第四章 魔剣に取り込まれし者③
第四章 魔剣に取り込まれし者③
ホームを手に入れ、みんなにしばらくは自由な時間を過ごして良いと言ってから三日が経った。
現在、俺はリードとジャハナッグと共に第三階層の迷宮に潜っている。
なぜ、俺がセティたちを連れて来ることなく、迷宮に潜っているのかというと、簡単に言ってしまえばお金がないからだ。
イルザの計算通り、部室にみんなが必要と思える物を全て置いたら、七百万ルビィは綺麗になくなってしまったのだ。
まあ、俺はホームが手に入ったことを記念するパーティーを開くお金は持っていたが、パーティーの席では上等なワインを振る舞いたいと思っていた。
そうなると、懐が苦しくなる。
なら、いっそのこと迷宮に潜って、お金を稼いでしまおうと思ったのだ。
ただ、上等なワインを買いたいから、財宝を守るミノタウロス・ロードと戦ってくれとはさすがの俺も言い出せなかった。
ミノタウロス・ロードは相当な強敵みたいだからな。
もちろん、俺も成長させたセティたちをミノタウロス・ロードと戦わせてみたいという考えはあった。
が、そんな悠長なことを考えていたら、先を越されてしまうだろう。それだけ他の冒険者たちにも勢いがあるのだ。
なので、俺は隠し事ができそうにないリードと暇を持て余していたジャハナッグと共に迷宮に潜った。
幸いにも、第三階層の迷宮には人を襲ってくるモンスターはいないからな。これなら、体力を消耗せずにミノタウロス・ロードのいる部屋まで行くことができる。
ま、一人でミノタウロス・ロードが倒せるかどうかは戦って見なければ分からないが、俺は負けることはないだろうと楽観していた。
トップ冒険者として君臨する俺の力を甘く見て貰っては困る。
「幾ら人を襲ってくるモンスターが現れないとはいえ、二人だけで迷宮の中を歩くのはちょっと怖いよな」
リードは二本のナイフを抜きながら、警戒するような目をしている。
「そうか。俺は自分を鍛えるためにソロで迷宮に潜っていたこともあったから、そんなに怖いとは感じないけど」
俺は剣を鞘に収めたまま歩く。どこから敵が現れようと、撃退できる自信はあるからな。心配なのはやはりリードだろう。
「俺とお前を一緒にするなよ。ま、俺はミノタウロス・ロードとは絶対に戦わないからな。それだけは承知しておいてくれよ」
リードは怖々とした顔で言った。
軽いノリで付いてきたわりには、リードも迷宮に足を踏み入れるとビクビクしてしまうんだよな。
ここら辺が経験の浅さか。
「元よりお前の力を借りるつもりはない。今回の戦いは俺の個人的な我が儘から出たものだからな」
俺の突き放すような言葉にリードは反論する。
「我が儘って言うのはちょっと違うだろ。お前は旨い酒を俺たちに振る舞いたいから戦ってくれるんだし」
リードは肘で俺の横腹を突っつくと言葉を続ける。
「その心意気には俺だって感謝しているよ」
リードは鼻の頭を手の甲で擦った。
「そう言ってくれると、俺も頑張る気持ちが沸いてくるよ。ま、リードにはトップ冒険者の戦いぶりというものを見せてやる」
ミノタウロス・ロードは久しぶりに全力で戦えそうな相手だから、俺も期待はしているのだ。
ま、どっちにせよ今のリードでは足手まといにしかならないだろうし、それなら離れた場所で見物して貰っていた方が良い。
「なら、楽しみにさせて貰うぜ」
リードはヘヘッと笑った。
「言っておくが、例え危なくなっても俺は手を貸さないからな。ゼラムナート様からは勝手に元の姿に戻るなって言われてるし」
そう念を押すジャハナッグは俺の肩にいる。その瞳は壁に取り付けられた光石の光を反射して妖しく輝いていた。
まあ、その話が本当なら、今までジャハナッグが口にしていた凄味の効いた言葉は単なる虚仮威しということになる。
何か怖がって損したな。
「お前の力なんてこれっぽっちも宛てにしてない」
俺はジャハナッグの頭を指で小突く。
ジャハナッグは冷たいと言うよりも、悪魔としての性質のようなものに捕らわれてしまっているような気がする。
本人もそのことには時々、歯がゆさを感じているようだし。
「なら良いけどな。でも、俺はお前には死んで欲しくないと思っているから、何だか複雑な気分なんだ」
ジャハナッグは爪で首の辺りを掻く。
もし、ジャハナッグが普通のドラゴンだったら、俺にとって頼れる相棒になってくれていたかもしれない。
「へー」
「俺もあのフィズのように、お前に情を持ちすぎているのかもしれないな」
ジャハナッグの目が不意に遠くなった。
「もちろん、前にも言った通り、戦うことになったら、例え相手がお前でも俺は殺す気で牙を振るうだろうが」
ジャハナッグも躊躇いはしても、情に流されてしまうような甘さはないのだろう。
フィズも情に流されることなく、冷徹な心で俺と戦っていれば死ぬことはなかったかもしれないな。
「そんな時が訪れないことを祈るよ」
偽らざる本心だ。
「俺も同じだ。でも、俺のお前と必ず戦うことになるっていう確信は益々、強くなった気がするよ」
ジャハナッグの横顔は、どこか切なく見えた。
「実際、お前がゼラムナート様の考え方に従うとは思えないし」
確かに俺はゼラムナートの味方にはならない。もちろん、ゼラムナートと反目しているサンクナートの味方にもならないが。
「だろうな」
「なら、やっぱり戦いは避けられないだろうよ。ま、もし俺の屍を越えていくって言うなら、必ず生きて地上に戻れよ」
ジャハナッグは俺の心に発破をかけるように言葉を続ける。
「最後までお前の活躍を見届けられないのは残念だが、俺は悪魔だ」
ジャハナッグは胸を大きく反らせる。
「例えこのドラゴンの体が死んだとしても、お前が地上に戻る頃には、また別の姿で酒でも飲んでるさ」
だとすれば、俺もジャハナッグとはなんの抵抗もなく戦える。
例えジャハナッグを殺してしまっても、フィズの時のように心が打ち拉がれることもないだろう。
「そうかい」
俺はひょうきんな顔をして見せた。すると、今度はリードが今まで見せたこともないような真剣な顔で口を開く。
「俺もどこまでディンに付き合えるかには不安を感じているんだよな。お前の俺たちに対する指導と育成は、あくまで一時的なものだし」
リードは苦い物でも食べたような顔をする。ま、リードの口にする不安はストレートに伝わってきたが。
「ああ」
俺は表情を曇らせることなく頷いた。
確かに俺がいなくなった後、【アビシニアン】がパーティーとして機能していけるかどうかは不安だ。
だからこそ、俺も自分がいなくても、もうみんなはやっていけるなと思うまでは、【アビシニアン】のリーダーを止めるつもりはなかった。
「なら、俺たちを見てもう大丈夫だと判断すれば、お前はまた【ラグドール】に戻るか、他の冒険者の指導と育成に回るんだろ」
リードの目には寂しさが浮かんでいた。
「そうなるだろうな」
これまでに何度も考えたことだが、いつまでもリードたちと活動できるわけではないことは確実なのだ。
だからこそ、その心積もりもできている。
「それはちょっと悲しいぜ。せっかく、お前とは仲良くなれたのに、その絆が断たれちまうかもしれないんだから」
リードは嘆くように言った。
「例え、お前と一緒にいられなくなっても、絆は断たれはしないさ。お前にその気があるなら、いつでも俺に会いに来て良い」
もちろん、それはリードだけでなくセティたちも同じだ。
俺もみんなとは何があっても、断たれることのない絆を作りたいと思っているし、いつか別れが来ると分かっていてもその方針が揺らぐことはない。
「それも恥ずかしいんだが、そう言ってくれるのは正直、嬉しいぜ。ま、俺も今は自分にできることをやるしかないな」
リードはナイフの刃先を見ながら言葉を続ける。
「お前と離れるのは嫌だが、お前をいつまでも縛り付けておくのはもっと嫌だ。お前は俺が想像している以上の高みに行ける人間だと信じているからな」
リードはナイフを鞘に戻すと苦笑する。
「俺がその足枷になっちまうのは、ご免だぜ」
リードのこそばゆい言葉に俺も少しだけ胸が痛んだ。
そんな話をしながら、俺たちは迷宮の中を歩き、ミノタウロス・ロードがいるという部屋にまでやって来た。
俺が部屋の中に入ると、そこには大きな鎖つきの鉄球、つまりモーニングスターを手にしたミノタウロス・ロードがいた。
前に倒したミノタウロスとほとんど変わらない姿をしていたが、発せられる空気はまた別物だ。
今度のミノタウロス・ロードの目には明確な意思の光りが感じられたからだ。あの目を見るにそれなりの知性はありそうだ。
俺が部屋の中央へと進み出ると、ミノタウロス・ロードも鎖をジャラジャラと鳴らしながら近づいて来る。
ミノタウロス・ロードがいた場所の後ろには大きな宝箱があった。でも、リードを向かわせるわけにはいかない。
下手な動きをすれば、人間の体など簡単に肉塊にできそうな棘つきの鉄球が飛んでくることになるだろう。
安全に財宝を手に入れるためにはやはりミノタウロス・ロードを倒すしか道はないのだ。
俺が鞘から剣を引き抜き、ミノタウロス・ロードと間合いを取って対峙すると、ジャハナッグも俺の肩からフワリと離れた。
「お前が守っている財宝は俺たちが頂かせて貰うぞ。もし、それが嫌だって言うなら、全力でかかって来い」
俺がそう言い放つとミノタウロス・ロードは「グォォォ」とこちらの身が竦むような唸り声を上げた。
そして、腕を振り上げると、人間でも扱いが難しいと言われるモーニングスターを巧みに操って鉄球を飛ばしてきた。
俺は飛んでくる鉄球を、すかさず横に飛んで避ける。すると、今度は俺の足を掬い上げるように鎖が迫ってきた。
俺はその鎖をジャンプしてかわす。
鉄球でなくても、あんな大きな鎖があのスピードで俺の足にぶつかったら、骨がボキッと折れていたことだろう。
モーニングスターで気を付けなければならないのは鉄球ではなく、むしろそれを繋ぐ鎖の方かもしれないな。
俺はとにかく間合いを詰めなければ話しにならないと思い、ミノタウロス・ロードに果敢に接近しようとする。
もちろん、ミノタウロス・ロードも簡単にはそれを許そうとせず、俺めがけて鉄球を叩きつけてくる。
俺も機敏な動きでそれを避けたが、すぐに鎖が俺を薙ぎ払うように飛来してくる。俺はしゃがみ込むようにして鎖をやり過ごすと、即座に体勢を立て直して疾駆する。
ミノタウロス・ロードは何度も変則的な動きを見せる鎖で、俺の体を薙ぎ払おうとしたが、俺も卓越した動きでそれを避けて見せた。
そして、ミノタウロス・ロードとの間合いを縮めることに成功した俺は、力強く足を踏み込んで斬りかかった。
ミノタウロス・ロードの腕が切り裂かれたが、あいにくと浅い。
それを受け、ミノタウロス・ロードは鎖を手繰り寄せて、それを短く持つと連続して俺に鉄球を叩きつけてきた。
俺はそれを何度も避けるが、その度に石の床に穴が空く。もし、鉄球の一撃を食らった一巻の終わりだ。
そして、休む暇もなく、様々な軌跡を生み出す鎖が、俺の体の骨を砕きそうな勢いで執拗に迫る。
俺は確かにこの強さなら、そこらにいる冒険者ではちょっと太刀打ちできないなと思った。やはり、セティたちを連れてこなかったのは正解だった。
こういう相手なら、一人の方が戦い易い。
そんなことを考えていると、ミノタウロス・ロードは後ろへと大きく跳躍し、俺との間合いを広げて見せた。
こんな的確な動きもできるのか。
それを見た俺は本気で戦わなければならない相手だと思い、体の神経を研ぎ澄まして、走り出した。
そんな俺へと鉄球が何度も飛来するが、電光石火の動きを見せる俺には当たらない。蛇のような動きで迫る鎖も俺の体を捉えることはできなかった。
俺はモーニングスターの鎖を潜り抜けると、がら空きになったミノタウロス・ロードの体に五月雨のような斬撃を浴びせた。
ミノタウロス・ロードの胸が何度も深々と切り裂かれる。これにはたまらずミノタウロス・ロードも後退しようとした。
が、俺はそれを許さずミノタウロス・ロードの太股を凄烈に切り裂いた。ミノタウロスの巨体がグラッと傾く。
それを受け、ミノタウロス・ロードは慌てて鎖を引き戻そうとしたが、俺はオリハルコンの剣の強度を信じて、その鎖を叩き斬ってやった。
鎖から切り離された鉄球はゴロンと床を転がって動かなくなる。
俺は再びミノタウロス・ロードの体に剣を叩きつけようとした。が、ミノタウロス・ロードは残った鎖を乱暴に振り回して俺を寄せ付けまいとする。
俺はその鎖を見切ったようにかわすと、烈風のような斬撃でミノタウロス・ロードの足首を切断した。
ミノタウロス・ロードはバランスを崩して前に倒れる。
俺は自分の目の前に差し出されるようにして落ちてきたミノタウロス・ロードの脳天に思いっきり剣を突き刺した。
その一撃はミノタウロス・ロードの脳を貫いて、血を吹き上がらせる。そして、ミノタウロス・ロードの体は永遠に沈黙した。
「相手が悪かったな」
俺はそう無感情に言うと、ミノタウロス・ロードの頭から剣を引き抜いた。すると、頭蓋骨に開いた穴から血と脳漿が流れ出してくる。
俺が思わず目を逸らすと、今度は背後からリードの声が飛んできた。
「すげー戦いだったな。あれだけの強さを見せ付けたミノタウロス・ロードを一人で倒せるなんて、俺はお前が怖くなっちまったぜ」
リードは俺の傍に駆け寄ると、息を弾ませながらそう言った。
「これくらいの力がなきゃ、トップ冒険者とは言えないだろ」
俺は透かしたように笑う。
「まあ、それはそうなんだが、俺もお前の力を改めて思い知らされたよ。いやー、良い戦いを見せて貰った」
リードは大層、興奮したように言った。
「俺はリードと違って、お前の戦いぶりを褒めたりはしないぞ」
ジャハナッグは嘯くように言葉を続ける。
「危ない場面は何度もあったし、あんなギリギリの動きをしているようじゃ、アルゴルウスには到底、勝てないな」
ジャハナッグは手厳しさを感じさせるように言ったが、実際にその通りだったので、俺も口答えはしなかった。
その後、俺とリードは再び動き出しそうな怖さを感じるミノタウロス・ロードの屍の横を通り過ぎて、宝箱の前に行く。
そして、俺が期待と恐れが入り交じったような気持ちで宝箱を開けると、そこには金や銀、宝石などでできた物がたくさん入っていた。
まさしく、イメージしていた通りの財宝だったし、見ているだけで何とも眩しい気分にさせられる。
俺はマジックアイテムの方が良かったかなと思いながらも、相当な高値で売れそうな財宝を前にして目を輝かせた。
《第四章③ 終了》




