テオドールのこれから
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
「 リリーフィアの新しい婚約者を宛てがおうと思っているの」
卒業式前日、王妃―――ロザリーから急に呼び出されたかと思えば、唐突に会話を振られた。和やかに何気なく話しているが、実母でありながらも良い意味で底知れない恐ろしさを抱いているテオドールはその全てに疑心しか抱かない。
「それをどうして僕に?」
「あらぁ……どうしてかしらね」
(そうだった。この人はこういう人だった)
問いかけを有耶無耶に終わりにしようとすれば永遠にその会話は終わらず、逃げ場を作らず、朗らかにゆっくり心の奥底を引き出してくる。
リリーフィアの良さを理解し、彼女を支えられる新たな婚約者が入れば彼女にとって結婚という物事においてこれ以上の幸せはないだろう。
私利私欲で国を、ましてや大切な人を縛るなどあってはならない事だ。
カインの件が片付いた時、その空いた位置に自分が割り込もうなどとは1ミリも考えていなかった。
だからこそ、何故ロザリーがリリーフィアの婚約者についての話を自分にしてくるのか、検討もつかない。
「人の上に立つ人として何が大切か……貴方はどう思ってる?」
見るに見かねたと言わんばかりに、ロザリーは問いかけた。
「支える強さ、真実から目を背けない覚悟だと僕は思っています」
「そうね。王族としてという意味では貴方らしい答えね」
何が言いたいんだと、口には出せないが疑問が頭を過ぎる。
「では質問を変えましょうか。歴史に名を馳せ、国を支えた偉人達は貴族階級でない方もいたけれど、共通する事があると私は思っているの。テオドールはどう思う?」
歴史書に記されている中で1番思い当たるのは、流行病の特効薬を開発した平民階級の男性の話だ。彼は地位を持ち合わせていなかったが、類い稀なる頭脳でその地位を確立していった。
しかし、頭脳が全てかと言えばそれもまた違う。
その時の運も実力の一部と言われるように、絞るのには根拠が足りないであろう。
テオドールが口を閉ざしていると、ロザリーはそんなに難しく考える必要はないと言ってカップを置いた。
「それこそ人の数ある答えのひとつを聞いているだけよ。今から話すからと言って、それを貴方の考えにする必要も無いし、納得がいくならそうだと話せばいい」
「面目ありません」
「まだ分からない……それが今の貴方の答えなら胸を張りなさい。卒業したら本格的に王位に就く教育が始まるのだから、そんな軟弱でいたら王となる資格は一生与えられないわよ」
和やかに、諭されるように言われる正論パンチを久々に食らうも、それに反抗のハの字も出ないのはそれが本当に正論で彼女の優しさだと分かっているからだ。
「私はふたつ、あると思うの」
ロザリーは指をふたつ立て、ゆっくりと話し始めた。
「人の脆さを理解していること。そして海底に引きずり込まれたとしても這い上がる魂を持っていること。簡単のように思えるけれど、これがいちばん難しいんじゃないかしら」
「脆さと魂……ですか?」
「人の上に立つ者は人の脆さを理解しなければ、独りよがりの暴君となってしまう。そしてそれと同時に潰されそうになったり陥れられたとしても、這い上がらなくてはならない。その資格をリリーフィアは持っている……王妃ロザリー・ロア・ウィリアムはそう、確信しています」
この人は明確な何かがない限り、あやふやに物事を決めつけない。そんな彼女にここまで言わすリリーフィアの存在がより眩しく思うが、それがどうしてリリーフィアの婚約と話が繋がるというのか。
テオドールの疑問を直ぐに察知したロザリーはまだ分からないのかと、ため息を吐いた。
「テオドールは自分の欲でこの国の未来を決めてしまうことを危惧しているのでしょう?リリーフィアの想いに気付いていながら。全てにおいて危惧する必要なんてないと話しているのに、どうしてまだこの部屋にいるのかしら」
朗らかに淡々と話しているが、目が決して笑っていないとテオドールは身震いする。
しかし、ふと不思議に思った。
リリーフィアへの想いをロザリーに一度でも話したか、と。
国王―――レオナルドにも伝えていない事であり、ロザリーにはリリーフィアとカインを引き離す計画も話していないはずだ。
レオナルドの行動などを鑑みても把握していないと思いたかったが、昔にレオナルドが震えながら諭してきたのを思い出す。
『ロザリーにどんな方法を使って隠そうとも、全てお見通しだ』
その震えていた意味を昔は分からなかったが、こういうことなのかと、理解した。
「あの人と卒業を気になんのお約束をしているか分からないけれど……早くしないと掻っ攫われてしまうわよ?」
全てお見通しらしい。
「それに、元々あの人の所へ行く予定だったのでしょう?それがあれば話は優位に進むわ。あなたがこの手を使いたくなかったのは分かるけれど、どんな手段を使ってでも離したくないと思うのならそうなさい」
諭すようにゆっくりと、しかし目を合わせれば力強い眼差しに、テオドールはこれが誰もが認める国母であるのかと納得した。
(しかし……この人は本当にどこまで知っているんだ?)
テオドールは分が悪そうに苦笑いを浮かべると、
「行ってきます」
そう行ってレオナルドが待つ執務室へ急いだ。
◇◇
「陛下、お話があります」
なんと切り出そうか、扉の前で悩んだが回りくどい事をしていては間に合わなくなってしまう。情に訴えようかとも考えたが、確証がないものにリリーフィアとの婚約を賭けたくはない。
「この感じは久しぶりだな。入れ、話とやらを聞いてやろう」
まず執務室へ入れた事に安堵し、テオドールは招かれるまま執務室のイスへ腰掛けた。
「率直に申し上げます。リリーフィア・ドルファン伯爵令嬢との婚約をお認め下さい」
ロザリーが鼻歌を歌っていたのはこれを計画していたからだなと、レオナルドはハッハッハ!と大笑いを響かせる。
呆気に取られているテオドールを他所に、
「本当に率直だな。そこになんの利益がある」
急に真剣な表情を浮かべた。
「彼女は女性で初めて王宮内の部へ推薦をかけられたと伺いました。王妃から淑女教育を受け、彼女自身の魅力も問題なく、ドルファン伯爵家との縁を繋ぐにも利しかない話かと」
「しかし彼女はアーマルド侯爵家と婚約破棄したばかりだ。婚約破棄に王族が関わったと噂が流れる恐れもある」
それはなくも無い話だ。貴族の噂は国家において命取りになる可能性がある。国家への信頼が揺らいだ時、それが民へと移っては後戻りが出来ない。
それを賭けに出してまでの根拠は無いが、確かに言える事はある。テオドールは持って来た書類と写真をデスクへ広げた。
それはアーマルド侯爵家が行っている脱税の証拠、そしてカインがリリーフィアへ手を挙げている写真だ。
「アーマルド侯爵家が脱税したという証拠、その子息であるカイン・アーマルドの証拠もあるなら、どうですか?」
「ほぅ?」
「脱税の証拠に、カイン・アーマルドが手を挙げるこの写真があれば噂を操る事は容易かと」
レオナルドは書類にひと通り目を通すと、真剣な趣でテオドールを見た。
あと2話で完結です。
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