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謝礼 ①

開いて下さりありがとうございます!


短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。

 アドニスは扉を出ると、指先で光る王家御用達宝石店で購入したアクセサリーを眺めながら、唇を噛んだ。


 ーーー女は男を宝石のひとつにしか見ていない。


 外部向けにはアドニスの実父―――アダンは亭主関白を模したような人間だった。仕事を完璧にこなし、それを献身的に支える実母―――アルマは理想的な夫婦像だった。


 しかしどんなに仕事が成功しようにも金は貯まらず、傾いていく一方だった。10歳になる頃には家の事業に目を通せるほどになっていたが、金は貯まれど、1ヶ月1ヶ月で湯水のように流れていく。


 それがアルマが原因だと知ってのは15歳になる冬のことだった。


 その頃には家に使用人の数は片手で数えられる程に減り、侯爵家と呼ぶには決して相応しくない料理や衣服で生活していた。


 使用人が減るということは、自分も減った使用人の穴を埋める必要がある。暖炉に必要な薪は自分で割り、部屋に分配していくのは最年少であるアドニスの役割だった。


 それをやる事に不満はなかった。いつか大成を掲げ、片手では数え切れない程の使用人に囲まれながら悠々自適に過ごしてやると、その一心だったからだ。


「父様、薪を届けに来ました」

「あ、あぁ……アドニスか」


 薄い体に薄い布を体に巻き、薪のおかげで何とか過ごせる部屋にはなっているがアドニスの手はペンを握るに震え過ぎている。


 何日寝ていないのか、目の下には隈が浮かび、昔のようなガタイのよく無いアドニスは骸骨のようだった。


「父様は寝てください。僕ももう15になります。少しくらい肩代わりする事も……」

「いいんだ。これは俺の責務だ」

「……分かり、ました。どうかお身体にだけは気を付けてください。母様に薪を届けに行ってきます」

「分かった。アルマに来客が来ているそうだから迷惑をかけないようにな」

「かしこまりました」


 今から思えば骸骨のような父と、健康体の母は全てを象徴していたかのように思える。

 しかし信じていたかったのだ。仕事一筋の父を献身的に支える母の存在を。


「母様、薪を届け、ーーー」

「やっぱりこの宝石は買って正解だったわ。やっぱり持つべきものは金を稼いでくる旦那よね」

「君によく似合ってるよ。あの骸骨が死んだら全て僕達のものになるんだ。待ちきれないよ」


 そこに居たのは、父の部屋とは比べ物にならないくらい暖かい部屋で寄り添うアルマと知らない男の姿だった。


 元々おかしいと思っていながらも目を背けていた事柄が溢れてくる。

 平民同様の服を着る父とアドニス。そして名家のような豪華なドレスに身を包むアルマ。


 いつも手は異なる宝石で彩られ、父はアルマの部屋に近付こうともしない。いつも決まって、アドニスを使っている。


 アドニスは無我夢中で父の部屋へ走り出し、アルマが男と笑いながらそう話している事を説明した。威厳と誇りに満ちた父ならば何とかしてくれる……そう信じていての行動だったが、それは迷惑のようなだった。


 父は両手で顔を覆い、か細い声で


「……黙れ。知っている」


 そうとだけ話すと、再び書類に目を向けた。


 いつも食卓で見かける父の瞳は綺麗なアルマを一心に見つめていた。それが愛と呼ばれるものであったのかは未だに理解できないが、それが交わる姿を見たことがない。


(かっこ悪……)


 そう思った時、全てが馬鹿らしくなった。


 そして理解してしまったのだ。

 アダンの様に盲信した時、何をしても全てが無駄になるのだと。女は男を、金を持ってくる便利な宝石のひとつにしか見ていないのだと。


 あんな格好悪くなるのならば、従わせる側になってやる。


 決意してからは驚く程、体が軽く動いた。


 アダンから全ての裁量権を渡されるよう言葉で動かし、早々にアルマに当てていた予算を差し止めその金で別荘へ送った。


 そして家も立て直ってきた17の年、婚約者になりたいという家が現れ、差し出されたのがフィニスだ。アダンとアルマの醜態が脳裏を過ぎり、あぁはなりたくないと躾を開始した。


 舐められてはいけない。妻を愛し、舐められてしまえばあんなにも格好の悪い人間になってしまう。

 アーマルド侯爵家も軌道に乗り、あのドルファン伯爵家とも婚約の関係ないとなり順調だ。順調の()()だった。


「あの馬車ってアーマルド侯爵家のものじゃないかしら。こんな時期に珍しいわね」

「本当だわ……そうだ、アーマルド侯爵家といえばあの噂はご存知?」


 アドニスが空き教室の横を通り過ぎようとしていると、女子生徒の声が耳に入った。放課後に会う予定を立てていたお陰で生徒は本棟に数える程しかおらず、声はよく響く。


 アドニスは思わず立ち止まり、壁に背を預けた。


「カイン様がリリーフィア様に手を挙げているって噂よ」


 ドクンと嫌な予感で背筋が凍る。


「でもあのカイン様よ?」

「そうだけれど……リリーフィア様って1年の時は目立たなかったって話でしょう?それが急に自分より目立つようになったのが気に食わなくなったって」

「でもその噂が本当なら、リリーフィア様がカイン様と距離を置いているのも頷けるわね」

「お茶会するのもここ1年ないらしいわ」


(事実では無いものの、辻褄があっている)


 日々の僅かなズレは根拠はなくとも、もっともらしい噂のひとつで簡単に増大する。

 生徒会の引き継ぎや王宮勤めで会えないのは2人だけでの認識で、大多数が認識している事柄が事実に他ならない。


 話を聞いている限りであの女子生徒は下級生だろう。もうここまで噂が広がっているとするならば……。


(手遅れなのか……?いや、まだだ)


 アドニスは急いで歩いてきた道を戻り、応接間の戸を力のままに開けた。


「おい、カイン!流れている噂を知っているのか!?」

「噂?あぁ、あのことか」


 思い当たる節があると言わんばかりにカインはニヤリと口角を上げ、問題ないと口を開いた。


 何か悪い予感を噛み締めながら、アドニスは応接間を背にした。

30話程度で完結予定です。


次話は破滅への足音のお話です。


お時間がありましたら

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>アドニスの様に盲信した時、何をしても全てが無駄になるのだと。女は男を、金を持ってくる便利な宝石のひとつにしか見ていないのだと。 なんかキャラクターの名前がおかしくありませんか? カイン カイン父=…
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