私の10年を返していただきます ③
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
「ここにカイン・アーマルドはいるか!うちの娘を捨てた挙句、捨てたそうだな!表へ出ろ!」
(なぜこんな絶好のタイミングでイーブル伯爵卿が?)
リリーフィアは中年男性が、カインの浮気相手のひとりであるイーブル伯爵令嬢の親だと理解した。元々話はしていたが、彼は冷静沈着な印象がある。だから話をした時も怒りはしていたが、乗り込んで来るような事は無かったし、後の切り札にしようと思っていた。
しかし、この好機を逃す手はない。
こちらの好機という事は、カインにとって悪機という事だ。そもそも面前である事を思い出したのか、カインは途端に顔を青ざめさせ、虚ろな目でこちらを見てきた。
そして追い討ちをかけるように
「なんだってー!アーマルド侯爵の脱税が見つかって逮捕状がでた!?」
どこからともなく聞こえてきた声により、彼は絶壁に追いやられた。
しかし、こうも続いて運を届かせている人物が誰なのか、瞬時に理解する。
いつも表へ出ないように、分からないように支えてくるこの手。一瞬、怯んでしまったのが伝わってしまったのだろう。
(本当に……そういう事は前もって話して欲しいって言ったのに)
心の中で密かに蓄えていた感情が膨れ上がる。きっとあの人には今後も、敵わないのだろうと、こういうのはきっと惚れてしまった方が負けなのだ。
「ウィリアム様はお前は誰の為に生き、誰が何を成し遂げる為に私は生きているのか……初めて会った時、そう尋ねられました」
この会場には見当たらない彼へ、今も会場で心配そうに見ていてくれている彼女らにあの時の返事をしよう。
「アメリア様も何の為に自分を磨き続けるのかと。ルーズ様には何を軸に生きるのかと」
「……だからなんだと言うんだ」
唖然とするカインの声が聞こえてくる。
「私は理想とする淑女となる為、自分が誇りに思える自分に成る為。まだ飛べずにいるひな鳥へ、手を差し伸べる事のできる人間に成る為、私は生きたい」
拍手喝采が響き渡り、リリーフィアはカーテシーで頭を下げた。視線の端でカインが取り押さえられていたが、それはもう、こちらには関係の無いことだ。
膝から崩れ落ちた鈍い音が隣から聞こえ、地へ伏せる彼からは先程までの威勢はない。ずっと恐れていた人物はこんなにも小さな男だったのかと、リリーフィアは哀れんだ視線を向けた。
その視線に何を思ったのか、
「俺の事を好きだっただろう?今なら、今ならまだ許してやる……お前だけを愛してやろう」
カインは小さく震えた声で、なんとも気味の悪い眼差しを向けてきた。
しかし、それはカインの本心から出てきた言葉なのだと、10年も一緒にいたリリーフィアはいやでも悟る。
そして彼がどれ程、こちらに酔心しているのか、よく理解することが出来た。
(こんなにも小さな男だったなんて……)
リリーフィアはゆっくり、最後を噛み締めるようにカインの元へ歩み寄った。抑えていた騎士達を下げ、盲信する様な一直線の視線に苦笑すると、口元へ手を当て、彼の耳元まで顔を近付けた。
(許しを乞う私を、貴方はずっと貶してきましたよね?)
張りぼてをずっと信じていたい貴方へ最後の激励の言葉を捧げよう、と。
「まだそれ、信じていたの?」
素っ頓狂な声が聞こえてくる。
「あなたの事なんて、とうの昔から愛してなんてないわ。私はこの10年間、ずっとあなたの事が大嫌いだった」
私でなく、ただの私として、何よりも伝えたい。
「もう二度と、私の前に現れないでちょうだい?さようなら、カイン・アーマルド様。お元気で」
最後の表情はリリーフィアの取り繕っていない笑みだった。
やっと終わっと、下げていた騎士たちに頭を下げると、リリーフィアは中央へ戻って行った。言いたい事は話し、後悔や罪悪感というものはない。
しかし、それとこれとは別の話で場の空気を悪くしてしまった後悔はある。仕切り直そうと、学園長からマイクを借りようと手を伸ばすと
「婚約破棄をしたということは、ドルファン嬢は婚約者なしと言うことですよね?」
壇上の脇に伸びる階段からテオドールの声がした。
実質、2ヶ月ぶりの対面に心が踊ってしまう。思わず駆け出してしまいそうな衝動を必死に抑え、
「ウィリアム様?」
不自然でないように、普通を取り繕った様に名を呼ぶ。
手には数種の花が束ねられた花束が持たれていた。赤いチューリップや薔薇、アネモネやマーガレットなどの花は甘い香りを優しくこちらまで運んで来た。
カインには見向きもせず、テオドールはリリーフィアの元へ真っ直ぐ歩いてくると、おもむろに膝を着いて花束を差し出した。
《グロリオサ》の祝い用にしては花の選択が少しおかしく、こんな測ったようなタイミングなのも些か完璧な彼にしては不思議な点が多い。
期待してはいけないと分かっているが、どうしてもその花束の意味を理解しては勘違いが頭の中で渦を巻く。
目を合わせた彼の瞳から熱い何かを向けられ、心臓がドクンドクンと音を鳴らした。今までこんな目を向けられたことはなかった。ただの友人へ向ける態度に視線、これでは何となくだったあの雰囲気に名前が着いてしまう。
貴方が私の事を―――
「リリーフィア・ドルファン伯爵令嬢。僕と婚約して頂けませんか?」
こんな私の事を―――
利益だとか邪心だとかを考える暇無く、リリーフィアは直ぐに手を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
そう言うと、折角受け取った花束を落とす勢いで、テオドールはリリーフィアを引き寄せた。離さまいと強く、しかしどこか暖かく優しく、抱き締める。
近付いた彼の心音はリリーフィアよりも大きく、あぁ彼も人間で冷静そうだが緊張していたのかと、つい安心してしまった。
リリーフィアは彼の背中へ手を回す。
「ずっとこうしたかった」
「私もです。お慕いしておりました」
リリーフィアがそう言うと、テオドールは僅かに手へ力を込め、リリーフィアにしか聞こえないような小さな声で
「愛してる」
そう、呟いた。
あと3話で完結です。
今まで長くお付き合いいただきありがとうございました。最後の番外編のような本編の続きとなります。
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