贅沢な悩み
「う、うあわぁ」
その顔には貫禄──はなく、シワがいくつかあり、長く白いひげを生やしている。腰が軽く曲がっていて、杖を突いている。杖に体重をかけている訳ではなく、軽く支えとして使っているようだ。
そんな身を包む衣装だが、RPGに出てくる魔術師の緑色のローブ的なものを羽織って、前を閉めているので、中に何を着ているかは分からない。
なんだよ、ファンタジーっぽいのあるじゃないかよ! 俺もあーゆーの着たかったなぁ。
「なんじゃ、アクリ。この渡りびとはワシをみて変な声をあげよる。度胸と礼儀がないんじゃないのかのぉ」
おじさんはにやにやしながらアクリに話している。その雰囲気から見て、アクリの知り合い──しかも付き合いの長いことは確かだろう。
「大丈夫だよ。このアクリがそんな変なのを渡りびとにするわけないだろう! ってな。じっちゃん、とりあえず中に入ろう。皆怜雄君に驚いてるからさ」
「それもそうじゃの。そこの渡りびとも早く入るんじゃ。ほれほれ」
「ありがとう。おじさん」
じっちゃんと呼ばれた人が扉のところで早く入れと手招きをしてくるので、言葉に甘えて入ることした。もっとも、アクリは「入ろう」といったタイミングで既に家の中に入っていたのだが。
「いやぁ。ひっさしぶりだな! 10か月ぶりくらいかな。この家も…ってうわっ、じっちゃん汚ったねぇ! 掃除してなさすぎだろ。この居間だけきれいにすればいいってもんじゃねーぞ!」
「何が10か月じゃ。お前が行ってから2か月半くらいしかたっとらんわ」
「だーかーら! 言ったろ、向こうの1か月はこっちの1週間なんだよ。ほんと魔法以外のことを記憶することはからっきしだな」
「あの、俺はどうしたらいいんでしょう」
アクリとじっちゃんの痴話げんかを聞き飽きた俺は自分の置かれている状況から一番的確な言葉を紡ぎだした。
「あぁごめん。じっちゃん。紹介するな。こいつが今回連れてきた渡りびとの神谷怜雄君。それで怜雄君、このじいさんがこの国1・2を争う魔法の使い手。ヒリンリック・オーブル・エノマーク。みんなじっちゃんとか長老とか読んでるから、本名知ってる人あんまりいないんだぜ?」
アクリが律義にお互いを紹介してくれた。
この国1・2を争う魔法の使い手というヒリンリック・オーブル・エノマークなる長老さんに挨拶をしなければと思い、できるだけ丁寧にあいさつをする。
そんなに凄い人が、いいかたこそ失礼だが、こんな辺境の村っぽいところにいるのだろうか。こちらも頭の片隅にメモをしておく。
「長老さん、よろしくおねがいします」
「さんなんかつけるんじゃない、若いの。気味悪いわ」
「分かりました、長老」
「やめとけ、怜雄君。敬語なんか使わない方がいいよ。そのうちこのじっちゃんに呆れて敬語なんてばかばかしくなるからさ」
横を見るとアクリが呆れるというジェスチャーをしている。
「失礼な、アクリ。お前は自己紹介せんでいいのか。向こうとは名も立場も違うだろう」
「俺のこっちの名前はアクリ・エノマークっていうんだ。ちなみに山田って名乗ってたのは山田が一番普通の苗字って聞いたからで、特に深い意味はないよ。ただ、今更山田なんてのもあんまりいなかったなぁ」
「アクリと長老は家族なのか?あと、長老の名前が3つあるのはなんでですか‥‥‥なの?」
長老がアクリに目配せする。アクリは微笑んでうなずく。
「……アクリは捨て子だったんじゃよ」
えっ……?? アクリが捨て子……?
「いつだったろうなぁ。そうそう、確か春じゃ。おぬしもさっき通ってきただろう門の近くに捨てられてたんじゃよ」
「春だったおかげで、僕は多分助かったんだろうね。この辺、冬は冷えるから。凍死確定だね」
アクリが口を挟んできた。アクリは自分の記憶に残っていないので大して気にしていいないのだろうか。それでも、今アクリに身内がいないことは確かだ。そのことに関しても、既に吹っ切れているのだろうか。
「幸い誕生日と名が書いた紙があっての。それを手掛かりに親を探したのじゃが、姓の表記がないから捜索は難航してのぉ。本当に大変だったんじゃからなぁ」
アクリをいたずらのように睨む長老。アクリが小ばかにするような顔と声で、「そもそも捨てた子の親と名乗り出る者がいるわけがないよね」と言った。
「うるさいわい。しかもアクリは子供のころから優れたステータスでの。里子にだすより、ワシのところで育て、や、れ、ば、とりあえずはいい教育ができるだろうと思って仕方なく引き取ったのじゃ」
「やれば」に勢いがこもっていたのは間違い俺の聞き間違いではないはずだ。こいつら仲いいな、おい。
「そんなわけじゃが、姓がないのはこの世界では不利じゃ。だからワシが正式に親となることでエノマークの姓を与えてやったということじゃ。エノマークの姓はかなり有利になるんじゃが、こいつは感謝してるのかのぉ」
「はいはいはいはい。感謝してるよ」
痴話げんかが繰り広げられている横で俺は一人で反省じみたものをしていた。
知らなかった。
知るわけがないと言ったらそうだが、知らなかったのは紛れもなく事実だ。
どこか申し訳ない気分になった。
俺は向こうの世界では両親はいた。さっき俺は「親が死んだ俺の顔を見て悲しんでいる」とアクリに怒ったものだが、アクリには悲しんでくれる実の親がいない。
もちろんアクリが死んだら俺だって悲しいし、長老だってきっと悲しむだろう。
だが「血のつながった人」が悲しんでくれるかは定かではないのだ。
そう考えるとさっきの俺の怒りの種はアクリにとっては贅沢なものに感じたのかもしれない。そう考えてしまうとさらに申し訳なくなった。




