謝礼 ②
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
婚約破棄においての話し合いは順調に進み、婚約破棄が正式に取り決まった。座りながら顔を青ざめるアドニスをフィニス含めた4人は冷静に見つめるも、手を差し出すものはいなかった。
静まり返った空気の中で、リリーフィアはおもむろに手を挙げる。
「話す許可をいただいてもよろしいでしょうか」
国王は首を縦に一度振ると、リリーフィアはお辞儀をして口を開く。
「私からふたつ提案があるのですが……この婚約破棄は正式に決まりましたが、周囲に公言するのは卒業式前後のタイミングにしていただきたいのです」
「理由は?」
「はい。卒業式という祝いの式に水を差したくないのです。ただでさえ私の学園生活は日陰の時期もありましたから」
「ふたつめは」
「ふたつめは……その公言する事を私に一任していただきたいのです」
怪訝する視線がハロルドから向けられる。
それもそうだと、リリーフィアはハロルドへ大丈夫だと目で訴えた。この事はハロルドにも話していない。
昨日の夜に思いついたものだ。
ずっと苦しかったこの気持ちを彼へ婚約破棄という形で伝えようとも、きっと彼は意図を理解しないだろう。口上手い彼のことで、婚約破棄においてもこちら側が悪かったように言いふらすはずだ。
生半可に攻撃したとしても、カインにとっては好機以上のなにものではないとリリーフィアは知っている。
「この件一番の被害者が望むなら止める理由はない。最後の学園生活をうんと楽しんでくれ」
「ありがとう存じます、陛下」
(お前の考えている事なんて俺は全て予想できる。だから態々報告してくるな……でしたよね?カイン様。いえ……今日からアーマルド様でした)
◇◇
「ねぇリリーフィア?」
経済部へ戻る途中で王妃に引き止められた。
「はい、なんでしょうか」
「研修期間なんだけれど、あともう1ヶ月伸ばすようお願いしたいの」
「私からは断る理由はありませんが……」
「あの人達は何も言わないけれど、私も協力したいのよ。1ヶ月間もこの話をはぐらかすのは貴方もつらいでしょう?」
王妃は何をとは言わなかった。しかし、これはどう考えても事の経緯を知っている。
国王とテオドールは王妃には説明していないと話していたが、これは全てを悟られているのだろう。
全てを見透かされている様な碧眼がにっこりと笑う。
国の母であり、テオドールの母である彼女には敵う気がしないと、リリーフィアは思った。
そして時は―――
「リリーフィア様!とてもお美しいですわ!」
「アメリア様ー!」
3学年にとっては最後の学園生活である本日。
卒業用の制服から祝賀会用の支度をすませた後、例年同様、寮の前には卒業生を囲む人集りで溢れ返っていた。女子寮であり、この場は本日限り、男子禁制となる。
支度した綺麗な姿を婚約者及び家族へ初めに見せられるよう、学園の配慮の一つだ。
卒業式は決まって目立つ存在の子女がいるが、今回はアメリアとリリーフィアに集中されており、人は集まるばかりで一向にはける気配がない。
在学中に多大なる功績を国に貢献した者にのみ授与されるという《グロリオサ》の授与式が20年振りに執り行われる事が決定し、それがこのふたりのどちらかではないか、と噂されているのが拍車をかけているのだろう。
しかし、どんなに黄色い声援であったとしても、セオドアに早くこの姿を見せたいアメリアにとって、面倒臭い壁にしか無かった。
アメリアは
「私達、これから準備がありますので失礼しますね」
なるべく丁寧に言葉を並べると、さぁ行きましょうとリリーフィアへ手を伸ばした。
進級式の時、あんなにも遠く見えた背中が目の前にある。眩しく見えた目の前の世界。あの時は前に進む勇気がわかなかったけど……
リリーフィアは覚悟を決める様に胸に手を当て、深呼吸をする。
アメリアと同等とか劣るとか、前はそういう事をよく考えていた。アメリアの隣に並んでも劣らないようにと、努力するきっかけになったあの感情はあの時には必要なものだったが、今は少し違うように思えてくる。
同等とか劣るでもない。今はただ単純に、アメリアと比べる事なく、自分は自分のままで良いのだと、そう思える。
「はい、アメリア様」
今まであった溝を飛び越え、リリーフィアはアメリアの手を取った。
◇◇
卒業式が始まる前日、リリーフィアは寮に戻った。片付けは使用人に頼んであるが、3年間を共にしていた学舎との別れを告げるのは本人にしか出来ない。
◇◇
「セオドア、どう?」
「とてもお綺麗です。美しいです。世界一と言っても過言ではないでしょう」
「セオドアならそう言ってくれると思ったわ」
2ヶ月ぶりにみるアメリアとセオドアの熱愛っぷりは拍車をかけていた。まだ寒さが僅かに残る季節ではあるが、目の前は真夏の熱を放っている。
髪をアップにまとめたアメリアのドレスは、セオドアの翠眼を模した華やかさより機能性を重視した彼女には珍しいエンパイアラインだ。卒業したらルーズ男爵家へ嫁ぐ事が決まっている今、名門騎士家の妻となる彼女の覚悟の現れだろう。
(そういえばウィリアム様の姿が見えないわ )
ふと、彼の事が頭に過ぎったリリーフィアは彼女らから視線を離し、視線を右往左往させる。しかしどこを探せど、テオドールの姿はない。
王太子である為にやらなくてはならない事があるのかと、リリーフィアが肩を下げていると、手前からニヤニヤとした視線が肌に刺さってきた。
「ふふふ……あの方なら準備しなくてはならない事があるからと、祝賀会には遅れるみたいですよ」
アメリアには全てお見通しらしく、リリーフィアは顔を真っ赤にして首を勢いよく横に振った。
「べべべ別にウィリアム様をお探ししていたわけでは!」
「あら、私はあのお方と言っただけですわよ?」
完全に遊ばれていると、リリーフィアはパクパクと口を開いては閉じ、真っ赤になった顔を両手で抑えた。
ニヨニヨとしながらその姿に可愛らしいとアメリアは見守るが、ため息を吐きながら、セオドアに手を引かれてしまった。すぐ後ろで待機していた為に寄ろけはしないが、アメリアの背はピッタリと彼の腹にくっつく形となっている。
「流石にやりすぎです」
「だってリリーフィア様ったら可愛らしくて……」
「彼女にも彼女なりの理由があるのですから、からかうのは程々になさってください」
「……分かっているわよ」
仲睦まじげな甘い雰囲気にリリーフィアはまた別の意味で頬を染めながらも、微笑ましく彼女らを眺めた。何気ない日常がこんなにも愛おしいと和ませる。
祝賀会場に繋がる広間には親族達が顔を出し始めた。
「リリーフィア 」
リリーフィアが振り返ると、そこには父と兄、弟の姿があり、父の手には花束が抱えられていた。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます。お兄様達もお忙しいのに大丈夫なのですか?」
兄―――ローレンの姿は王宮で何度か見かける機会があったが話す機会はほぼ無く、弟―――ハーレに至っては留学をしていた為に会うのは数年ぶりだ。
ハーレから怪訝そうな視線がひしひしと刺さり、リリーフィアは目を合わせると首を傾げた。
「いやさ、本当に姉様なのかと思って」
顔が似てる別人の説もありえる……と、ハーレはリリーフィアの顔を覗き込む。
ずっと劣等感からハーレと話す機会を設けていなかった。人を馬鹿にするような人でないと理解はしていたが、自分勝手と分かっていながらも家族と合わせる顔がなかったのだ。
しかし、それも全て言い訳に過ぎない。
(ハーレはずっと同じでいてくれたのに……本当に私は大馬鹿者ね)
リリーフィアはハーレの手を取ると
「久しぶりね、ハーレ。今日は来てくれてありがとう。少し滞在する予定ならあなたとお話がしたいわ」
そう言って朗らかに微笑んだ。
呆気にとられながら、リリーフィアの顔をまじまじと見つめたハーレは
「姉様、綺麗になったね」
そう言って幼子の様ににっこりと笑った。
「ありがとう、ハーレ」
少し遅くなりすぎたが、父とも分かり合えたように家族を築いていきたい。遅かったかどうかは未来の自分が思う事で、今は精一杯頑張るしか……元より目の前の事を頑張る事しか出来ない人間だと自認している。
リリーフィアは視線をローレンに移すと、再びにっこりと微笑んだ。
「お兄様ともぜひお話がしたいです」
キラキラとした純真な笑顔を前に、ローレンは唇を尖らせると、そっぽを向いてしまった。
「何を語り合うと言うんだ。俺は直ぐに戻る予定があるから、直ぐにここを発つ」
経験して思うが、確かに王宮勤めは多忙だ。時間を割いてくれただけでなく、こうして顔を出してくれるだけ有難い。
「……そう、ですよね」
(寂しくないといえば嘘になるけれど……)
リリーフィアの背後にしょぼくれた子犬が見える中、ハロルドはため息を吐いた。なぜこの男はこんなにも不器用なのかと、頭を抱える。
「ローレン、陛下から一日の休暇をいただいたのを忘れたのか?」
「……っ父上!」
「そんなに慌てようとも、お前一人が抜けて崩れるほど王宮は柔ではないわ」
「それは存じております!しかし俺がこうしているうちにもリリーフィアは成長しておられるのです。いつ追い抜かされて、は……」
やってしまったと言わんばかりの、羞恥を含んだ目と合ったリリーフィアはキョトンと目を丸くする。何でも完璧にこなすイメージしかない兄がそんな事を考えていたなんて予想もしていなかったからだ。
劣等感というには純粋すぎるこの感情を彼がまさか持っているなんて知りもしなかった。家族といえどレベルはまだ初級編。お互いに知らなくてはならない事は山ほどあるらしい。
喜びを必死に抑えるリリーフィアのヘンテコな顔を前に、ローレンの羞恥心はマックスまで上がり、
「お、俺はお前に負けるつもりなんてない!精々差をつけられないよう精進するんだな!」
と、どこかの物語で読んだことのある敵のセリフを吐いては颯爽とどこかへ逃げて行ってしまった。
「あいつの不器用なところは誰に似たんだ」
そうハロルドは呆れ口調でローレンの背を眺めているが、他の誰でもない貴方でしょうと、リリーフィアとハーレは薄い笑みを浮かべた。
そうしているうちに卒業生及び在校生、その親を呼ぶアナウンスがかかった。祝賀会の開始を知らせるベルと共に。
ハロルドがそっとリリーフィアに手を差し伸べる。
周囲には知らされていないが、リリーフィアに婚約者がいない以上、エスコートは父親の役目だ。もちろんエスコート無しでの入場は可能だが、何も知らずのうのうと待ち構えているカインの元へ送り出すのが不安なのだろう。
全てを悟りながらも、リリーフィアはそっと父の手を下げた。
「お父様、ありがとうございます。しかし、ここは最後の集大成として、ひとりで行かせてください」
「しかし……だな」
「そのお心を無下にするつもりはないのですが、もうあの頃の1人では歩けない様な私ではないと……私自身にも知って欲しいのです」
ハロルドが暫く考えた後、漸く手を下ろした。
「何かあったら……いや、何かある前に危ないと思ったら直ぐに呼びなさい」
「はい、ありがとうございます」
(本当に心強いなぁ)
会場に行くのはひとりだが、1人でない安心感に背中を押され、リリーフィアは会場へ繋がる扉をくぐって行った。
あと数話で完結予定です。
次話は短編の方と重なり、リリーフィア目線での
お話になります。
お時間がありましたら
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