する気が無いテオドールにリリーフィアはため息を吐き、休憩ならと、東屋へ歩き始めた、その時。
テオドールは軽々とリリーフィアを両腕で抱え、すっかり冷えてしまった頬に再びキスをした。
「さぁ向かおうか」
「ちょっ!離してください!」
「それは無理な相談だよ。僕のお姫様を長時間も歩かせられないからね」
「そもそも今日は……!」
何とか離してもらおうとリリーフィアは抵抗するも、テオドールの軸は一切ブレる様子などない。
何かを言いかけたリリーフィアだったが
「あらあら……国一番のおしどり夫婦の愛称は本当のようですね」
「まだ10代の頃の方が恥じらいがありましたよ」
リリーフィアの忠告も虚しく、ルーズ男爵夫人となったアメリアとセオドアがニヤニヤ笑いながら登場した。
「あれ?2人とも、今日はどうしたんだい?」
「どうしたんだい?ではありませんわ。今日は昼食を共にしようとお約束をしておりましたでしょう?リリーフィア様にしか興味のない陛下はお約束をお忘れになられたのかしら」
穴があったら入りたいと、顔を両手で覆うリリーフィアの前では毎回恒例であるテオドールとアメリアの小戦争が開催されていた。
この隙にリリーフィアはテオドールの腕から降りるとアメリアの背後へ身を隠す。子猫のように警戒するリリーフィアをアメリアは勝ち誇った顔でテオドールを見ると、彼はガクンと首を落とした。
恒例行事である小戦争は今日もアメリアの勝利で幕を閉じた。
◇◇
「そうだ……元アーマルド侯爵領の経営が乗ってきていて、特に名産品と名高い果実ジュースは出荷待ち状態なんです」
「噂はかねがね聞いておりますわ。しかし名前を伏せずともリリーフィア様の名前で管理すればもっと時間もかからなかったでしょうに」
あの祝賀会での騒動はひとつの歴史となって語り継がれていた。歴史ある名家アーマルド侯爵家の没落は貴族を動かすものだった。
数多の貴族がアーマルド侯爵領を欲しいと名を上げたが、国は国家預りの領地とし、領地管理人の元、国が運営する事が取り決まった。誰もが口出しできない形としたのだ。
しかし、国王にとって予想外の出来事が起こった。
それでも尚、名乗りを上げて来たのは何名かの貴族。そして、リリーフィアだった。
次で完結予定です。
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